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「今朝もでれでれしちゃって」

 二人の様子を見ていた留美が、げんなりして言った。

「いい年して、娘みたいな社員に鼻の下のばしてみっともないったら」

 不機嫌な留美にコメントは控えた。

 仕事ぶりはともかく、見た目はモデルさんのようにかわいい。ふわふわの髪は栗色で猫みたい。制服のタイトスカートをかなり短めにして、きれいな足を存分に披露している。彼女が入った時は、男性社員が色めき立ったものだ。

 眼鏡にひっつめ髪でいかにも事務員という様子の私とは、雲泥の差だった。

「おはようございまあす」

「おはよう、満里奈ちゃん。今日は満里奈ちゃんが当番なんだね。コーヒーをありがとう」

「おはようございまあす。田中さん、風邪はもう大丈夫ですかあ?」

「ありがとう、満里奈ちゃん。おかげさまで元気になったよ」

 あちこちに笑顔を振りまきながら、高塚さんはせっせとコーヒーを渡している(ただし男性社員限定)。

「堂々とあれだけやれるのは、逆に感心するわね」

 私がぽつりと言うと、留美がうめいた。

「あれくらい熱心に仕事してくれればいいのに」

「本当にね」

 他の女子社員も、留美と同じように眉をひそめて見ているかあきらめて放っておくかだ。だいたい、女子社員が高塚さんに挨拶しても、さっきみたいにテンションの低い返事が返ってくるか無視されるだけなので彼女に挨拶する人はほぼいない。

 ちょうどその時、始業のチャイムが鳴った。

 私も自分のコーヒーを持って自席に着こうとしたところで、背後から声がかかる。

「おはよう、水無瀬さん」

 この声は。

 コーヒーを机に置くと、私はあわてて振り返った。

「おはようございます。五十嵐課長」

 そこいたのは、五十嵐課長だった。すらりと高い身長に、趣味のいいスーツが似合っている。私の事務的な眼鏡とは違って、細めの眼鏡が課長の知性を感じさせる。

 まだ32歳だというのに、わが社では異例の出世を遂げて課長に昇進した優秀な人物だ。実際、一緒に仕事をしていると、課長の仕事ぶりのすごさはよくわかる。社内の古い慣習を次々と変えているのも、もっぱら五十嵐課長だった。

 これだけスペックが高くて独身イケメンとなれば、女子に人気のあるのはもちろんのこと、頼れる上司として男性職員にも好かれている。

 私も、こっそり憧れているんだ。

「おはようございまあす、五十嵐課長ぉ。コーヒーでぇす。どうぞ」

 いつのまにか、高塚さんも近くに来ていた。

「おはよう、デスクに置いておいてくれ。ああ、水無瀬さん、早速だけどちょっといいかな」

 課長のそっけない返答が不満だったらしく、高塚さんはちょっと機嫌の悪い顔でコーヒーを置きに行った。留美がその後ろできししと笑うのが見えた。

「はい、なんでしょう」

 課長は、自分の持っていたノートパッドを示した。どうやら、ここに来る前にすでに部長と打ち合わせをしていたらしい。

「この資料作ったの水無瀬さんだよね。このデータの元の書類どこにあるかわかる? 細かい数字が知りたいんだ」

 営業や窓口の仕事はとっくにデジタル化してるけど、総務の事務仕事はまだアナログが多い。

「各支店の実績資料ですね。これでしたら、書庫にしまってあります。どこか不明な点がありましたでしょうか?」

「いや、そんなことはないよ。ただ部長が、品川支店と横浜支店の比較をもう少し詳しく知りたいと言ってね」

「品川と横浜なら、単独でファイルに分けてあります。すぐに持ってきますね」

「いや、いいよ。高塚さん」

「はあい!」

 コーヒーを置いてまた戻ってきていた高塚さんが、ここぞとばかりに笑顔で返事をする。

「資料室から、この資料を持ってきてくれ」

 一瞬だけ嫌そうな顔をした高塚さんは、次には本当に申し訳なさそうに上目遣いで課長を見上げた。

「すみませええん。私、主任から資料作りを頼まれていて、これからそれをやっちゃいたいんですう。水無瀬さんがわかるなら、本人が行ったらいいんじゃないですかあ?」

 高塚さんの言っている主任から頼まれたデータの打ち込み、急ぎじゃないからと任されたのは昨日の話だ。さすがに一日かけても終わらないのはいかがなものか。

 ちょっとイラっとしかけたけど、私はポケットに忍ばせた緑のパスケースを押さえる。

 よし、平常心平常心。

「課長、私、行ってきます。高塚さん、それどこまで終わっているの?」

「えっとお」

 嫌そうな顔で自分のPCを指した。

 う。打ち間違い多い……けど、ほぼ終わってはいた。

「もう終わるわね。もう一度見直したらお昼までに終わらせて主任に確認してもらって。OKが出たら決済に回してね」

 私が言うと、高塚さんはトーンの低い声ではあいと答えた。私は課長に向かう。

「では課長、すぐ戻ります」


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