愛する義兄のために、婚約者を譲ります
趣味は創作小説投稿、さんっちです。広く浅く触れてます。
自分より大切な人の幸せほど、望むモノはありません。
「私、オウレン様と結ばれたの」
婚約者の伯爵令嬢ミモザ様は、僕の前で別の男性・・・僕の義兄にギュッと抱きついて、そう言った。
「候爵様もお喜びで、慰謝料も結構とのことです。ま、貴方みたいな捨て駒、目もくれないのは普通ですし」
相変わらずの態度、でも仕方ない。「魔法さえ無ければ、こんな男と結ばれたくない」って初対面で言われたくらいだし。
彼女はクスクス笑いながら、僕の返事を待ってるみたい。どんな姿をご所望か、正直分かっちゃう。
「分かりました、承ります」
でもごめん、今更騒いだりしないよ。婚約破棄されるのは、分かっていたからね。
僕はシロザ、元々は貧乏子爵家の出身。魔法が使えると判明した直後、金が欲しい実家が、物珍しいモノ好きな候爵に売り飛ばしたんだ。
オマケにパサパサの髪に小さい目、貧相な体で、肌も綺麗じゃない。実家では気味悪がられて、ここじゃ好奇な目で見られている。
対して、僕より2つ年上のオウレン様・・・兄様は、産まれながら才色兼備の候爵令息。お人柄も良くて、令嬢なら誰もが羨む存在だ。
元々は、王女の婚約者だった兄様。でも先月、王女は別の男性と駆け落ちして、婚約も白紙になってしまった。そこをミモザ様が付け込み、婚約者の交換に踏み切ったんだろうな。
「随分あっさりしてるのね。分かってるの?このままじゃ貴方、不要だと判断されて、勘当されるかもしれないのに」
落ち着いてる僕が気に入らないのか、ミモザ様は煽ってくる。これ以上ここにいても、場の空気が悪くなるだけ。一礼して、さっさと立ち去ろう。
「お邪魔しないよう、これで失礼します」
「フン、なんて不束者なの!今までのように、候爵家にいられるとは思わないで頂戴ね!!」
ギャアギャア何か言ってるみたいだけど、気にしないでおこうっと。
だって、これでようやく、兄様は報われたんだから。
僕が候爵家に来た頃から、兄様は子供らしからぬ生活をしていた。難しそうな学問に、馬術や剣術、貴族としての作法。朝から晩まで、休み無く勉強している努力家だ。
対して僕は、別邸に押し込まれた。自由な外出も出来なくて、ただ魔法を見せるだけ。最低限の食事に、最低限の関わり。少しでも機嫌を損ねれば、世話もされず放置される。
僕は養子じゃない。見せ物として、飼い殺されるんだ。そう思って、何度泣いたんだろう。
実家では、見た目と魔法のせいでバケモノ扱い。ここじゃサーカスの動物。
お願い、誰か僕を見て。僕をどうか、1人の人間として受け入れて・・・。
「シロザ、お前も候爵令息だろう?あの親がやらないなら、俺がお前を候爵令息に相応しくする」
夜、外で泣いていた僕に、兄様がそうおっしゃった。そしたら翌日、兄様と隣の部屋に移されて、兄様の教育が始まった。
「候爵令息に相応しくする」っていう目的で、兄様も候爵令息として誇りを持っているから、厳しいことは沢山言われた。最初は勉強なんかチンプンカンプンで、マナーは滅茶苦茶、鍛錬なんかしたら朝まで倒れていたくらい。
それでも、それ以上に楽しい思い出がある。楽しい本に美味しいお菓子、昔から好きだった土いじりも、一緒にしてくれた。
勉強も運動も出来ない僕を、見捨てずに育ててくれる。
候爵夫妻や使用人から離れるよう言われても、「一緒にいたい」と言ってくれる。
独りぼっちだった僕にとって、兄様は心のより所だった。兄様だけは、僕の味方でいてくれた。何よりも大切になっていた。
だから、兄様には幸せになってほしい。
王女様が身勝手に駆け落ちしたのに、周囲からは「奴にも非があった」「捨てられた側」と嘲笑われて。
王族との繋がりを絶たれた候爵夫妻からは「育て損だった」と毒を吐かれたんだ。
人前では平常を装ってたけど、部屋では酷く落ち込んでいた(覗きとか言わないでね)。兄様の暗い顔を、涙を、初めて見た。
