24 Feb 14010「2.24」
24 Feb. 10 -嵐ヶ丘-
ボクは、家の二階で月からのラジオ放送を聞いていた。
今日は祝日。
月の統合政府の成立記念日だ。ラジオは記念日に湧く各地の様子を盛んに伝えている。
『ここ、コペルニクスではメインストリートを練り歩くパレードが…』
『虹の入り江の空には花火が上がり…』
『ティコは街全体で…』『静かの海では…』『アポロの…』
月にある様々な町を中継して、それぞれで開催されるお祭りが順に紹介されていく。
椅子に座って窓の外を見ると、灰色の砂漠の上に浮かぶ月。
今では月の人口は地球よりも多い。月の表も裏も開発されて町が埋め尽くし、月全体が人間の営みによってまん丸に光っている。
太陽で照らされていた一万年前のように、月の光は欠けることがない。
ラジオからは、月に住む人たちの楽しそうな笑い声。
ボクはその様子を想像しながら、少しだけ寂しく思う。
「みんな、忘れちゃってるのかな」
今日は、地球の長い夜が始まった日。
約一万年前。地球は、太陽を覆い隠すダイソンスフィアの影に入った。
ダイソンスフィアとは、水星の軌道上に建設された巨大な半球であり、太陽の半分を覆う人類史上最大の建造物。そして史上最高の発明だ。
その球殻は、太陽の発する熱や光のエネルギーを受け、莫大な電力へと変換する。ダイソンスフィアから得られる膨大な電力により、人類の文明は最高潮を迎えた。
しかし、ちょっとした計算違いが発覚した。
「ダイソンスフィアの公転周期がずれてしまいました」
当時の責任者は、そう語った。
本来、地球と同じ速度で太陽の反対側を回るはずのダイソンスフィアが、地球と同じ側に来てしまうのだと説明した。
ボクは目を閉じて、遠い遠い昔の記憶にアクセスする。
二月二十四日、その日はやってきた。
ベッドの上に横たわり、ボクは窓の外を見つめていた。傍らに座るお父さんに聞く。
「お父さん、太陽なくなるの?」
「もう私たちが生きている間に、太陽を見ることはできない」
太陽が欠けはじめた。ダイソンスフィアに隠されていく。
日食とは違い、月の満ち欠けのように太陽は細くなっていった。
空が暗くなりはじめる。
ボクは不安を感じて、お父さんの手を握った。
お父さんは、力強く握り返してくれる。
「……、…………」
最後にお父さんが何を言っていたのか、もう分からない。
ボクの記憶は、何度もコピーされていくうちに劣化してしまった。
ボクが瞼を開くと、月の光が入ってくる。
今、真っ暗な空で太陽の代わりに輝いているのが、月面の町の光だ。
今日は、人間が地球を見捨てた日。かつてはそんな風に言う人もいた。
長い夜の始まりの日であることを上書きするように、後から成立記念日が設定され、各地でお祭りが開かれるようになった。
ラジオからは、レポーターの呑気な声が聞こえてくる。
『お祭りには、地球環境回復プロジェクトのブースもあって……』
そうだ。残念ながら、ボクの仕事には祝日なんて関係ない。
ボクはラジオの電源を切る。
消えていく緑のランプを見て、なんとなく気分が落ち込む。気怠げに一階へと降りる。
いつもどおり、水筒にたまった液体にリトマス液を垂らす。
透明な赤に変わる。
すると灰色だった気持ちにも色が付いて、少しワクワクしてきた。
「ふふっ」
こんなことで、簡単に機嫌が直る自分の単純さがおかしくて、ちょっと笑ってしまう。
ボクは鞄に銀色の水筒をしまうと、出掛ける準備をする。
研究者の計算によると、十万年後には、再び地球から太陽が見えるようになるらしい。
家を出て、星空の真ん中を見上げる。
時刻は十二時。南中した太陽はそこにある。いつか顔を出すはず。
そんな夜明けを見てみたい。
きっと……きっとキレイだろうな。




