16 Sep. 14031「クジラのステージ」
「ありがとう。でも、ごめんね。付き合えない」
私は、言葉を選びながらゆっくりと答える。
彼は私を見つめ、聞いてきた。
「なんで?」
なんで?
そう。なんでなんだろう。
彼と話してて楽しいし、一緒にいても嫌だと思ったことはなかった。
じゃあ、どうして私は「付き合えない」って言ってしまったんだろう。
「あなたのことは嫌いじゃないんだけど……」
私は考えながら言い淀む。
クジラのステージに、さっきと別のクジラが上がってきた。
今度は二頭。少し小さいクジラが、大きなクジラにピッタリと寄り添っている。
夫婦だろうか。恋人だろうか。
「………私、好きな人がいるの」
私は自分で答えながら、不思議な気持ちだった。
そうか、私には好きな人がいるんだ。
「そ、そうなんだ」
私の答えに彼は俯く。そして、下を向いたまま聞いてきた。
「スクールの人?」
「違うよ」
「そっか」
また暫くの沈黙。
クジラは水面近くをぐるりと回り始めた。二頭でダンスをしているみたいだ。
彼もその様子を見ている。
「オレの知ってる人?」
「多分、知らない」
「そっか」
また、沈黙。
彼なりにいろいろと考えているんだろう。とても静かな時間の後、やっと彼は言葉を絞り出した。
「ごめん」
「なんで謝るの?」
「いや、なんていうか、その、好きな人がいるのに、好きになっちゃって……」
最後の方はもう聞き取れないほど、彼の声は掠れていた。
水槽のガラスに沿って、小魚たちが回ってきた。うろこが光を反射して、キラキラと銀色に輝く。
クジラのダンスを盛り上げるようにステージを煌めかせる。
どんどん落ち込んでいく彼には悪いけど、私はとても晴れやかな気分だった。
私はお兄ちゃんが好き。
自分で言葉にして初めて気付いたこの気持ち。
この気持ちが「好き」ってことなんだ。
心の中に沢山の花が咲いたような気分。
「ありがとう」
思わず彼にお礼を言う。
私の気持ちに気付かせてくれて、ありがとう。
彼はちょっと混乱して、なんて言って良いか分からないまま。私はさらに言葉を繋ぐ。
「ねぇ。今までどおり、友達でいてくれる?」
「うん、もちろん」
彼は、さっきよりもぎこちなく笑う。
「じゃあ、オレ。ジンベイザメとか見に行くけど……」
「私は、もう少しここで見てるよ」
「そっか」
彼は何度か振り返りながら、エスカレーターの方へ歩いていった。
二頭のクジラは一通り水面を楽しむと、再び水槽の底へと潜っていく。
平和を取り戻したかのように、小魚たちが水槽の中央に集まる。
私はなんだかドキドキしながら、水槽を見つめていた。でも、クジラのことなんか、これっぽっちも考えてなかった。
ただ、不思議な気分と幸わせな気分で、頭がフワフワとしている。
「どうだったのよ!」
友達が後ろから声を掛けてきて、私はやっと我に返った。
「告白されたんでしょ!」
「なんて答えたの?」
「どうするの? どうなるの?」
三人は矢継ぎ早に自分の知りたいことを聞いてくる。
「あ、あの、ちょっと待って」
他のお客さんが来たので、私たちは場所を替え、水族館の外が見える廊下へとやってきた。そこはベンチが並んでいる休憩スペースで、展示の水槽がないから人がほとんどいない。
「ねぇ、なんて言われたの?」
早速、私は三人に詰め寄られる。
「付き合ってって言われた」
そう答えると、彼女たちはキャーキャー言って喜ぶ。
「で、で、なんて答えたの!?」
さらに詰め寄られる。圧が凄い。
「断っちゃった」
私の答えに、彼女たちの顔色がさあっと変わる。
「えー! なんでよぉ!」
「返事待ってとかじゃなくて、本当に断ったの?」
「何が嫌なの? 彼ってかっこいいじゃない!」
私は、自信を持って答えた。
「だって、私には好きな人がいるって分かったんだもん」




