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後半

 辿り着いた工場前で加奈子は、「ここが修復を頼まれたっていう工場ですか」と門前で仁王立ちする。

「そうだな」と短く返事をした松原は、躊躇うことなく、加奈子を置いてさっさと受付へと向う。ああ、だからこの人〝独身〟なんだな、と思いながら単独行動をする松原の後を付いて行くと、受付の中年女性が対応してくれた。


「お話は聞いております、花瓶の写真が必要とか」

「ええ、宜しいでしょうか?」


 丁寧な敬語を使う松原を見て、若干の気色悪さを感じたが、逆に社会人としての礼儀を持ち合わせていることに関心する。


「松原さん、敬語使えたんですね」

「ええ、加奈子さんはご存じないかも知れませんが、私これでも32年生きてますので、この程度の敬語は朝飯前です」


 気取った顔で加奈子に敬語を使う松原を見て、ぞわっと悪寒が走る。


「……気色悪いので、私には普通に話して下さい」

「加奈子ちゃんが、敬語も使えない中年男だと馬鹿にするからだろ?」


 そこまでは言ってないし、決して馬鹿にしたわけでは無かった。

 むしろその逆で、松原は自分以外の人間を〝馬鹿〟だと思っている気がしていたのだ。そんな人間が、他人に敬語など使えるわけがないと言う、加奈子の偏見だった。

 

「工場って想像していたのと随分違いますね」

「まあ、ここはデザインを起こしたり、業者の案件を受注したりする場所だからな、本格的な工場は山奥だ」


 簡単な説明を松原がしてくれた。それを聞いていた工場の受付の女性が、「お詳しいですね」と微笑む。


「仕事柄、色々な工場を見学してます」

「そうでしたか、それなら、説明は不要ですね」


 にっこり微笑む女性が、とある扉の前で足を止めた。


「ここに修復依頼の〝如意ひょうたん扁瓶〟が収納されています。担当者を呼んでまいりますので、少しお待ち下さい」


 女性は丁寧に頭を下げると、担当者を呼びに向かった。


「ここに、例の殺人(・・)花瓶があるんですね」

「加奈子ちゃん……、言い方……」


 やれやれと額に手をあてた松原が、「誰かに聞かれたら困る」と深い溜息を吐いた。


「はぁい、気を付けます」


 それにしても、不思議に思うことがひとつあった。花瓶が原因で殺されたとして、どうして? が付き纏う。 


 ――花瓶が偽物と気が付かれたから? 


 だとしても、10億の花瓶が買えるくらいの金持ちなのだから、金で口止めすればいい。それにもっと不可解なのが、仮にここに置いてある花瓶が偽物だとしたら、どうして偽物の花瓶が存在しているのかだ。

 

 ――そう言えば、贋作を販売するのは犯罪……。


 もしかして、贋作を誰かに売却する予定だったのだろうか、それを知られて殺した……? さすがにそれは安易な考えだと自分でも思う。

 所詮は素人の見立てだ、と頭を振った。それに自分達は秘書の茂野明久(しげのあきひさ)が殺されたのか、自殺なのかを調べに来たわけじゃない。問題は花瓶が本物か偽物かだ。

 じぃと部屋の扉を見つめながら加奈子は、早く担当者が来るのを待った。

 しばらくして、先程の女性が一人の男性を連れて戻って来てくれた。一緒に来た人物は三十代後半の痩身の男で、「お待たせして申し訳ないです。担当の山本と申します」と丁寧に挨拶をした。


「はじめまして、松原です。こちらは弟子の小鳥遊(たかなし)です」


 松原が加奈子のことも一緒に紹介をしたことで、自分は頭をぺこりと下げるだけになった。

 しかも、得意げな顔で加奈子を〝弟子〟扱いしたことが、どうにも納得がいかなかった。何故なら、教えられた事と言えば〝騙されろ〟というパワーワードだけだ。

 

