9 Dec. 14030「クロッカス」
私は「ニライカナイコロニー」に住むスクール六年生。
休みの日は商店街にある骨董品店で、パパのお店の手伝いをしている。
将来の夢はお花屋さんになること。この店を、この街を、このコロニーをお花でいっぱいにしたい。
「サティ。ジルゼさんにコーヒーのおかわりを持ってきて」
お店の方からパパの声。
今日は「雨の日」だから、街の人通りが少ない。
お客様は二人だけ。テーブルでパパとお話をして笑っている。
一人はお兄ちゃん。前からちょくちょく来てくれていた常連さん。
もう一人はジルゼさん。お兄ちゃんに誘われて最近よく来るようになったおじさん。月から引っ越してきたらしい。
「お兄ちゃんはコーヒー飲むのかな?」
私はコーヒーは苦手だ。シロップを入れてもミルクを入れても苦い。
蛇口のダイヤルを回して、ブラックコーヒーを選び、ポットに注ぐ。
お店の方では、痩せる話をしている。
やっぱり、スレンダーな方がモテるのかな。
「……ん、買えるな。よし!」
「さすがに使い方も見ずに決めるのは良くないですよ」
ジルゼさんが衝動買いしそうになるのを、パパが止める声が聞こえる。
私がポットを運ぼうとした所へ、パパが店の奥へ商品を取りに行った。
テーブルでは、ジルゼさんとお兄ちゃんがカタログを眺めている。
カップに温かいコーヒーを注ぐと、ジルゼさんがお礼を言う。お兄ちゃんのカップは、見当たらない。
「パパって、ああ言うとこ商売っ気ないんだから」
私は肩をすくめて笑う。近くの電気屋さんなら、ちょっと強引にでも売りつけるのに。
「だからこそ信頼できるんだよ。店主のお勧めなら、買って損はないと思っている」
ジルゼさんはカタログを読み込みながら楽しそうに答える。お兄ちゃんも首を縦に振っている。
そう言われると、何だか嬉しい。
「お兄ちゃんなんか、しょっちゅう来るのに何も買わないけど、パパは何も言わないんだもの」
私は、お兄ちゃんの話題を振る。
お兄ちゃんはほとんど表情に出さないんだけど、困った時には少しだけ左の眉が下がる。
顔を見てると眉が下がっていく。今もちょっと困ってるみたい。でも、この顔も見飽きない。
「ボクはここがすきなんだ」
お兄ちゃんに、この店を好きだと言って貰えて、素直に嬉しい。
だけど、お店だけかぁ。
「ふ~ん。ここがね」
私は、もっとお兄ちゃんにいろいろ言って欲しくなって、その瞳を見つめる。
お兄ちゃんは、私の気持ちを分かってくれたみたいで、他にも好きな所を挙げる。
「うん。あのクロッカスのにおいとか、すてきだとおもう」
お兄ちゃんの指し示した花瓶にはサフランの花が立ててあった。
秋咲きのクロッカスと言われるくらい似ているから、間違えるのは仕方ないよね。
私が小さい頃に、お兄ちゃんに貸してあげたお花の絵本には、クロッカスは載っていたけどサフランは描いてなかった。
お兄ちゃんはあの絵本をちゃんと読んで、しっかりと覚えててくれてたんだ。
私はとっても嬉しくなって、……そして、とっても恥ずかしくなった。
「あれはサフランよ。それに、匂いじゃなくて香りって言って。もう、デリカシーないんだから」
そう答えてしまった。
「あ、ごめん」
お兄ちゃんの左の眉が下がる。
今度はちょっと罪悪感。私はその顔を見ることができなくて、窓の外へと目を移す。
ちょうどパパが戻ってきた。
かなり重たい荷物みたいで、お兄ちゃんとジルゼさんが助けに走る。
三人は、新しいおもちゃを手に入れたばかりの男の子のようにはしゃぎ始めた。
お兄ちゃんも楽しそうな声を上げている。ご機嫌が戻ったみたいで良かった。
私は、どうしてもニヤけてしまう顔を見られないように外を向いた。
窓の外は雨。雨の街の雰囲気も悪くないわ。




