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 手帳や財布がばらばらと飛び出て、その子ははっとしたように一瞬足を止めた。けれど、男たちが近寄ってくるのに気が付いて、泣きそうな顔で私を見るとそのまま走って逃げてしまった。

 え、ちょっと? と思わなかったこともないけど、ありがとうごめんなさい、という小さな早口が聞こえて、正直、ほ、とした。

 怖かったもんね。仕方ないよ。

 男たちは女子高生を追うこともなく、新しく見つけた私に矛先を変えた。

「あーあ。せっかく一緒に遊ぼうと思ったのに。まあいいや、代わりにあんたが相手してくれるんだろ?」

「あんた地味な恰好してるけど、よく見りゃかわいいじゃん。スタイルいいねえ。あれ? その眼鏡、伊達?」

 私は散らばった荷物をあわてて拾おうとしたけど、その時初めて手が震えていることにも気づいた。なるべく平静を装ってカバンを閉めると、男たちに背を向ける。

「私も帰ります」

「はあ? ふざけんなよ。人の邪魔しといて、そのまま帰ろうっつーのかよ。責任とれよ」 

 私の前に男の一人が立つ。距離をとろうとしたら、もう一人の男が私の背後に立った。

「……どいてください」

「ちょっと付き合ってくれりゃいいんだよ。おごってやるからさ」

「好きなだけ、飲ませてやるぜ。たっぷりとな」

 そう言って、二人でにやにやと笑う。私のことを上から下まで舐めまわすように見ている視線が気持ち悪い。嫌悪感に、ぞわりと鳥肌がたった。

 さっきと同様、周りは誰も足を止めない。めんどうなことには誰だって関わりたくはない。

 誰も、助けてはくれない。

 私は、バッグをにぎりしめる。

「どいてください。警察を呼びますよ」

 冷静に言っても、男たちは馬鹿にしたように笑うだけだ。

「大袈裟だなあ。ただ遊ぼうって言ってるだけじゃん」

「そうそう。いい店知ってんだ。さ、行こうぜ」

 男の一人が私の腕をつかんだ。ぎょっとして叫ぶ。

「行きません! どいてって……!」

「俺のに、なんか用?」

 その時、いきなり別の声がして男の腕が離れた。見れば、薄いサングラスにマスクで顔のわからない男が、私の隣にいた男の腕を振り払っている。背が高い。

「何がお前のだって?」

「その子、俺のなんだけど」

 言いながらサングラスを外して、男たちを睨みつける。

 私と同じ歳くらいの若い男性だった。長めの前髪の間から、ぎ、と睨む目は、私ですら背筋の寒くなる迫力があった。男たちは予想外の男の登場に出鼻をくじかれたのか、ぶつぶつ文句を言いながら離れていった。

(助かった……)

 足の力が抜けてよろけそうになるのを、なんとかふんばった。私は大きく息を吐くと、その人を見上げる。

「あの、ありがとうござ……」

「バカか? あんたは」

 またサングラスをかけながら、その男はいきなり言った。

「は?」

「あんたみたいなひ弱な女一人であんなの相手にするなんて、どう見たって勝ち目はないだろ?」

 な?! 助けてくれたのはありがたいけど……なに、この男!

「だって」

「だってじゃないよ。それともあんたも目的は一緒か? あいつらと遊びたかったのか?」

「そんなわけないじゃん!」

「だったら、ああいうときは自分で声を掛けようなんて思わないで、駅員か警察を呼べよ。もしくはそこらの男に声をかけて……」

「だって誰も助けてなんかくれなかったじゃない!」

 怒鳴った私を見て、男は口をつむぐ。

「誰も見てるだけであの子を助けなかったじゃない! 駅員呼びに行ったって、その間に連れてかれちゃうかもしれないし! 私だって平気なんかじゃない! まだ足の震えが止まらないくらい怖かったよ! 怖かったけど、あの子はもっと怖かったと思う……から……」

 うっかり泣きそうになってしまって唇をかみしめる。こんな男の前で泣きたくない。

 うつむいた私の視界に、男の手元が入った。

「あ、それ!?」

 その男が持っていたのは、緑色のパスケース。私はあわててバッグの中を探るけどやっぱりない。さっき、バッグを落とした時に拾い損ねたんだ。

「五十嵐……るな?」

 男にパスの名前を読まれて、か、と顔が赤くなる。うわあああ、恥ずかしい。

 それは、私の本当の名前ではない。

 本来パスを入れる透明なそこには、ラグバの公式会員証が入っていた。5人のシルエットとRAG-BAGの文字がおしゃれにデザインされている。知っている人でなければ、デザインされたRAG-BAGの文字は読み取りにくいだろう。対して、ローマ字で記載されている会員の名前ははっきりとわかる。それを、読まれた。

 会員名の刻印は自由にできたので、どうせ誰にも見せないし、むしろ本名で作って人に見られてばれちゃったら困ると思って、考えた末、仮名で作ったんだ。


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