表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/84

その夜、扉がひとつ開いた──“誰も止められない”存在

「……気づいたか?」

「ええ、扉。誰も動いていないのに……勝手に開いた」



薔薇の間の空気が、一瞬にして変わった。

その場にいた誰もが気づいたのだ。言葉にはできない、だが確実に“異質”な気配に。



「風が……逆流してる?」

「ありえない。外は閉じているはず……」



空調ではない。魔法障壁の異常でもない。


これは、“何か”が入ってきたという確信──いや、“降臨した”という表現のほうが正確だった。

そして、



「……招かれていないのは承知の上だ」



その声が落ちた瞬間、空気が変わった。

低く、艶やかで、それでいて圧倒的な重みを持つ声音。



「誰だ……?」

「いや、まさか、あれは──」


「黒髪……黒装束……赤い、瞳……」

「レオナルト=アルセイン……っ!」



誰かが名を叫んだ瞬間、ざわめきが悲鳴に変わった。

騎士たちが一斉に動き出す。だが──



「やめろ」



たった一言。

それだけで、全ての動きが凍りついた。



「……な、んだ、今の……」

「声……だけ、なのに……剣が、重い……!」



魔力でも、威圧でも、殺気でもない。

ただ、“絶対”という力だけが、そこにあった。



「……おい」

「……ああ」

「跪いてるぞ、あいつ……」



場の端、かつては戦場に立った老騎士が、剣を抜くことすらできずに、

無意識のまま、膝をついていた。


その男は、誰の命令も受けず、ただまっすぐに進んだ。

王女のもとへ。



「……来るのが、遅くなってすまない。アリシア」



まるで、すでに約束されていたような声色で、

彼は王女の名を口にした。



「なっ……!?」

「知っているのか? 姫様の名を……あの魔王が……」



次の瞬間、ゼノ=グラナートが吠える。

激情に呑まれ、前へと踏み出し──



「ッ、止め──っ」



制止も間に合わず。

魔王の指が、ほんの少し動いた。


バンッ!!

音もなく、何かが炸裂する。

衝撃でゼノは吹き飛ばされ、柱に叩きつけられた。



「ぐっ……ッ!!」

「おい、死んだか……!?」

「……いや、生きてる。だが……あの目……」



痛みよりも、執着と狂気の光を宿した目。

誰も、見たことのないゼノの顔だった。


次に前に出たのは、王太子・エドワルド殿下だった。

威厳ある銀の軍装、手にかけた剣。だが──



「……足が……震えて……いる……?」

「嘘だろ……殿下が……怯えてる……?」



否。

怯えているのではない。


“理解してしまった”のだ。

この場を支配する“それ”の本質を。



「この場において、武力をもって姫に手を出すなど……」

「──違うな」



魔王は、静かに遮った。



「“宝”ではない。“人”だ」



まるで、この世界の価値観そのものを否定するような響きだった。



「……あのとき、確かに見えたんだ」

「なにが?」

「姫様の表情が……揺れた。仮面が、割れたんだ」



王女の護衛、セイルが立ちふさがる。

だが、それすらも──間に合わない。

魔王は、ただまっすぐに姫の元へ歩いて、そして、手を差し出した。



「アリシア」



その声に、答えるように。

王女が、小さく、震えるように応じた。



「……はい?」



世界の色が、変わった気がした。

次の瞬間。



「行くぞ、アリシア」



その手に抱かれた姫は、宙を舞う。

重力さえ、魔力に飲まれた。



「やめろッ!!」

「戻せ! 姫様は、王家の……!」

「だから──連れていくんだ」



マントが舞い、空間が裂ける。

黒の渦がすべてを飲み込む。



「……見たか?」

「……ああ」

「誰も止められなかった。いや──」

「“止めてはならない”とすら、思ってしまった」



それが、あの夜、薔薇の間に現れた“魔王”だった。


誰の許可も求めず、誰にも許されず、


それでも、“誰よりも自然に”そこに立っていた。




……そして、彼女を、攫っていった。




このSSは、『拐われたお姫様ですが、勇者ではなく魔王様を好きになりました』の第5話『お姫様、攫われました』の裏側を描いたものです。

「薔薇の間」に現れた魔王様──

その時、警備隊は何を見たのか。

本編で描かれなかった視点からの“答え合わせ”を、お楽しみください。


※本編では明記していませんが、このSSでは舞台を「薔薇の間」と仮定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