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それは、ただの“ドレス”ではありませんでした──

──会場の空気が、変わった。


舞踏会に集う令嬢として、わたくしは何度も同じような社交の場に身を置いてきましたけれど……

こんな空気の変化は、初めてでした。


ドアが開いた瞬間、誰もが言葉を呑んだのです。

わたくしも、そのひとりでした。


青。

光を纏ったような、深く、静かな蒼が、目に飛び込んできました。


重厚なのに、決して重くはなく──

まるで、夜明けの空のように、染まり、溶けていく布の流れ。

それを身にまとっていたのは、王女アリシア様。


わたくしは思わず、呼吸を忘れていました。

ああ、これが……“本物”なのだと。



「えっ、あれが……」



隣にいた令嬢が、かすれた声でささやきました。

誰かが答えなくても、それはもう、疑いようのない事実です。


あれは、王族の“登場”でした。

舞台に立つでも、挨拶をするでもなく、ただそこに姿を現しただけなのに──

空気そのものが、変わってしまったのです。



「……凄い」



誰かが、小さく言いました。

その声に、わたくしも、こくりとうなずくことしかできませんでした。


完璧なハーフアップ。金糸のように輝く髪に添えられた銀と真珠のティアラ。

そして、ただの装飾ではない。

それらすべてが、王女アリシアという存在を、ひとつの“象徴”として昇華させていました。



「ドレス……あれ、どれだけの布を……」

「重ね方が、尋常じゃないわ。しかも、広がりすぎていないのに……荘厳」

「裾にかけて、光が……えっ、これって……」



令嬢たちの間に、ざわめきが走りました。

でも、それは決して騒がしさではなく、圧倒された者たちが、静かに戸惑う音。


美しい、なんて言葉じゃ足りません。

威厳。品格。そして、覚悟。

そう、覚悟です。


アリシア様の纏うその蒼は、ただの王女の衣装ではありませんでした。

あれは、“意思”でした。



「……お綺麗、というより……」

「高すぎて、手が届かない……」

「ええ。まるで、祈りを捧げる像のように──」



誰かが、そっと言いました。

そのとき、ふと目が合った気がして。


わたくしは思わず、胸を押さえました。

笑っていらっしゃいました。

けれど──とても、遠かった。


完璧に整えられた笑み。

でも、それは仮面ではなく、まるで凛とした氷の結晶のよう。

儚くて、強い。

そのお姿が歩を進めるたびに、周囲の空気が整列していくようでした。



(勝負になんて、ならない)



誰もが、心のどこかでそう悟っていたはずです。

わたくしたちが何を着ていようと、どれだけ自信を持っていても──

あの“蒼”を前にすれば、それらはただの背景。

誰かが、つぶやきました。



「……これが、“選ばれる”者の姿なんだわ」



そう。

だから、悔しさも、嫉妬も、不思議と湧いてこなかったのです。


ただ、見惚れていました。

美しさに。


王女としての威厳に。

そして、その背中に宿る、何か……もっと大きなものに。




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