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Pierrot  作者: 桜田 優鈴
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第五章  伝言を

 真っ暗闇での生活は、時間の感覚を失わせる。でも、時間なんて所詮過去の人間が考え出した単位に過ぎないのだというのが俺の持論だから、俺の中から時間という概念が消えても、なんら問題はない。むしろ、時なんて過ぎ去ってくれればいい。そうして早く、こんな生活からオサラバしたい。鉱山で働く辛さは、暗さが原因ではない。この空気の悪さと過酷な労働が問題なのだ。同期の仲間で未だに生きて働いているのは、俺を含めて三人というところだ。俺がこの山で一番の古株であるが、年齢にするとまだ二十一。たった八年の労働でも、この環境の悪さにかかればあっという間にくたばる者も大勢いる。それほどに、この鉱山での労働は酷い。

 だから一週間ぶりに山から出ると、トロッコの降り口にピエロなんかがいたときは、ついに俺の頭もおかしくなってしまったのかと思った。

「ピエロさんよ、来るとこを間違えたかい。ここには腹も膨れないような芸に金を払うような馬鹿なんか、一人もいやしないぜ」

 始めに声をかけたのはクロだった。こいつは三年ほどここで働かされており、そろそろ体にガタが来て焦っていた。トロッコから降りた者はクロに続いて、ピエロに皮肉や罵倒を浴びせた。久しぶりに楽しげなものを見て、少し嬉しかったやつもいたかもしれないし、逆に自分たちがこんな酷い労働をしている合間にも、芸を楽しんでいるであろう富裕層の存在を思い出してイラついていたやつもいたのかもしれない。とにかくほぼ全員が、汚らしく唾を散らしてピエロを罵った。そんな哀れな労働者を、ピエロは何も言わずにただ眺めていた。そして俺も、鉱山にピエロという異常な光景をただ眺めていたのだ。何を言われてもまったく反応しないピエロに、労働者たちが本気で怒り始める寸前、ピエロが紙を取り出した。

『♦Kはいらっしゃいますか』

 労働者たちの会話が、全て遠ざかっていく。何故今更、そんな名が。

「お前、誰だ」

 大きな声を出したわけではないが、俺の低い声が発せられるなり、その場が静まり返った。ここでは労働年で序列が出来上がっており、若いながらも八年働いている俺は全員から敬われる存在だった。

「ハウントの知り合いか?」

 クロの問いには答えようがない。相手は白塗りの顔をしており、本当に誰だかわからなかった。

『Kの一人です』

「ハウントさん、Kってなんですかい」

 口々に疑問をもらす労働者たち。

「お前ら、先にあがってろ。こいつと差しで話がしたい」

 俺の命令に背くものはまずいない。皆興味津々という顔をしつつも、おとなしく引き下がった。

 二人きりになったのは良いものの、こいつの正体がわからない。Kといわれて思いあたるのは俺を含めて四人。妹と引っ付いて離れなかったちび、女みたいな優形の男、一言もしゃべらなかった男…こいつか。

「あの時は怖くてしゃべんないのかと思ってたけど、違うみたいだな」

 試しに鎌をかけてみる。

『ピエロですので』

 一応、あの日にしゃべらなかったことを否定しない返事。こいつはあの、鷹みたいに鋭い目をしていたガキで合っているようだ。

「そのピエロさんが、今更俺のとこに何しに来た。というより、何で俺がここにいるってわかった」

 不気味なほどに表情が変わらない。何を考えているか、全く読めなかった。

『あなたの居場所を知りえた理由は、ごく簡単なことです。あの日の順番からして、僕はあなたの行き先を知ることができた。そして、あなたは職場を変えていなかった。当時のままです』

 ピエロの返答を読んで、素直に驚いた。順番なんて覚えてなどなかったから、盲点だったのもあるし、全員の行き先を記憶できたということがありえないことのように思った。

『八年も経って僕がここに来た理由ですが、これは二つあります。まず一つ目。あなたは忘れてしまったかもしれませんが、♥Qが望んだ未来。あれが現実となっているかを確かめるためです』

 ♥Q。ロゼットの血筋の娘か。何故かあの娘が語った夢物語を、はっきりと思い出すことができた。現実味のない、理想まみれの綺麗ごと。そう罵ったはずなのに、忘れることはできなかった。

「覚えているよ。ハートのクイーンのことも、その姫の望みとやらも。残念だが、俺はあの理想通りにはなってないね。ピエロはどうなんだよ」

 ピエロの手は、なかなか動き出さなかった。ようやく書かれた文字は、『ほんの少し、現実になりました』という、あやふやな返事。

『それを完全にするために、ここに来たと書くのが妥当だったかもしれません。僕がここに来た二つ目の理由は、♥Qの居場所を知るためです』

 薄れかけていたあの日の記憶が、ピエロと話しているうちに鮮明になってきた。そうだった。この男は、♥Qを…。

「でも、お前はあの日の順番を覚えているんだろう。だったら、俺がハートのクイーンの居場所を知り得るわけがないってわかるだろう」

『確かにそうです。でも、もうあなたしかいないのです。正直もう手詰まりで』

 相変わらす表情は一切変化しない。それでも、ピエロが真剣だということはわかった。

「手詰まりってまさか、俺以外の全員に会ったわけじゃないんだろう?」

 冗談で言ってみる。八からピエロ自身と♥Qを引いて六。この貧しい国で、広範囲にばらばらに散らばった六人と会うなんて大変なことだ。ましてや、ピエロは富裕層ではない。費用だって、そんなにかけられるわけではないだろう。

『♥Q以外には、全員会えました』

 差し出された紙に並んだ文字を理解するのに、数瞬を要した。

「全員って、六人にか」

 首肯するピエロ。

『残念ながら、生きた姿ではない方もいらっしゃいましたが』

「…そうか」

 酷い労働をさせられ、辛いばかりだと思っていた自分の人生。でも、少なくても今こうして生きている。それを幸せだと思ったら、爺くさいか?

「俺、やっぱ夢物語、叶うと思うわ。だってまだ生きてるし。この仕事、すぐ死ぬんだ。でも、俺は生きてる。それって、幸せにカウントしてもいいよな」

 ピエロは首を大きく縦に振った。

 鉱山から出ると、久しぶりに星空と冷たい夜風を感じた。そこでようやく、今が夜だと知る。

「しかし、皮肉なもんだな。一番会いたいやつにだけ会えないなんてよ」

 隣を歩くピエロに話しかけたが、何か書く様子はなかった。代わりに、地面に膝をつく正式な礼をした。もう帰るらしい。

「悪いな。力になってやれなくて」

 首をゆっくりと横に振る。ピエロは、俺の寮とは反対のほうに歩き出した。大きすぎる青い服が、どんどん小さくなっていく。一度会えただけでも奇跡。二度目は多分、ない。俺は、大きく息を吸い込んだ。そして、のどが破れそうなほどに、小さな背中に向かって叫ぶ。

「ハートのクイーンに伝えてくれ。俺はあんた望み通り、幸せになったってな!」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

この作品には続きがございます。

ぜひ次のお話もお読みいただけますと幸いです。

感想もお待ちしております。

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