13 Jan. 14032「ジュゴンの見える丘」
ジルゼさんの出発の日。
私とパパは、薄暗い丘の上に立っていた。
二人で、コロニーの天井の向こうに広がる真っ暗な空を見上げている。
「ジルゼさんが一昨日の晩に連絡をくれたんだ。顔を合わせてお別れを言いたかったけれど、忙しくてお店に来れなかったって、謝ってくれた」
パパが呟く。
私は応えずに星空を見上げる。北極星のベガがキラキラと瞬いていた。
「この丘は昔、ジュゴンが見える丘って呼ばれてたんだ。サティはジュゴンを知ってるかい?」
「お花? 樹の名前?」
「いや……海に棲んでいた哺乳類だよ。クジラほど大きくはないけどね。もう絶滅してしまったんだ」
パパは話を続ける。
「一万年も昔。太陽が輝いて、青い空と青い海が広がっていた頃のこと。ここに住んでいた人たちは、ジュゴンが泳いでいるのが見えたこの丘を、大事に大事に残してきた」
まだコロニーなんて無い時代、教科書でしか知らない風景。
パパだって見たことないはず。でも、おじいちゃん、ひいおじいちゃん、そのまたおじいちゃんからずっと伝えられてきたお話。
「人間は思い出を残すことが出来る。そして後世に伝えていく。どんな別れがあっても、その思いは……」
「あ! パパ、あれ!」
私はパパの話を遮って叫ぶ。
地平線から伸び上がる一筋の光。月への連絡シャトルだ。
あのシャトルには、ジルゼさんが乗っている。
ジルゼさんは、ちょっとお茶目なおじさんだけど、実は月の統合政府で働くプロジェクトのとっても偉い人だった。
私たちは、光が見えなくなるまで見送った。
パパがちょっとだけしゅんとしている。別れが悲しいのかな。もしかしたら、話の腰を折られたのも悲しいのかもしれない。
「パパ、大丈夫?」
「大丈夫だよ。じゃあ、行こうか」
パパは鼻をすすりながら歩きはじめる。そのまま振り向かず、私に話しかけてきた。
「サティ。……メンテナーさんのこと好きなのか?」
「な、なんで、そんなこと!?」
私の身体中の血の気が引いていく。まさかパパにバレてるなんて。
「見てたら分かるよ」
「どうでも良いじゃない!」
「メンテナーさんはアンドロイドだ。好きになってもダメだよ」
「パパには関係ないでしょっ!」
なんでパパ、そんなことを言うの。
分かってるよ。でも、お兄ちゃんのことが好きなんだもん。
自然と涙が溢れてくる。
「パパなんて嫌い!」
私は走り出していた。
パパから隠れるように走って、丘の麓のトイレに籠る。
好きになるのがダメだなんて、パパにそんなことを言われる筋合いはない。
怒りと悲しみと悔しさがごちゃごちゃになって、心がぐちゃぐちゃになっている。
私は思いっきり泣いた。
どのくらいの時間そうしていたのだろう。なんだか外が騒がしい。
トイレを出てみると、警官が集まっていた。その真ん中で囲まれているのはパパだ。
「泣きながら逃げていく女性が写っていたんだ」
警官が監視カメラを指差す。
「だから、違いますって」
「こんな暗い場所に女性を連れ込んで」
「いや、あれは娘で」
「虐待?」
「いや、そうじゃなくて」
遠くからでも、パパの困っているのがよく分かる。
捕まっちゃえば良いんだ。
その様子を見ながら息を整え、心を落ち着かせると、……少し笑えてきた。
さすがにパパが捕まると私も困る。
軽く頬を叩くと、パパを助けてあげることにした。
「すみません」
謝りながら、パパの隣へ行く。
ちょっとした親子喧嘩とだけ説明したら、警官は呆れて帰って行った。
「ありがとう、助かったよ」
パパはホッとした表情になっていた。
そして、パパは「ごめんな」と申し訳なさそうな顔をする。
「甘い物……。西瓜食べたい」
「わかったわかった」
パパは私の頭をポンポンと叩いた。




