第3話 トクダに必要なのは過去ではない
しかし、宝田の経営戦略はあるところから頓挫した。確かにEVの量産化には生産設備で勝るトクダが一役を担っていた。
だが、トクダはEVに限らず淘汰されゆくガソリン車やハイブリッド車にも生産ラインを残し、それを全方位戦略と呼び捨て切れていなかったのだ。
その隙に、それまでクルマとは無縁だった異業種企業が次々と参入してきた。
なかでもかつてはトクダのコピーと揶揄されていた中国の西安汽車がEVに特化したビジネスモデルを確立し本家トクダを凌駕し始めた。
新興組はEVに絞った専業集団だった。この時すでにクルマ業界はEV時代に突入していたのである。
品質に聡いカスタマーたちは性能でトクダを上回る新興組のEVにどんどんと乗り換えていった。
モーターの仕組みにおいてもトクダは新興組の後塵を拝した。新興組がレアアースを使わない新技術を確立したのに対し、トクダは従前と変わらずレアアースに依存していた。
トクダは高級ブランド車レオンをEVに特化し対抗するも、EV戦国時代を勝ち抜いてきた中国の西安汽車とアメリカの新興企業トランスセンドのEVに技術面でもコスト面でも及ばず、かつてのオートモービル業界の盟主が沈もうとしていた。
ここに来て宝田は会長の徳田清久に相談を持ちかける。
「このままでは、トクダは破滅します」
清久は渋い顔で呟く。
「いまさら、何を相談したいんだ?」
二人が向き合う役員会議室の後ろの壁には、創業者徳田右京を先頭に歴代社長11人、併せて12枚の肖像が煌びやかな金縁の額に収まり掲げられている。
「私の代で潰すわけにはいきません。私の後ろには40万人のトクダの命があります」
清久は暫し目を閉じた。宝田の焦りはよくわかる。彼も社長就任時、同じように世界中のトクダマンのことを思い焦燥した。彼らの命が自分にかかっていると。
「EVで西安汽車とトランスセンドを追撃するにはトクダは大きくなり過ぎました」
宝田は清久から引き継いだ全方位戦略の失敗を暗に示唆した。
「だったらなぜこんな画をいつまでも飾っている!?」
背後の肖像画を見ずに清久は語気を強めた。
宝田が縋るように一番右の肖像画に目をやる。11代目社長、その柔和そうで固い意思を帯びた両眼は、目の前の老人のものより遥かに鋭く時を超えて宝田を射抜いた。
清久は呟く。
「いまトクダに必要なのは過去ではない、違うか!?」
創業家が自分たちの偉業をばっさりと切り捨てた。その輝かしい過去を引き継いだ者の方が過去と決別できていなかった。