 ――まったく、弟子って言うなら、ちゃんと教えてよね。


 と色々と文句が言いたくなるが、今は花瓶に集中だ。加奈子達は担当者の山本の案内で部屋の中へ入った。

 彼がカードキーをかざして中へ入ると、またもや扉がある。今度は暗証番号を入力するタイプの扉で、そのロックを外すと、ようやく中へと入ることが出来た。


「わ……、何も無い……」


 四畳半ほどの部屋には机と二人分の椅子があるだけで、まるで尋問部屋のようだった。


「ま、こんなもんだろう、陶器の修復作業って言うのは手作業だしな」

「あー……、そうですよね」 


 松原はテーブルの上に並べられている花瓶の欠片に見つめると、携帯カメラで写真を撮り始める。

 割と大きく割れているのを見て、自分でも修復出来そう……、なんて思っていると、松原がひとつの破片をじっと見つめる。何の変哲もない花瓶の欠片にしか見えない加奈子は小首を傾げた。

「すみません、その破片の裏を見せて下さい」と松原は要求する。

 手袋をはめた担当者は、「これですね?」と言って欠片をくりんと裏へ向けた。


「松原さん、これって元々の模様ですか?」

「……たぶん汚れたんだろうな」


 黒い液体が飛び散ったような汚れは、素人の加奈子が見ても不可解な物に見えた。

 少し離れた破片にも黒い汚れがあり、そちらは擦ったような跡だった。


「これって、復元後に何処かに展示するんですよね?」

「……さあ? 個人の趣味じゃないか?」

「え……、10億円の花瓶を個人の趣味……?」


 たかが花瓶に10億というだけでも驚きなのに、それを趣味だと聞き、お金持ちってよく分からん! と加奈子が不思議がっていると、松原が加奈子の父親の話した。 


「君のお父さんだって、趣味で土地を買ってるじゃないか」

「……あれは、趣味ではなく仕事ですよ」

「似たようなもんだ」


 全然違うと思うけど? と松原の意見に賛同出来ないが、父親は収集癖があり、少し変わった物を集めている。それは万年筆だ。

 世界中の万年筆を集めてショーケースを眺めてはうっとりしている。年代物であれば数百万もする品もあり、それを思い浮かべて加奈子は、まあ、他人には理解出来ない物を集める趣味はあるかな、と父のことを思い浮かべる。

 一通り花瓶の写真を撮り終えた松原は、担当者の山本に、「修復依頼を受けられた理由をお聞きしても?」と聞いた。


「詳しくは分かりませんが、社長の知人だと聞いてます」

「ああ、そういう経緯だったんですね」

「はい、何でも三十年以上の付き合いだとか」

「なるほど分かりました」


 納得した松原は丁寧に御礼を伝えると、工場をあとにした。帰り道、黙り込んでいる彼に加奈子は、「やっぱり偽物でしたか?」と聞いた。


「……本物だったよ」

「えぇええ?」

「残念だよなぁ、あーあ、割れる前に見たかった……」


 しくしく悲しむ松原を見て、加奈子もなんだか残念な気分になった。

 殺人花瓶が本物だということは、やはり花瓶を割ってしまったことで自殺の線が濃厚になるし、その方がしっくりくるからだ。


「けど、割れた原因は落としたからじゃないな」

「え……、どういうことですか?」

「年代物の器が落ちた時、結構な割合で中央部分は粉々になるんだ。なぜなら重さのある底の部分の衝撃が花瓶全体に伝わり、入り口付近へ到達するからね。地震で最上階のマンションの揺れが凄いことを思い浮かべれば原理は分かり易い」

「ああ、確かに」

 

 地震で上に行けば行くほど揺れが酷くなる共振現象は理解出来るが、陶器にもそれが作用するのは知らなかった。

 松原は、花瓶の底の破損はそれなりに酷かったが、ざっくりと割れた破片ばかりだったことが気がかりだと言う。

 

「……それに血が付着していたことも気になるな、遺体の何処かに切り傷でもあれば、彼の血として納得が出来るが……」


 それって? と加奈子が言葉を発する前に、松原は携帯を取り出すと熊谷に連絡をした。

 花瓶が本物だったこと、それから遺体に切り傷がないかの確認、松原が思い付く限りの話を熊谷へ伝えると、携帯を切った。


「……もし、茂野さんの遺体に切り傷が無かったら、誰の血でしょうか……」

「んー、それは俺達には関係ない、刑事でもないんだしな、重要なのは花瓶は本物だったということだけだ」

 

