表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/84

「……で、報告書、出せと?」──文官は今日も胃痛と戦っております。

「……で、報告書、出せと?」



 書簡の山に埋もれた机の向こうで、若き文官──

フロイライン三等書記官は、盛大にため息をついた。



「“お姫様が攫われた”件に関して、

本日中に初動の報告をまとめろ、だとさ」

「“攫われた”って、書いていいんですか?」

「よくないから困ってるんだよ」



 隣の机で羊皮紙を数えていた後輩が、目を丸くする。



「じゃあ、どうするんです?」

「“不明”にするか、“所在確認中”にするか、

“一時的な離席”にするか……」

「え、最後のはダメでしょう!?」

「知ってる。

けど、公式文書ってやつは、

“見なかったことにしたい現実”と折り合いをつけるために存在するんだ」



ぐぅ、とフロイの胃が鳴った。

薬草茶を三杯も飲んだのに、まだ痛む。

──今日一日、もつ気がしない。



「それでいて、報告は“簡潔かつ事実に基づき”って条件つき」

「その“事実”が見えてないから困ってるんですってば……」



二人の会話の向こうで、別の班の係長が叫んだ。



「“紅玉の瞳をした黒衣の男”って、ほんとに出たのか!?」

「第一発見者の近衛がそう言ってます!」

「じゃあ、その“第一発見者”を文書室に連れてこい! 

直筆で記録を残させる!」


「無理です! 

今、王命で召集かかって地下作戦室の方に──」

「──地獄か」



フロイが静かに呟いた。

現実逃避したくて、書簡を一枚めくる。

そこには、先の舞踏会の予定表があった。



「……これ、姫様の“婚約発表”の予定だったんだよな」

「ですね……」

「そりゃあ陛下が機嫌悪いわけだ……」

「あの近衛隊長が、あんなに必死に頭下げるなんて、

初めて見ましたもん……」



空気が沈む。

けれど、次の瞬間──



「“魔王”って、本当に実在するんですかね」

「はい、出ました」



別の机の若手が、うんうんと頷く。



「オレ、子どものころに読んだんですよ。“紅玉の魔王”って絵本」

「おい、やめろって。

そんなの書簡に書いたら笑われ──」


「いや、近衛の証言、完全に一致してるらしいですよ。

“黒衣・紅玉の瞳”──そして、名前も」

「本人が名乗ったのか!?」


「……違います。第一発見者が叫んだそうです。

“レオナルト=アルセイン”って」

「それ、確定じゃないじゃん!!」



数人が同時に震え上がった。



「……マジか。

絵本の通りじゃねぇか」

「だから言ったでしょ」

「ってか、“なんでそいつが王城の中に”って話だろ!!」

「それが書けないから報告書が進まないんですよぉ!」



文官室に、叫び声が響き渡った。



「王城の警備、どうなってるんですか!? 

護衛とか!?」

「その護衛ごと吹き飛ばされたって聞きました!」

「それ、どうやって書くの!? 

“吹き飛ばされた”って!!」

「婉曲表現で、“排除された可能性がある”とか?」

「胃が……胃がぁ……」



フロイが机に突っ伏す。

それでもペンを握り直すのが、文官という職業である。

不条理と混乱の中でも、記録を遺さなければ、未来に何も残せないから。



「……とりあえず、

“所在不明の報告”として、仮提出しよう」

「あとで絶対、上から怒られますよ?」

「知ってる。

でも、今はこれが限界」



彼らの“戦場”は、いつだって紙とインクの海の中だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