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こっちを見て言われると、まるで私に言っているみたい。
部長がフロアをでていくと、課長のまわりには人だかりができた。
「課長、本当にやめちゃうんですか?」
「急なことですまない。引継ぎはしっかりしていくから、あとは頼むよ」
「課長がいなくなると寂しいです」
「ありがとう」
退社の話を知らなかった社員は、口々に課長に話しかけている。
事前に退社の話を耳にしていなかったら、私もこんなに冷静じゃいられなかったかもしれないな。
「課長、誰がこの課から一緒に行くんですかあ?」
高塚さんが、他の人を押しのけて課長に近づいた。大きい潤んだ目で課長を見上げて、とびっきり甘い声を出す。
「私、本社勤務夢だったんですぅ。新しいプロジェクトにも興味ありますぅ。力になれると思うので、一緒に連れて行ってくださあい」
周りにはしらけた雰囲気が流れた。
あの調子だと、課長の意見はともかく、また部長に頼みこんで一緒に異動ってことになるかもしれないわね。
のほほんと聞いていた私の耳に、予想外に厳しい課長の声が聞こえた。
「無能は必要ない」
しん、と場が静まる。私も思わず息を飲んだ。
課長のそんなきつい言葉、初めて聞いた。
私だって失敗とか間違いとかやってきたけど、そんな風に言われた事一度もない。
もしかして課長……ずっと、怒っていたの?
血の気の引いた顔になった高塚さんに、課長は冷たい目を向けた。
「本気で本社勤務になりたいのなら、外見だけでなくもっと自分の内面を磨きたまえ。今のままでは、君は会社にとってただのお荷物だ」
わずかな静寂のあと、くすくすとあちこちから小さい笑いが聞こえてくる。顔色が赤くなったり青くなったりした高塚さんは、逃げるようにフロアをでていってしまった。
「こわ……でも、課長、よく言ってくれたね」
隣の留美が小さく拍手しながら言った。私もうなずく。
「課長、あんなふうに怒ることあるんだ。びっくりした」
「優しいだけじゃ出世はしないってことだね。やっぱり課長はかっこいいわ。見た? 高塚さんの顔。あー、すっとした」
「でもちょっとかわいそうかな」
「華は甘いわよ。ああいうタイプは、はっきり言われないとわかんないんだから」
「んー、そうね。これで真面目に仕事してくれるようになるといいけど」
「どうかねえ」
「水無瀬さん」
社員の向こうから急に呼ばれて、私は背筋を伸ばす。
「は、はい」
「ちょっとこの後いいかな。少し話があるんだが」
さっき高塚さんにかけたようなきつい声音ではなく、いつもどおりの課長の声に安心した。
「え? あ、はい」
私がまぬけな返事を返すと、留美が隣からどすどすと私の腕をたたいた。
「(ねえ、ちょっと! これって、異動の話? 引き抜き? あんた本社勤務になるの?)」
「(まさか! きっと引継ぎの話よ)」
「(でもさ!)」
「では、応接室へ来てくれ」
「はい」
そう言って、課長は先にフロアをでていく。課の視線が一気に私に集中した。
「応接室だって! そんなとこで引継ぎしないでしょ!」
「わかんないわよ。他の部屋がいっぱいでとれなかったとか」
「とにかく行っといで!」
「う、うん」
とりあえずノートとペンケースを取ると、私は応接室へと向かった。
☆
応接室の前で、一度深呼吸する。
本当に、本社へ、とかいう話だったらどうしよう。課長と一緒に働けることは嬉しい。けど、私なんかで役にたつのかな。使い物にならないって言われたらどうしよう。
ううん、まだそんな話と決まったわけじゃないもの。先走るのはよくないわ。
そう思って落ち着いてからドアをノックすると、中からどうぞ、と声が聞こえた。
「失礼します」
緊張しながらドアをあけた私の目にとんでもないものが飛び込んできた。
見慣れた応接室の中に、見慣れない見慣れた顔がいる。
「よ」
「久遠?! なんであんたがこんなところに?!」
スーツを着た久遠が、どっかりとソファに座っていた。
私の様子を見て、課長が目を瞬く。
「水無瀬さん、弟を知っているの?」
「弟?! コレが、課長の?!」
「コレとはなんだよ」
ぶすくれた久遠が、座れ、と隣を示した。躊躇していると課長も勧めてくれたので、少し間をあけてその隣に座る。課長は、私の向かいに座ると久遠に聞いた。
「知り合いだったのか? だからお前、挨拶なんて言い出したのか。会議が終わっても残っているから、珍しくやる気出したんだと思っていたのに」
「まあね」
「どういうこと? 久遠」




