……あの二人、絶賛デッドヒート中だったはずなんですが?
「…… 提出期限が三日遅れ?
だから言ったんですよ、あなたのところの段取りは“机上の空論”だと!」
「はぁ?
現場の動きも知らないくせに、“机上”とか“空論”とか、よく言えたもんだ」
「机上の積み重ねが“制度”になってるんですよ、エグバートさん!
それを無視した運用は“暴走”です!」
「現場が暴走してんじゃねぇ、
制度の方が時代遅れなんだよ!」
「なにを ──っ」
庶務課第四記録室、主任代理・エグバート氏と、
第六文官局・三等書記官、フロイライン氏。
この王宮でも名の知れた“文官同士の火花バトル”が、
朝から、いや朝っぱらから炸裂していた。
最初のうちこそ、提出期限での話だったはず。
だというのに、
二人の“応酬”はついに報告書の書式問題にまで発展していた。
「── 第一段落に“但し書き”を入れるなど、前例がありません!」
「じゃあ、その前例ってやつを今すぐ持ってこい!
現場の混乱を文章に反映させなかった結果が昨日の惨事だろうが!」
「だからこそ、文章には“収拾がついた”印象を与える必要が ──!」
「おまえ、文官のくせに“収拾した”と思ってんのか!?」
── 火花が、走った。
胃が、痛む。
いや、ぼくはまだ新人なので、
そこまで“業務に染まった”胃痛ではない。
たぶん“巻き込まれ型”の軽度なやつだ。
でも ──
「…… ッたく、いい加減 に……」
「おう、そっちが先に ……」
「──第二文書局より至急伝令!
《上位王族より初動報告書の“再提出命令”が発令されました!》
《さらに、第三報までの文面統一命令が正式に通達されました!》」
沈黙。
空気が、固まる。
「…… え?」
「…… マジか ……」
先ほどまで睨み合っていた二人が、同時に顔を上げた。
そして ──
「…… 要は、“あちら”の顔を立てる書き方が必要ってわけですね」
「だな。…… ああもう、面倒くせぇな。
あんたの言い分、ちょっと貸せ」
「そちらも、現場の言葉、いくつか残してください。
どうせ差し戻しになりますし」
「了解」
「では、この部分は“遺憾ながら予測を上回る”に ──」
「“不測の展開により”の方がソフトだ」
「おお、それ、もらいます」
連携、爆誕。
なんだこれは。
さっきまで殺気をばら撒いていた人たちが、
突然“同盟軍”みたいな顔して机を寄せ合っている。
「…… あの、どういうことですか?」
「え、何が?」
「えっ?」
二人とも、何食わぬ顔で振り返った。
「外部から“圧”がかかったら、
文官ってのは一致団結するもんだよ、若造」
「ま、こういうのも“現場”ってやつだ」
── いや、それ、さっきまでのケンカの理由と矛盾してませんか?
この理不尽さ。
この矛盾。
そして、この笑顔。
「胃が …… 胃がぁ ……」
気づけば、ぼくの胃にも、
ちくりとした痛みが芽生えていた。
── ようこそ、王宮文官局へ。
配属初日よりも、今のほうが、よほど“洗礼”っぽい。