王女様、本日のお仕度──侍女たちは、ただ見惚れて
「アリシア様、本日は大切な日でございますね」
「左袖、もう少しだけ……はい、失礼いたします」
「ティアラの角度、気になります……少しだけお直しを」
「笑顔は……ほんのすこし、だけ──」
「柔らかく……そう、それです!」
「……っ、完璧……!」
「いえ、完璧を超えて……神話ですわ……」
──正直、朝から何度もそう思っている。けれど、そのたびに更新される“完成形”がある。
「こら、手を止めない。次は、裾の調整よ」
「はいっ……裾、広がりすぎてないですか?」
「いえ、それが“計算”なんです。朝の段階で縫い直されてましたから」
「ほんとに……最初からこうなる予定だったんでしょうか」
「わかりません。でも、届いたときには、もう完璧でした」
──どれだけの人が、この布に関わったのか。どれだけの時間が、この一着に込められたのか。
「蒼……蒼ですね、今日のドレスは」
「はい。深い蒼から、光に向かって溶けるような……」
「裾、これ……どれだけの布を……」
「静かに。ため息が出るのはわかりますけど、音、立てないように」
──静寂すら、美しさの演出になるから。
「……ティアラ、真珠が淡くて、髪に溶けていきそう」
「銀も主張しすぎない。けれど、ただの飾りではなく……」
「──高貴です」
「……ええ、本当に」
──誰も口にしないけれど、私たちは今、“伝説”を支えている気がする。
「ねえ、鏡、見て」
「……っ」
「すご……」
「まるで、“物語”の中の姫君みたい……」
「いえ、違います。物語が、追いついていない気さえします」
「“わたくし、こんな顔……してたかしら”」
「え?」
「さきほど、アリシア様が、ぽつりと」
「……まさか、ご自身でも……驚いておられる……?」
「綺麗、じゃ足りないわ」
「清廉で、凛としていて、でも……」
「どこか、遠くて」
「まるで、触れられない氷の彫像のよう」
「仮面……では、ないんですのに」
「ええ。でも、表情が、綻ばない」
「それなのに、どうしてこんなに──」
「……見惚れてしまうのでしょうか」
──触れられないのに、惹きつけられる。これが、王女という存在。
「アリシア様、ドレスの裾、整いました」
「ありがとうございます。……動いて、よろしいかしら?」
「はい。十分に、お美しゅうございます」
──この一言に、今日のすべてを込めて。
(……ああ、これが、“本物”の王女)
(今日、この姿を、どれだけの者が目にするのだろう)
(そして、心を奪われるのだろう)
「さ、扉の時間です。皆、持ち場へ」
「──ご武運を」
「違うわよ。今日は、舞踏会」
「……でも、なんだか、戦に送り出す気分です」
「それ、ちょっとわかる」
「緊張感が違いますもの。いつもと……空気が、張ってる」
「ドレスが違うだけじゃない。アリシア様の空気も、です」
「うん。言葉にできないけど、“何か”が違う」
「覚悟、とでもいうような……」
「わたくし、泣きそうになったもの。さっき、目が合って」
「このお姿だけで、語れる──」
「そういう、日ですわね」
「アリシア様、いってらっしゃいませ」
「──あなた様の美しさが、すべてを凌駕しますように」