- 20 -
「あ、はい。これです」
私が渡すと、内容を確認した課長はうなずいた。
「ああ、経年の比較をグラフでつけてくれたんだね」
「はい。その方が一見した時に見やすいと思いました。余計でしたか?」
「いや、助かるよ。やっぱり水無瀬さんの仕事は頼りになる。ありがとう」
「いいえ」
課長のOKがでて、ほ、とする。
「あとは必要分だけコピーして終わりです」
「それは、もういいよ」
「でも」
「明日、高塚さんにやってもらおう。これ以上君に負担させるわけにいかないし、そもそもは彼女の仕事なんだから。とんだとばっちりだったね」
課長……わかってくれていたんだ。
いいえ、と苦笑する私に、課長は表情を引き締めた。
「今回は、本当に悪かった。以前から高塚さんの事は問題だと思っていたんだ。部長の関係者だからと大目に見ていたけど、ここまで周りに迷惑をかけるようなら一度きちんと話さなければいけないな。場合によっては、配置転換も考えよう」
「私の指導不足です。課長にまで迷惑をかけて申し訳ありません」
「いや、俺だって指導する立場だし」
「でも、私も」
二人で言い合って、同時に、ぷ、と吹き出す。
「これからも、問題があったら積極的に相談してくれてかまわないから。無理しないで」
「はい、ありがとうございます」
それから課長は、少しためらうように、こほん、と咳ばらいをした。
「水無瀬さん」
「はい」
「これで仕事終わりなら、飯でも食いにいかない?」
「え? でも課長、今日の会議は終了後に会食だったはずでは?」
それなら、もう食事はすんでいるだろう。
「おごるよ。がんばった水無瀬さんへのご褒美だ。それに、君に聞いてほしいこともあるし」
目を細めた課長に、なんと返していいのかわからない。
え? ……え? 課長と二人で食事……?
突然の出来事に戸惑う。
憧れの課長に食事に誘われたなんて、これはもしかして超ラッキーなのでは。
「はーい、クウヤでーす!」
その時、久遠の声が聞こえて思わずスマホに視線を向ける。もう、カーテンコールなんだ。メンバーが一人一人挨拶している。
「みんな、今日もありがとう! クウヤ、とっても楽しかったよ!」
いつも通りの、弟キャラでかわいい姿を連発する久遠の声が聞こえる。本当にこれがあの久遠とは、とても思えない。
「あっちも、もう終わりらしいな」
課長もスマホを覗き込んでいる。
どうしよう。
「私……」
「じゃ、たまにはちょっと気分を変えてみようかな♪ ん、んん。……なんでいねーんだよ、ゴラア!」
突然聞こえた乱暴な声に、思考が停止する。
「気合入れて歌った! 踊った! 全部お前に見せるためだ! 俺だって楽しみにしてたんだ!」
会場が、水を打ったように静まり返る。観客のあ然とした空気がこっちにまで伝わってくるようだった。
クウヤがこんな言葉を使うの、初めてだ。さぞみんな驚いたことだろう。
加えてその内容。もしかしたら、私だけにわかるのかもしれない、言葉の意味。
いないって……まさか、私のこと?
静寂の中に、ワントーン低くなった久遠の声が響いた。
「待ってる。ここでずっと、お前が来るまで待ってるから……俺の知ってる名前で、会いにこい」
楽しみに……してた? 久遠が?
呆然とする私の前で、久遠がにぱっと笑った。
「なーんてね! たまにはワイルドなクウヤも、かわいいでしょ? みんな、また僕に会いに来てねー! 待ってるよー!」
とたんに久遠は、また可愛いキャラに逆戻りした。初めて見るクウヤの一面に、どよめきと歓声で会場が一杯に埋め尽くされた。
中継が切れて、スマホが黒くなる。夢からさめたような気持ちで、私は課長と職場に残された。
「ク……ウヤ、珍しいこと言っていたな」
課長も、ぱちぱちと目を瞬いている。
「そうですね」
「じゃ、水無瀬さん……」
「すみません、課長」
私は、スマホを握ると課長を振り向く。
「私、これから行かなければならないところがあるんです。お先に失礼します!」
そうして頭を下げると、私はフロアを飛び出した。
だから、一人残された課長が苦笑しながら呟いたことを、私は知らない。
「まだ振られたわけじゃない……と思いたいがな。どう思う? 久遠」
☆




