21 Feb. 14032「悲しい微熱」
21 Feb. 32 -ロシーン骨董品店-
「やあ、メンテナーさん。呼び出して申し訳ない」
店主から連絡があり、ボクは朝早くに骨董品店を訪れた。
店の中には、どんどん花が増えている。ショーウィンドウには潜水服の周りまで花が飾られ、ちょっと異質な雰囲気になっている。
しかし、そのおかげでお店は素敵な甘い香りに包まれ、骨董品の埃っぽい臭いは全く感じられない。明るい店内になっていた。
ボクがあたりを見回すと、店主はボクの探しているものを言い当てた。
「サティはスクールへ行っているよ。お昼までは帰らない」
と言うことは、今日はサティに聞かれたくない話をするんだろう。
店主はコーヒーを一口飲むと切り出した。
「メンテナーさんは、サティのことをどう思ってる?」
「サティはいいこだね。かしこくて、かわいい。みんながすきだよ」
ボクがそう答えると、店主は娘をほめられた父親の顔になる。
「メンテナーさんは、サティのことを好きかい?」
「すきだよ」
「サティもメンテナーさんのことが好きなんだ」
「それはうれしいな」
そこで店主はため息を吐く。
「でも、メンテナーさんの『好き』と、サティの『好き』は、もう……違うんだ」
店主の言葉の意味がよく分からない。ボクは静かに聞くことにした。
「メンテナーさんはアンドロイド。サティは人間だ。サティは成長して大人になるけど、メンテナーさんは、見た目も心もずっとそのまま」
ボクは頷く。
ボクの身体と思考はいつまでも十三歳のまま。数千年活動をしても、数千歳のおじいちゃんになることはない。
「サティは少し前からメンテナーさんに熱をあげている。でも、まだ微熱だ。今なら、まだ間に合う」
熱?
サティは病気なのかな。
でも、ボクに熱をあげるってどういうことだろう。もしかしたら、原因はボク?
「サティは、だいじょうぶかな?」
「このままだと、大丈夫じゃなくなるかもしれない。だから……」
店主はボクの手を握ってきた。
「だから、サティに会わないで欲しい。お店にも顔を出さないでくれないか」
基本的に、ボクは人間のお願いを断ることはできない。そういう風に作られている。
サティから良いものをちょうだいとお願いされた時も、ジルゼから来訪するようにお願いされた時も、電気屋の販売員からのお願いですら断れなかった。
「いつまで?」
「サティの熱が冷めるまで……いや、別の人に熱が移るまで」
ボクは悲しい気持ちと、淋しい気持ちに包まれる。
この店に来れないことが悲しい?
それともサティに会えないことが淋しい?
互いに何も言えなくなり、沈黙が支配する。
コーヒーがすっかり冷めた頃、店主が立ち上がった。
「また、連絡するよ」
最後に店主は「お詫びと……口止めだ」と言って、古いオイルライターをくれた。
ボクはバイクを押して、ドームを後にした。
24 Apr. 32 -ロシーン骨董品店-
そんなやり取りがあったなんて知らない私は、お兄ちゃんを待ち続けた。
一か月経っても二か月経っても、お兄ちゃんは、お店に現れなかった。
「ねえ、パパ。最近、お兄ちゃん来ないね」
「メンテナーさんも仕事が忙しいんだろう」
パパは元気がない。ジルゼさんが月に帰って、お兄ちゃんも来ないから淋しいに違いない。
「連絡してみてよ」
「忙しいかもしれないけれど、ぜひお店に来てくださいって? そんな連絡、お客様に失礼だよ」
「営業活動じゃん」
「どこでそんな言葉覚えたんだか」
パパは、少し笑って潜水服の手入れを続ける。
私は窓の外を覗く。
バイクさんを押しながら、お兄ちゃんがあの角を曲がってこないかな。
最近はあんなに来てくれていたのに。
私は頭に付けた蝶の髪飾りを触る。
私のこと嫌いになったのかな。
淋しいよ、お兄ちゃん。