 そんなことを言う松原だったが、それなら、遺体に切り傷があるか調べろなんて言わないはずだ。

 少なくとも、あの飛び散ったような汚れは不自然だと加奈子は思った――――。


 数日後、熊谷が新たに遺体の情報を持ってやってきた。

 どうやら死亡した秘書の茂野には借金があったらしく、熊谷は難色を示していた。


「参ったよね、こうなると花瓶の損失に加えて、元々の借金の問題を苦に自殺をしたと見た方が無難だ」


 加奈子はお茶を出しながら、熊谷の話を聞いた。親族も知らなかったとはいえ、このまま裁判を続けても勝てる見込みはないと言う。

 

「告訴前に、まず茂野の身辺を洗う必要があったんじゃないか?」

「んー、そうなんだが、それが借金に関しては連帯保証人が真田治人(さなだはるひと)になっていたらしいんだ」


 その話を聞き、加奈子は、10億の花瓶を割られた上に借金の保証人になっているなんて、真田は神様なのでは? と思った。

 この世知辛い世の中に、そんな奇特な人がいるなんて信じられないと目を見開いたまま熊谷を見た。彼は両肩を軽く窄めると、


「結局、借金の件が露にならなかったのは、茂野が自殺の後、すぐに真田が支払ったからなんだよ、それを親族に話したら――」

 

 間を置いた松原が、「告訴を取り下げると言って来たわけか」と踏ん反り返りながら熊谷に言う。それに頷いた彼は、「そういうこと」と残念そうな顔をした。

 けれど、なんだか腑に落ちない部分がある加奈子は、その部分を口にした。


「あのぉ、借金ってどのくらいあったのでしょうか?」

「一千万くらいかな、ギャンブルで作ったらしいけどね」


 一千万の借金――、加奈子はくっと握り込んだ拳を顎にあてる。


「……普通、秘書の借金を社長が肩代わりするでしょうか? 赤の他人ですよね? 百万程度なら分かりますが、一千万の借金なら親族でも躊躇すると思います」

「いやぁ、加奈子ちゃん相変わらず鋭いね、そうなんだよな、普通、連帯保証人にはならないよな」


 不可解な点は多いけれど、親族はもう告訴しないことに決めたらしく、逆にこれ以上、真田に迷惑を掛けるのは申し訳ないと思っているようだった。

 

 ――確かに……、借金を肩代わりしてくれたんだから、そうなるよね。


 親族の気持ちも分かる。けれど、加奈子は何処か納得出来ないでいた。当然、松原も納得はしてない顔だった。

 熊谷は諸々の説明をして帰ろうとする――、その後姿を見ながら松原が、「で、傷はあったのか?」と聞いた。


「無かったよ、ただ……、真田治人には掌に切り傷があったようだ。それから余談だが茂野は糖尿病だったらしい」

「なるほどな」

「俺達は刑事じゃないんだ、これ以上は……」

「分かってるよ」


 厳しい顔をした熊谷は、「またな」と、再会の言葉を残して帰って行った。


「松原さん、何か気になってることあるんですね?」

「花瓶の入り口部分の裏と表に血が付着していたんだ。つまり、怪我をした状態で、あの花瓶の入り口部分を持ったことになる」


 加奈子は、「うっかりってヤツですね?」と言葉を返した。


「いや、それだけじゃない底にも黒いシミがあった。上手く擦って誤魔化してあったが、DNA鑑定すれば、誰の血か分かるんじゃないか」

「……え、でも自殺した茂野さんは外傷はなかった……って……、え……」

「さすが、加奈子ちゃん鋭いな」


 松原は口端をあげて加奈子を見るが、そんな得意げな顔をしている場合なのだろうか? と思い付いてしまったことを口にした。


「第三者……、他の誰かの血ってことですか?」


 花瓶で誰かを殺した? それを知った茂野さんは自殺した? それは変だと思う。

 けれど、もう少しでパズルのピースがカチっと合いそうな気がして、もやもやとむずむずが同時に襲って来る。松原は「仮説は、所詮は仮説だ」と言うと言葉を続けた。


「もしかしたら、第三者が真田治人によって殺され、そしてそれを知った茂野は、真田治人を脅したかも知れない(・・・・・)


 すーっと息を吸い込んだ松原は、立ち上がると店の外を眺めながら、さらに話しを続ける。


「一人殺すのも二人殺すのも一緒だと考えた真田治人が、糖尿病を患っている茂野に低血糖を促させ、アルコールで意識不明にし、屋上から下へと落としたかも知れない(・・・・・)、そんな仮説ならいくらでも出来る」

