27 Feb. 14128「雲路の果て」
27 Feb. 14128 =静かの海=
俺とレディは、やっと月へと上がってきた。
気象学者が大気のない月を訪れる理由を出せ、というのがプロジェクトの主張だった。まあ、理解はできる。だから、言い訳を通すのに時間がかかってしまった。
エレベーターで竪穴を降りる間、レディは高速鉄道の貨物室に入れられた事について文句を言い続ける。
「どうして貨物室だったんでしょうか!?」
「仕方ないだろう。スクーターは椅子に座れないじゃないか」
「隣の自販機がずっと喋ってて、全然ゆっくりできませんでした」
窓の外には巨大な地下空洞。素晴らしい景色が広がっているのに。
「ほら見てごらん。少年の好きそうな古い機械がある。きっとここに来るはずだ」
「こんな行き当たりばったりじゃなくて、プロジェクトに照会かけたら居場所が分かるんじゃないですか?」
「ダメなんだ。少年はもうプロジェクトから離れてしまった」
「連絡先を聞いておけば良かったのに」
レディの忠告は耳が痛い。
「まあ、観光を楽しみながら探せば良いじゃないか」
エレベーターが到着すると、小さなパンダが出迎える。
「今日はお客様一人か」
「失礼だな。レディも数に入れてくれ」
レディに駐輪場で待ってろなんて言ったら、あとが怖い。
「あら、そちらもお客様。良かった、今月も連続でノルマ達成だわ」
バナナと名乗ったパンダ型アンドロイドが小躍りする。彼女は月のメンテナーで、この施設にある月の自転制御装置を管理している。
バナナは自慢げに語る。
「私がこの仕事をしないと、月は地球から離れすぎちゃうし、ダイソンスフィアからの送電がずれちゃうし、大変なことになるのよ」
巨大なウインチを前に、レディはライトをパチクリとさせた。
俺は、レディに補足して説明する。
「太陽を半分覆うダイソンスフィアは、莫大な太陽のエネルギーをマイクロウェーブに変換して月に送る。月の受電設備の位置がずれると、電力不足になって、あっという間に月はブラックアウトだ」
「よく知ってるわね」
「まあ、プロジェクトには詳しいからな」
俺はウインチを見上げる。
「自転速度を制御して一日を一定に保つ装置だ。永遠に今を続けたいという、変化を嫌う人間のエゴだな」
バナナが訝しげに俺を見る。
「あなたは一体……?」
「気象学者をしている」
バナナの顔色が変わる。
「気象! ホントに? ねぇ、雲を見たことある!?」
「残念ながら、資料でしか」
「雲って素敵でしょ。空に浮かんで、風に吹かれて、どこまでも行けるの。まさに自由だわ!」
突然上がったバナナのテンションに、俺は後退る。
「オーロラはよく見るが」
「それも素敵だけど、やっぱり雲よ。一か月前にも地球の元メンテナーが来て、雲のことを聞いたん……」
「「それだ!!」」
今度はこちらのテンションが上がる。
「どこ行ったか知ってるか?」
「何か聞いてません?」
詰め寄られたバナナは、少年とは友達で、連絡先も知っていると答えた。
「会いたいと伝えてくれ」
「ええ。連絡してみるわ」
すぐに繋がった。
「あなたに会いたいって……そう、ドロリーナ型の……ジルゼ? プロジェクトの?」
少年と話をしていくうちに、バナナの目が丸くなる。
「あなた、元はプロジェクトのジルゼ総裁なの!?」
「今はただの気象学者だ」
俺が総裁だったのは八十年近く前。何の権力もありはしない。
「彼は、ティコにいるわ。是非会いたいって」
バナナはそう教えてくれた。そして。
「あなたも、お友達になりましょ!」
「ああ、構わないが」
「あたしには夢があるの。雲がどこから来て、どこへ行くのか。雲の行き先、その果てまで見てみたい。それを果たすために何でもするわ、絶対に!」
バナナの声は、地下空洞にこだました。




