初田理沙
今日の“月曜真っ黒シリーズ”はちょっと変則です。
来年書いてみようかと思っている連載小説のプレゼンです!(*^。^*)
初田周五郎が一代で創り上げた初田クループの中核を成す初田コーポレーション……その経営企画室付部長である初田理沙は30歳を目前にして浮いた噂の一つも無い。
それは単に彼女が初田周五郎の一人娘であるという難しい立場だけが原因では無かった。
彼女は一心不乱に生きて来たのだ。
希代の経営者を父に、元アイドルで女優としても大成した芸能人を母に持つ彼女は……母親譲りの美貌も相まって幼い頃から常に注目の的だった。
加えて、彼女が産まれた時には既に夫婦仲は冷めきっていて……母親は妊娠出産期間のブランクを取り戻さんと仕事に邁進し子供を顧みる事は無かった。
数年の後、夫婦は円満離婚したが、多忙な父親が一人娘を評価する基準は“結果”が総てだった。
“英雄色を好む”では無いが周五郎氏には非嫡出子が二人いて……しかも両名とも男子だった。
こういった状況下で……彼女が今の地位を得るに至ったのは決して平坦な道のりでは無かった。
父親の厳命の元、彼女は当時、日本では最高峰と謳われた理系単科大学の工学院へ進学、卒業後、更に2年を費やしてMBAを取得してから初田コーポレーションへ入社した。
“本当は凡庸な”彼女が入社後、僅か5年で今の地位に昇り詰めるには忖度だけでは成し得ない想像を絶する努力が必要だった。
実際、高校時代の彼女は、度の強いメガネを掛け、チラホラと白髪が混じる長い髪をひっつめにして鬼気迫る勢いで勉強をしている女子生徒で……その姿は、なまじ美少女であるがゆえに尚更グロテスクだった。
こんな女性には“不埒な虫”は近寄らないものらしい。
こうして……オトコは知らないが男社会を知り尽くしている彼女は“経営企画室付部長”として今日も“決裁”を繰り返す。
その耳に甘言蜜語など入る余地は無い。
「部長、『清水尚美様』と言う方からお電話が入っておりますが……」
「清水??」彼女の頭の中の“清水姓”のファイル達の一番奥底にその名前は有った。
『ああ……母のマネージャーね』
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「突然の電話で申し訳ございませんが……どうかお聞きください」
「手短にお願いできますか?」
「あの!若菜ちゃんが……あなたのお母様が……亡くなりました。」
「えっ?! 今、なんて??」
「急変して……1時間前に……ごめんなさい」
「そんな!! だって!!! この間、コンビニの店頭でコンサートの案内見たわ!!」
「若菜ちゃんは病気の事をずっと隠していたの…… でも周五郎さんはともかく、あなたにはお知らせすべきだった……」
「清水さんはご存知だったと言う事なのね!!」
「……はい でも若菜ちゃんに止められていたの。『時期が来たら私の口から直接言うから』って……」
「“時期”ってなんなの!! 結局のところ母と私はそれだけ希薄だったと言う事の証ね!」
「それは違います! とにかく早慶医科大学までお越し下さいませんか」
「父は寄越しませんよ!」
「ええ、結構です」
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幼い頃に別れた母だから……理沙には今更、憧憬の想いなど無い。
子供としてやらなければならない“事象”が彼女の心を重くしているだけだ。
「しかし物は考え様!仕事として捉えれば、さして困難な案件では無い」
そうやって必要な書類を確認、署名していると尚美が一通の封筒を携えて理沙に一礼した。
「あなた宛ての遺書が出てきました。」
理沙は溜息をついて細字の万年筆のキャップをはめ、手渡された封筒を開いた。
遺書を読み進むにつれ理沙の顔色が明らかに変わり、挙句の果てには手に持った便箋をグシャグシャにしてゴミ箱へ投げ捨てた。
「あなたは!! この男の存在を知っていたの??!!」
理沙から言葉を叩き付けられた尚美は、ゴミ箱から遺書を拾い上げて、その皺を伸ばしながら応える。
「ええ、恭平さんは……元々は“私の恋人”として若菜ちゃんと引合わせましたから……」
その言葉に理沙は更にワナワナと身を震わせる。
「つまりあなたは!! 初田家にとっても!ご自身にとっても! とんでもない事をしてしまったのですね?!!」
「おっしゃる通りです。でもそれが無かったら……あなたはこの世に居なかった」
その尚美の言葉に理沙は唇を噛む。まるで血の様にルージュが滲む。
「あなたにとっては愉快なのかしら?!」
「いいえ!!」
「どうして??!!」
「私はお二人と……生まれて来るあなたの幸せを願っていましたから……」
「有り得ないわ! 偽善を口走って私を嘲らないで!!」
「信じてはいただけないかもしれませんが……私はあなたにお願いをするしかありません。どうか彼女の遺言に副って……遺骨の一部を恭平さんに……あなたの本当のお父様へお渡しいただけませんか?」
「そんなにやりたかったら!! あなたが喪主になればいいでしょう! どうせ!初田の墓に入る訳では無いのだから!!」
「それでは彼女は安心して天国へ行けません!! どうかどうか!! あなたの手で届けてあげて下さい!! 私が付き添いますから!!」
その言葉には応えずに理沙は顔を伏せた。
彼女は泣きはしなかった。
ただ、唇から本当の血の雫が……はらり!と落ちた。
いかがでしょうか?
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