「松原さん!」

「加奈子ちゃん、あくまでも仮説だ。俺達がそんな話を警察にしたからと言って動いてくれるとは限らない」

「だけど!」

「まあ、俺達が思っている以上に日本の警察官が優秀だと信じよう」


 そう言って松原は煙草に火を付けた。もし、今の話が本当なら、真田は二人も殺した殺人鬼だ。動機が何であれ、人を殺したのであれば償うのが当然だと加奈子は思った。

 

「ところで……、松原さん、ここは禁煙です……」

「あ!」

「『あ!』じゃないんです。早く外で吸って来て下さい!」


 銜えた煙草の唇を歪ませると、松原は店から出て行った――――。



 その出来事から数ヶ月が経ち、殺人(・・)花瓶のこともすっかり忘れていたが、朝のニュースを見て驚いた。

 真田治人が殺人の疑いで逮捕されたのだ。殺されたのは彼の弟だと言う。どうやら動機は、両親の遺産を巡って口論となり殺害に及んだと言う話だった。

 加奈子は慌てて家を出ると松原美術商店へ向かった。飛び込む様に店内へ入ると「松原さん!」と息切れを起こしながら叫んだ。


「そんな大声で呼ばなくても、うちの店は狭いんだからさ」

「言われなくても分かってます! ニュ、ニュース見ました?」

「あー……、捕まったな」

「そんな悠長なことを言ってて良いんですか?」

「良いも何も、俺には関係ないぞ、彼の所有していた花瓶を見ただけの男だ」


 まったく興味が無そうな松原だったが、「けど、たかが遺産相続で親族を殺すなんてなぁ」と少し寂しそうに言った。


「松原さん一人っ子でしたっけ」

「ああ、兄弟が欲しかったよ」

「居たらいたで面臭い存在ですけどね」

「かもな」


 松原は軽く顔を傾げると、「二人の間に何があったのかは分からないが、事件の解決に向かっているのは間違いない」と言う。

 

「茂野さんの件も殺人として調査されるのでしょうか?」

「さあな、そっちは本当に自殺の可能性もあるしな……」

  

 そうだ。あれは松原が立てた仮説だ。それと友人の熊谷も同じような仮説を立てていたということに、今さらだが気が付いた。

 そうでなければ、熊谷が言った茂野明久が『糖尿病』だったという話は、余計な情報だったからだ。


「はぁ、類は友を呼ぶって本当ですね」

「ん? 何の話だ」


 いいえ、と加奈子は頭を横に振ると、いつものように、もふっとした大き目な猫じゃらしで棚の掃除を開始した。

 しばらくして松原の携帯が鳴ると、彼は画面を見て溜息を吐き、「熊谷だ」と嫌そうな顔をした。


「出ないんですか?」

「ああ、今は忙しいからな」

「……テレビ見てるだけじゃないですか……」


 松原は、しれっとテレビの電源を落とすと、滅多に開かない帳簿を開き、難しい顔をして見せる。だが、また携帯が鳴り響き、仕方なく対応に出た。


「まったく、俺は忙しいんだよ……、ああ、それで? ……へぇ……なるほどね」


 会話を終えた松原は加奈子を見て、「どうやら、真田は茂野明久と共謀して弟を殺害したらしい」と話しだした。


「そうだったんですか」

「遺産の全てを花瓶につぎ込んだことで弟と揉めたという話だ」

「はぁ、なんだか、お金って怖いですよね……」


 世の中で一番怖いのは、やっぱり人間なのだと加奈子は思った。


「本当だな、加奈子ちゃんも気を付けたほうがいい、君はお金持ちのお嬢様には全然見えないけど、君のお父さんは金持ちなんだから、遺産相続で揉めたりしないでくれよ」

「ひと言余計ですが、気を付けます」


 その後の調査でも真田が茂野を殺害したという事実は出てこなかった為、茂野は自殺として処理されたままだったが、本当はどうだったのだろう? と、しばらくの間、加奈子の探求心を擽ったが、それも直ぐに過去の出来事となった。


「仕事持って来たぞ」 


 颯爽と現れたこの人物のおかげで――――。

 


如意ひょうたん扁瓶~END.


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