どうして兄様が、苦しまなくちゃいけないの?僕は、何も出来ないの?そう思い悩んでいたとき、ミモザ様が婚約者を変えたいと言ってきたんだ。
このまま2人で結婚すれば、兄様は立派な当主。そうなれば今までの苦労も無駄じゃなくなるし、何より社会的に認められる。
だから僕は身を引いた。元々上手くいってない相手だったし、むしろなんて幸運なんだと思っちゃうくらいだよ。
今まで通りにいかないのは承知さ。立場はともかく、兄様との距離も変わるんだろうな。
「兄様、おはようございます」
挨拶しても、何もおっしゃらないで、素通りされたり。
「ミモザと出る、食事は1人でしろ」
一言だけ告げられたと思えば、何日もミモザ様とお出かけしたり。
「兄様、もうすぐ家庭菜園のジャガイモが収穫できますよ」
「・・・俺はやらない」
毎年一緒にやってた収穫を、初めて断られたりした。婚約者の交換をして1ヶ月。何だか、避けられている気がする。
「オウレン様は貴方のこと、目障りだと思ってるのよ。その辺を漂う虫と同じね」
クスクス嗤って、去って行くミモザ様。彼女には何を言われても良いけど、兄様が意図的に距離を取ってくるのは、ちょっと堪える。
色んなことから逃げるように、ジャガイモ掘りへ向かおう。昔はただただ無邪気に、一緒に土塗れになったのが懐かしいな。
最近、少し疲れてるのかな。遠くで見てると兄様、どこかボンヤリした目をしていることが増えているんだ。でも近付こうとすると、離れていくから・・・僕はこれ以上、何も出来ない。
寂しい、でも仕方ない。だって、僕は・・・。
【親愛なる弟 シロザへ】
ジャガイモ畑の中に埋もれていたのは、しわくちゃな手紙。紛れもなく、兄様の文字だった。
○
誰もが寝静まった真夜中。知らない奴らと女の会話が、兄様の部屋から漏れている。
ーーー本日も、同じような【洗脳】をご所望で?
ーーーえぇ、先に今日の分を出すわ。そろそろ佳境だから、慎重にね。
ーーー承知しました。既に部屋に結界は張っておりますので。
ーーーそう、なら安心ね。こんなに素敵な手駒、逃がすわけ無いじゃない。
兄様が手駒?どういう思考を持つ奴らなんだ!扉越しで聞いてなんかいられない。僕はすぐに、魔法で扉と結界を破壊する。
「・・・っ、な、何!?」
「兄様から告発があった!禁術の使用及び犯罪集団への援助容疑で、お前達を拘束する!」
畑から掘り出したあの手紙には、ミモザが禁止魔法を使う犯罪魔法集団と繋がりがあると書かれていた。同時に、彼女は狙いを兄様に定めていたらしい。王女すらも洗脳して、ハニートラップ役と結ばせるなんて、随分手の込んだことをしたな。
だけど彼らを処罰するには、禁止魔法を使う現場を取り押さえる必要がある。だから兄様は気付かないフリをして、ミモザに接触していたんだ。
証拠になるモノ全部、あのジャガイモ畑の中に隠して。いつか、僕が見つけてくれることを信じて。
兄様の名を出して集められた兵士が、一斉に犯罪集団とミモザを取り押さえる。何か叫んだりしてるけど、僕は聞き取る余裕も無い。横たえる兄様に、駆け寄るしか出来なかった。
「兄様!兄様!?」
赤黒い魔方陣の上に寝かされて、置物のように動かない。半分だけ見開いた灰色の瞳が、酷く濁っている。すぐにベッドで寝かせたけど、このままじゃ危ないのは分かってた。
洗脳魔法は強い呪いだ、自然回復は見込めない。何も手を施さないと、洗脳は一生解けない。
呪いを打ち消すのに必要なのは、洗脳魔法以上の魔力。でも兄様は魔力を持っていないから・・・魔法を使える人から、魔力を与える必要がある。
でも与える側は、持っている魔力を全て使うから・・・もう2度と、魔法は使えないことが大半だ。せっかくの希少な力を、たった1回の魔法で失う。そう考えて、大半の魔法使いは渋るだろう。
それでも、僕は魔法を使う。
僕の魔法、ようやく自分のために使えるんだ。
本当に大切な人を救えるのなら、僕は・・・。
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ーーー何故、あんな奴が産まれたんだ。呪いか不吉の前兆か?
