5 Jul. 14039「幸わせの小道」
カレッジの夏休み。私はニライカナイコロニーに帰って来ていた。
お店のテーブルに座り、パパと二人でコーヒーを飲む。
「サティは、このままカレッジで研究を続けるのかい?」
「ううん。あっちのお花屋さんで働こうと思ってるんだ」
本当は働かなくたって良い。全ての仕事はロボットやアンドロイドがしてくれる。
それでも私たちが「働く」のは、生きがいを持つため、そして人間同士の繋がりのためだ。
人々が出会い、繋がって社会を形成していく。これも人間という種を保存するために必要なこと。
「ずっと東京コロニーで暮らすのか」
「そうなるわね」
パパは少し俯きながらコーヒーを口にする。
淋しそうに見えたので、少し安心させようと、言葉を続ける。
「いつかニライカナイに帰ってきたら、自分のお花屋さんを持ちたいわ」
「……なあ、サティ。すぐにでも、この店を花屋にしても良いんだぞ」
パパは最近メガネを掛けるようになり、髪の毛も少し寂しくなってきた。
老いを感じているのだろうか。でもまだ、そんな歳じゃない。
「何言ってるのよ。この骨董品店はパパの生きがいじゃない。そんな幸わせを横取りなんてできないわ」
そう言って私は笑う。パパもつられて笑ってくれた。
「そろそろ時間だし、私行くね」
「ああ、気を付けてな」
今日は午後から雨の日だ。雨が降り始める前に戻らないと。
私は呼んでおいたタクシーでシンカンセンの駅へと向かう。
見送りに立ったパパが見えなくなるまで、私は手を振った。
タクシーの車窓からコロニーの風景を眺める。少しずつ色々な所が変化しているはずなのに、小さい頃の風景と全く変わっていないように見える。
バイクを押して歩く人影が見えた。大通りから小道へと入っていく。
私の鼓動が跳ね上がる。
「ちょっと止めて! ここで降ります」
思わず叫んだ。
タクシーがゆっくりと路肩に寄って止まる。その時間すら惜しい。
ドアが開くと同時に私は飛び出した。
お兄ちゃんだ!
間違いない。間違えるはずない。
お兄ちゃんを追いかけて、小道へと入って行く。この先は制限区域。
そこに入られると、もう追いかけられない。
お兄ちゃん。
お兄ちゃん!
私は一生懸命に走った。ヒールのある靴で、何度も足を挫きそうになる。
角を曲がる。
お兄ちゃんは、制限区域の入口で警備担当者と話をしていた。
……やっと会えた。
でも、お兄ちゃんは私には気付いていない。
声を掛けようにも、息が切れて声が出せない。
「ほんとうにキレイだったよ」
優しいお兄ちゃんの声、変わらない後ろ姿。
私は呼吸を整えようとして、むせる。
「また、もぐってみようとおもって」
屈託のない言葉、その仕草はまるで少年だった。
お兄ちゃんは無垢で幼い。今の私と比べて、純粋過ぎる。
深呼吸をしていくと、沸騰していた頭が冷静さを取り戻す。
お兄ちゃんは変わらない。アンドロイドだからだ。
でも、私は色々なことを知って、心も体も大人になった。これからも変わり続けるだろう。
だけど、お兄ちゃんは……。
お兄ちゃんは制限区域の向こうへ行ってしまった。結局、私は声を掛けることができなかった。
そのまま小道の端に座り込む。
いつしか雨が降り始め、私の肩を濡らしていく。
どのくらいそうしていたのだろう。
彼からの着信。
出ようかどうしようか迷ったけど、通話ボタンを押す。
『泣いてるの、サティ?』
私はまだ喋っていないのに、彼は察する。
「いや……違、そんな……」
どうしても泣き声になる。これはごまかせない。
「……ちょっとだけ」
『大丈夫だよ。どんな時でもオレがサティを支えるから』
彼の言葉は、私の心に深く刺さった。
私が変わっても、私のことを想ってくれる人がいる。なんて幸わせなことなんだろう。




