13 Jan. 32「あなたへの月」
13 Jan. 32 -4×4砂漠-
一か月後。
ボクはいつもどおり、青い泉に赤い液体を注ぐ。
このアルカリの青は、酸の赤と混ざった一瞬だけ、緑色に変わる。
この作業を何百万回と繰り返せば、いつかこの泉全体が中和されて、緑色に輝くんだ。
太陽が昇らなくなって一万年。
プロジェクトの目的は、夜の星となってしまったこの地球に緑を取り戻すこと。メンバーは取り戻すべき青葉を胸に、地球の回復を目指している。
ボクたちメンテナーの仕事は、目的のために地道な作業を繰り返すこと。
水筒の蓋を閉めながら、ジルゼの「頑張ってくれているおかげ」という言葉を反芻する。
毎日の変わらない日課だけど、その言葉でもっと頑張れる気がする。
明日はワームの調査だ。
「やることをやらなきゃね」
ボクは決意を口にした。
鼻歌を口ずさみながら、コンパスを頼りにバイクの所まで戻る。
「お疲れさまでした。何か良い物でもありましたか?」
バイクがライトを瞬かせる。特に何もなかったので、そんなことを聞かれるとは思わなかった。
「いつもどおりだよ。どうして?」
「どこか嬉しそうでしたから」
そうか。ボクは嬉しいんだ。
自分のやっていることを人に認められるって、こんなにも嬉しいことなんだ。
「……なにもなくても、そういうことはあるんだよ」
ボクはそう答えて、空に浮かぶ月を見上げる。
「もうすぐシャトルの離陸時間です」
「どこがよくみえるかな」
「今日は風もありませんし、マイプラ警報も出ていませんから、どこでもよく見えます」
「じゃあ、ここで」
コンクリートの岩場の上、周りは一面プラスチックの砂漠。
星々が鳴らす鈴の音が聴こえてきそうなほど静かな午後。
しばらく二人で星空を眺めていた。
13 Jan. 32 -ロシーン骨董品店-
骨董品店の店主は、カウンターの上に置いてある古い万年カレンダーを見つめ、ため息をつく。
「パパ、どうしたの?」
そんな父親をサティが気遣う。
「今日、ジルゼさんが月へ帰っちゃうんだ」
「そう……。ジルゼおじさんが居ないと淋しくなるわ」
「サティも沢山お話ししてもらったしな」
「見送りには行かないの?」
「空港までは遠すぎるよ」
店主がもう一度深いため息をつく。
サティは小首を傾げて考える。彼女の頭には銀色の蝶の髪飾り。
「そうだわ。丘まで行ったら、ジルゼさんの乗るシャトルが飛んでいくのが見えるんじゃない?」
その丘はコロニーの端に近く、コロニーの外がよく見える場所にある。周囲に人が住んでいないから辺りが暗く、昼間でも月や夜空がよく見える丘だ。
「でも、店を空ける訳にもいかないだろ」
「こんな店、半日くらい閉まってても誰も困らないわよ」
「ちょ……こんな店って……」
店主は絶句するが、構わずにサティはその手を握って強く引く。
ここで行かなきゃ、パパは後悔するに違いない。
「さあ、行こう。パパ!」
言うと同時に、サティはタクシーを予約していた。
サティの行動力に成長を感じながら、店主は笑顔で「分かった」と答える。
店のドアに「臨時休業」の表示をして、二人は丘へと向かった。まだシャトルの離陸には間に合うはず。
誰もいなくなった骨董品店。
カウンターの上で、ヨーロッパ式の万年カレンダーは「13 Jan. 32」を示していた。
西暦14032年1月13日。
月へ向かって伸びる一筋の光。
もうほとんど飛ぶことがなくなった、月と地球の間の連絡シャトル。
それにジルゼが乗っている。
光の先には、まん丸の月。
ボクたちはそれぞれにジルゼへの月を想い、見つめていた。