ーーーなんて気味が悪いの、目に入れたくも無いわ。
ーーーまた変なモノにお金を使って。ろくに遺産も無いし、引き取り損じゃない。
ーーーなぁに、飽きたら別のところに売れば良いさ。魔法が使えるから、多少は高く取引できるだろう。
実の両親から、引き取られた先から、囁かれた嫌な言葉。それらから、ただ逃げるだけだった。
逃げて、何もしなかった。怖くて、それ以上何も考えなかった。
ーーーお前も候爵令息だろう?
ーーー俺がお前を候爵令息に相応しくする。
手を差し伸べてくれた兄様は、そんな僕を正してくれた。
成長して、出来ることを増やせば、嫌な言葉をはね除けられる。今までを上書きするような、立派な人間に誰でもなれる。
兄様は僕を救ってくれたから。今度は、僕が救いたいんだ。
そしたらその手を、もう一度・・・これからも、ずっと・・・。
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薄ら目を開ければ、部屋が明るい。外からは、鳥の声と風の音がする。
「・・・ザ」
誰かが、僕を、呼んでる。
「・・・ロザ」
優しくて、大好きな声が。
「・・・シロ、ザ?」
綺麗な瞳を見開く兄様が、ベッドの隅で寝てる僕を心配して、声をかけてくれたんだ。いつの間にか、左手同士を恋人繋ぎをしながら。
「っ、兄様!お体は」
「平気だ」と返事はあるけど、起き上がれない・・・というより、体が上手く動かないみたい。洗脳魔法と魔法譲渡の影響で、下半身不随になってしまったんだ。
「これ以上、候爵家の人間として活躍は出来ない。あの親の失望する顔がすぐに浮かぶな。これからは田舎に引っ込んで、適当に生きてくか」
そんな・・・どうして、どうして、どうして・・・。気付けば勝手に、悔し涙が出ていた。
「シロザ、どうした。急に泣き出して」
「これじゃ・・・兄様が、報われないじゃないですか」
幼い頃から、人一倍努力していたのに。
多くの人から認められて、王女様と婚約していたのに。
悪い奴を懲らしめるために、自分さえも犠牲にしたのに。
こんな僕を見捨てない、優しい人なのに。
「兄様は、自分のためにすら生きられないのですか!?」
気付けば、全部吐き出していた。僕が勝手に悩んでいるのに、僕じゃ何も解決できないのに。
本当に、僕は・・・最低の弟だ。でもそんな僕に、兄様はそっと頭を撫でる。
「ありがとう、俺のことを思ってくれて。お前のそういう一途なところが、昔から好きだった。
でも、命あっての物種だろう?今の状態が最悪、って訳でもないさ。正直、王政やら政治やら、面倒事に巻き込まれることが嫌だったからさ。
これから先、また別のことを頑張れば良い。俺達はまだ、いくらでも再出発が出来るさ」
兄様・・・そこまで考えていたんだ。
「それでも流石に、1人じゃ無理だな・・・シロザ。一緒に、頑張ってくれるか?」
それに、また前を向こうとしている。魔法を失った、僕と共に。
兄様の撫でてくれる手に触れながら、コクンと頷いた。
貴方に手を引っ張られることが、僕が車椅子を押すことに変わっても。
いつかその関係が、大きく変わってしまっても。
僕は貴方が、最愛の人であると誓います。
fin.