16 Sep. 14031「箱舟」
今日はスクールの社会見学。
コロニーの北部にある水族館へやってきた。
午前中は、一般客の入れないバックヤードを見せてもらう。
魚たちの餌付けやクラゲの繁殖、イルカのショーの練習。見たことのない光景に、みんな大喜び。
「昼食後は自由行動だ。三時にはここに集合すること」
イベントルームでお弁当を食べ終わるころ、先生が注意事項を読み上げる。
「サティ、一緒に回ろうよ」
女友達三人に誘われて、私たちはウミガメの水槽へとやってきた。
カメたちは大きくて青い水槽の中を優雅に泳いでいる。
「ねぇ、あっちも見てみようよ」
私はもう少し見ていたかったけど、友達はすぐに飽きて移動してしまう。
できるだけ沢山の生き物を見ようと必死みたい。
チンアナゴやタツノオトシゴ、ウミウシみたいな小さくて大人しい生き物は、小さな水槽が何個も並んでいる場所に展示されていた。と言っても、うちの店には置けないくらい大きな水槽だけど。
「サティ、早くぅ」
今度はマグロの水槽。
すごい勢いでぐるぐると回っている。
「止まると死んじゃうんだって」
「こんなに大きな水槽でも、ぶつかっちゃいそうだよね」
「昔は、こんなのがいっぱいコロニーの外で泳いでたなんて信じられない」
コロニーの外にあった全ての「海」は凍ってしまったと、教科書で習った。
その海の生き物を保管、維持しておく箱舟が、この水族館らしい。
分厚い氷の下には凍っていない海が残っていて、それが泉のように湧き上がってくる……なんて、先生は夢物語のように話してくれた。
コロニーの外で働いているお兄ちゃんなら、海を見たことがあるかもしれない。
(今度、お店に来てくれた時に聞いてみよう)
私は泳ぎ続けるマグロを見て、お仕事しっぱなしのお兄ちゃんの姿を重ねる。
メンテナーの休みは月に一回だけ。お兄ちゃんは、その休みにうちのお店へ来てくれる。
「なぁ」
突然声を掛けてきたのは、同じクラスの背の高い男の子。
「ん?」
「オレと一緒にクジラ見に行かない?」
「え、でも私、みんなと……」
振り返ると、みんなは私から距離を取っていた。
それぞれが小声で囁いてくる。
「サティ、行ってらっしゃいよ」
「あたし達は、あたし達で回ってくるから、気にしないで」
「さ、行こ行こ」
みんなはニヤニヤしながらどっかへ行ってしまった。
まさか置いて行かれるなんて。薄情な友達め……。
振り返ると、彼と目が合う。
彼はぎこちなく笑う。
「まあ、いいよ」
私はちょっと悩んでから答えた。
よく話をする男子だし、くりっとした彼の目は、お兄ちゃんに似ている気がする。
クジラのステージと名付けられた大きな水槽の前へとやってきた。私たちの他に見学者はいない。
一緒の水槽にいる小魚の群れが、クラインの壺を描くように動いていく。
「サティはクジラ好き?」
「んー……分かんない」
「オレは好き。めちゃでかいし」
その時、下の方からクジラが上がってきた。
「大きい……」
私は思わず呟いた。本当に大きい。
男の子は満足そうに、そしてなぜか自慢げに私を見る。
「昔はもっともっとでかい、シロナガスっていうクジラもいたんだよ」
「良く知ってるね」
クジラは体をくねらせながら、ゆったりと水面を目指す。小魚たちが散り散りに逃げる。
私たちはその様子を静かに見守っていた。
息継ぎを終えたクジラは、また深い底に潜っていく。
その口から洩れた泡がぷくぷくと舞い上がる。
しばらくの沈黙のあと、彼は私を見た。
「サティが好きだ。付き合ってくれないか」
やっぱり……そうかもしれないとは思っていた。
こういう時、どう答えたらいいんだろう。お兄ちゃん。私はなんて答えるべき?




