この姫は、俺がもらっていく──王城で、宣言して何が悪い?
扉を開けた瞬間、空気が変わった。
風が渦巻く。
火が揺れる。
誰もが息を呑む。
この場所にとって、俺は“異物”だ。
……だからこそ、今ここに立つ意味がある。
「……招かれていないのは承知の上だ」
静かに告げれば、空気が凍る。
名乗るまでもない。
俺の姿だけで、奴らは察した。
「レオナルト=アルセイン……っ!」
「ま、魔王……!?」
いい反応だ。だがそれでいい。
そう ──
俺は、“攫いに来た”。
「やめろ」
騎士たちが一斉に動いたのを、一言で制した。
剣を抜く前に、動きが鈍る。
“絶対”というものを知らない者には、抗えないだろう。
アリシアを見つめる。
ただ、一人。
その瞳だけが、俺を見返していた。
…… やはり、気づいていない。
いや、“気づかないようにしている”のか。
「来るのが、遅くなってすまない。アリシア」
彼女の名前を口にした瞬間 ──
場が揺れた。
震えたのは、あの公爵子息だ。
「魔王ッ!!」
吠えるように立ち上がった青年 ── ゼノ=グラナート。
剣に手をかけ、俺へと踏み込もうとする。
「悪いが、婚約発表だとかいう茶番には興味がない」
「あ……?」
「この姫は、俺がもらっていく」
── 一瞬の静寂。だが次の瞬間には、怒号が響いた。
「なっ──! ふざけるな、貴様ァァァ!!」
その瞬間には、もう手遅れだ。
「……遅いな」
右手をわずかに上げた。
バンッ!!
衝撃音とともに、奴の身体が宙を舞う。
柱に叩きつけられ、白い粉塵が舞った。
それでも、ゼノは立ち上がろうとした。
「…… 返せ …… アリシアを ……!」
── 狂気の目だった。
「待て、魔王 ──!」
今度は、銀の軍装が前へ出た。
王太子、エドワルド=エルヴァンシア。
「この場において、武力をもって姫に手を出すなど ……」
ふるえる声。
自らの権威すら通じないと、気づいたのだろう。
「アリシアは、王家の宝だ。勝手に持ち出すことなど ──」
「違うな」
言葉を遮る。
「“宝”ではない。“人”だ。…… そうだろう?」
その言葉に、アリシアの視線が揺れた。
── 少しだけ、仮面が崩れる。
いいぞ。
「…… 姫を、返していただきます」
静かな声が、背後から。
護衛だな。栗髪の青年。セイル。
剣にはまだ手をかけていないが、殺気は確かにあった。
「それは、あなたの手に委ねられる存在ではない」
「…… ふん。だが、お前にも見えていないようだな」
目を伏せず、淡々と告げる。
「アリシアは、“仮面”をかぶっている」
セイルの表情が、わずかに揺れた。
「本当の顔を、知っているか?
本当の声を、聞いたことは?」
「あなたに、その真実が見えるとでも?」
「見えるさ。お前たちよりも、ずっとな」
静かに。
だが確かに、全員の心を突き刺すように言い放つ。
そして、アリシアへと歩み寄る。
一歩ごとに、空気が震える。
この王宮の秩序など、関係ない。
この娘が、すべてだ。
彼女は、俺を見上げていた。
怯えていた。
けれど ── 目を逸らさなかった。
「アリシア」
差し出した手は、命令ではない。
選択だ。
彼女の目が揺れ ──
「……はい?」
その声を聞いた瞬間、俺は確信した。
この姫は、壊されかけていた。
だが、まだ間に合う。
「もう、仮面はいいだろう?」
「…… あなた、なぜ …… わたくしのことを ……」
「覚えていなくてもいい。“昔”の話だ」
短く、それだけ。
彼女の目が、わずかに潤んだ。
── それで、十分だ。
「行くぞ、アリシア」
その腰を抱き寄せる。
「えっ、ちょ、まっ──きゃっ!?」
彼女を抱き上げた瞬間、また怒号が飛ぶ。
「お止めなさいッ! アリシアは王家の──!」
「だから、連れていくんだ」
ばさっ ──
黒のマントが舞う。
闇が裂ける。
「さらばだ、地上の人間ども」
誰一人、俺を止められなかった。
それでいい。
アリシアの瞳だけが、俺を見ていた。




