そのドレス、王家に喧嘩を売ってませんこと?
「──見た? あの子、白のドレスよ」
「……まさか、王家の“白”を」
「ええ。しかも、裾に金糸で百合の刺繍。
さりげなく、じゃないの。ど真ん中」
控え室の鏡前。そこに集うのは、三人の令嬢。
一人はセラフィーナ・ロスチャイルド。
五大家の縁戚にあたる準上位。
もう一人はフィオナ・クラウディア。
舞踏会常連、噂好きの中堅。
そして、孔雀の羽扇を優雅に揺らすのは ── リリィ・シュヴァリエ。
社交界では“準女王”とまで囁かれる情報通にして毒舌家。
涼しい顔の奥には、誰よりも鋭い観察眼が潜んでいる。
「王家の色を使うのは“直系”か“主催側”のみ、って決まっているのに ……」
「…… あれは、アリシア王女殿下を差し置いての主役宣言ですわよ」
「今日は翠月の舞踏会ですわよね?
主催者は王家と決まっていますわよ?
それなのに、あの色、使われるなんて ……」
囁く声が、羽扇の風に乗る。
「でもまあ、似合っていればよろしいんじゃなくて?」
「リリィ様、それ本心でおっしゃってるの?」
「いいえ。あれで背中に羽でもついていたら処刑ですわ」
一瞬で沈黙。
けれどそれは、納得の沈黙だった。
「で、リリィ様は本日、何色なの?」
「わたくし? もちろん ──」
ひらりと持ち上げられたドレスの裾には、淡い藤紫と銀糸の刺繍。
「“紫”と“銀”。王家には届かぬが、誇り高く、をテーマに」
「…… あんたが一番性格悪いわ」
「おほめにあずかり光栄ですわ、フィオナ様」
思わずセラフィーナが噴き出す。
「まあでも、紫は無難よね。
高貴ではあるけれど、あくまで“臣下”としての節度を残せる」
「でもそれ、金糸の隣に置くとちょっと地味じゃない?」
「そう、だから“銀”を足すのよ。
金を避けつつ、格は落とさずに」
「ふふ …… ドレスとは戦装束、ですものね」
リリィの言葉に、三人ともつい微笑む。
戦場は、舞踏会の花道 ── ただし、敵は隣の令嬢。
「ちなみに、セラフィーナ様のドレスは?」
「わたくしは“春の薫風”。
若葉色に、裾は百合と木蓮の刺繍」
「百合、入れたの?」
「王家のそれとは花弁の数が違いますわ。
学者監修の“園芸種”という体で」
「姑息~~~でも完璧!」
「ありがとう、フィオナ様」
「で、フィオナ様は何なのよ?」
「わたくし? えーと ……」
どこか目をそらしつつ、そっとドレスを持ち上げる。
そこに現れたのは ──
「…… 紅。しかも、深紅」
「「…………」」
「ちょっと! その反応やめてよ!
”情熱の薔薇”なのよ!? テーマはっ!」
「それ、“反逆の薔薇”にならなきゃいいけど」
「え、ちょっとリリィ様!?
わたし、粛清されないよね!?」
「本日、翠月十五日の大舞踏会。
王家主催のシーズン開幕。
せめて背筋は伸ばしておきなさいな」
「うわああああ……!」
控え室に響く絶叫と、乾いた笑い。
地雷を踏むのも、避けるのも、この世界では自己責任。
それでも、少女たちは今日も笑う。
それが、“王宮”の女の戦──
──今宵、真に注目されるのは、ただ一人なのだとしても。