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プラチナチケットが紙くずになったのは泣いても泣ききれないし、席を一つでも開けてしまったのはラグバにも他のファンにも申し訳なさすぎる。
私はスマホを取り出した。今日のコンサートはライブ配信もしていて、そのチケットを以前から買ってあった。明日もアーカイブ見ようと思って買っておいたのに、思わぬところで見るはめになってしまったな。
どうせ他に誰もいないんだし、ここで見ちゃえ!
キーボードをたたく音だけが響いていた広いオフィスに、歓声が響き渡った。
『みんな! 今日は来てくれてありがとう!』
タカヤが言って、火花の爆発とともに曲が始まった。
知らず知らず、手が止まる。
アップになる仮面をつけた一人一人の笑顔。射抜くような視線の強さ。叩きつけるように包み込むように響く声。ステージを狭しと踊る5つの影。
目が、離せない。
気が付くと、涙が頬を伝っていた。
そうだよ。この姿を目の前で見たかった。この声が聞きたくて、毎日仕事頑張ってきた。つらい時も、ラグバがいてくれるからがんばれた。
見ていると、幸せで涙が出るくらい、私、ラグバが好きなんだよ。
ひとしきり涙を流した後、私は顔をあげた。
私だって、がんばるよ。あの5人に負けないくらいに。今を無駄な時間にしたくない。
私は、また資料作りを再開した。
資料ができあがるのと、コンサートが終わるのはほぼ同時だった。
「タカヤ、かっこよかったなー」
あえて口に出して言う。だって、そうでないと、どうしても目に入った久遠のことが気になっちゃって。
甘えんぼの弟キャラ。クウヤのことはそういう認識だったから、特に意識はしてなかった。私の好みは、頼れる年上なのだ。
久遠がクウヤだと知ってから、改めて家でBRを見てみた。化粧のせいで顔は全然違うけど、久遠だと思って見たら本当に久遠でびっくりした。普段長めの前髪は、顔を隠すためだったのかな。
5人の中にいても、でしゃばらず引くとこは引いて、でもちょうどいいタイミングで話を沸かせる。会話のセンス、こんなによかったっけ? 頭いいんだな、久遠。
ダンスの動きもすごかったし、やっぱり声がめちゃくちゃ好み。ソロなんて、聞いていて気持ちよすぎてぞくぞくするくらい。時折、他のメンバーが話しているのを聞いている時に、あ、久遠だ、って思う表情もする。
課長に似てるから、とタカヤに惹かれた。ファンクラブも、推しの登録はタカヤだ。なのに。
小さな画面の向こうにいる久遠は、本当にかっこよくて……こんな人と、私、ラーメン食べに行ったりしてたんだ。
あの時はすぐ隣にいたのに、今はすごく遠く感じる。ううん、もともとこれが私たちの距離だったのかもしれない。本当なら、手の届かない人だったんだ。
そう考えると、胸がずきりと痛くなる。
もう、会えないのかし……
「へえ。ラグバか」
考えていたらいきなり声がして、驚いて振り向いた。
「か、課長?!」
「あれ? これ、今日のコンサートだね。ライブ見てたの? 水無瀬さん、ラグバ好きだったんだ」
か、課長に知られてしまった……。まじまじ課長が覗き込んでいるから、今さらスマホを隠すこともできない。
アイドル好きなんて知られたら、子供だなって笑われるかも。いや、課長なら笑わない。けど、でも。
焦る私の横で、課長は残念そうに言った。
「会議さえなければ、俺もこれ見に行ってるはずだったのに」
「え? 課長、ラグバ好きだったんですか?」
意外。課長が興味持ってるなんて知らなかった。
「ああ。ラグバの歌、好きなんだ。みんな歌がうまいだろ? アイドルなんて、と最初は思ってたけど、あの表現力と声量を聞いて考えを改めた。いいよな、ラグバ」
「そう! そうなんですよ! ただのアイドルじゃないんです! みんながみんな、本当に歌がうまくて、ソロでも合わせても聞きごたえがあるんです! あれだけ動いて踊っているのに、まったく息も音程もぶれないんですよ! すごいことなんです! それが5人も集まって……!」
は、と気づいた。課長がくすくす笑っている。
(わ、また私やっちゃった……!)
久遠の時にもやっちゃったっけ。進歩がない。せっかく今まで大人っぽく見せてきたのに、台無しだわ。
落ち込んでしまった私に、課長は笑いながら言った。
「本当に、水無瀬さんてかわいいね。今、とても生き生きした顔していたよ。普段と違う表情を見られて嬉しかったな」
「……へ?」
変な声でた。課長は、微笑んだまま聞く。
「で、資料は終わった?」




