10 Dec. 31「蝶の舞う」
10 Dec. 31 -4×4砂漠-
コンポストからの帰り道。バイクは小刻みに震えながら空を駆ける。
「もう、ワームを数えるのは辞めませんか?」
彼女は震える声で進言する。この振動は故障しているからではない。むしろ、彼女はいろいろな所を修理してもらって、今までで一番調子が良いくらいだ。
最新型のサーモスタットに交換して、あの独特の「るるるる」という音もしなくなった。
「なにいってんの、ムリだよ」
ボクは彼女の懇願を無視する。
ワームの管理だって大切なメンテナーの仕事。
「どうしても、あれに慣れなくて。まだ、ゾワゾワしてます」
さっき、コンポストから大きめのワームが顔を出したから、彼女は久しぶりに大騒ぎをしたのだ。
「どこがゾワゾワするのさ」
「ええ、……その。……ラジエーターのあたりですね」
多分、彼女は適当に言ってる。それほど嫌なんだろう。
「もう私は置いていってください」
それはそれで、ボクが困る。
彼女と出会う前は、コンポストの端から釣竿を投げ込んでいたけど、それだと上手く数えられないこともあった。何度もやり返していたことを思い出すと、やっぱりバイクの上から釣竿を垂らす方が確実だ。
「なんとかならない?」
「今まで、どれだけ我慢してきたと思っているんですか。本来、私は……」
「ちょっとまって、あれ!?」
バイクの愚痴を遮って、ボクは叫ぶ。
灰色の砂漠の中に緑色の何かが見えた。
植物?
そんなはずはない……はず。でも、もしかしたら。
「あそこへおねがい!」
「はい」
ボクが指差した所へバイクは急降下していく。
そこにあったのは、真円の緑色。
「はじめてみた……」
ボクは絶句した。
「…緑色の泉ですね」
バイクもやっと言葉を絞り出す。
泉にはBTB溶液に似た成分が溶け込んでおり、その青色がアルカリであることを示す。
そして、緑色は中和された泉の証。ボクの作業の目標。
バイクを空中に停め、泉を見下ろす。
澄んだ緑色はどこまでも透き通っていて、深く深くへと続いていた。
いつもの青い色も好きだけど、この緑色にはまた違う魅力がある。
この緑色に包まれてみたい。この泉に潜ってみたい。
ボクたちは、その緑色に見惚れていた。
「風です! 掴まってください」
バイクが言い終わらないうちに、強い風が吹いてきた。
砂山がめくれ上がり、あっという間に砂嵐となる。
「くっ」
バイクを砂地に降ろし、鞄から防塵シートを取り出す。バイクごとシートを被って隠れる。
バチバチと砂がシートを叩く振動が伝わってくる。
あまり長くなるようだと砂に埋まってしまうこともある。すぐに収まると良いんだけど。
二十分ほどその体勢でじっとしていると、砂の音が止まった。
バイクがホッとした声で報告する。
「風が弱まってきました。大丈夫そうです」
シートから出ると足先が砂に埋もれていた。この程度なら何とかなる。
しかし、目の前にあったはずの泉はなくなっていた。泉に砂が流れ込んでくれたおかげで、ボクたちは埋もれずにすんだのだろう。
また、いつかどこかで、あの緑色の泉にお目にかかれると良いな。
一陣の残り風が吹き、砂が巻き上げられる。その風に乗って、蝶が飛んできた。
「あれ?」
ボクの手元へヒラヒラと舞い落ちて来たのは、蝶の髪留めだった。
「珍しい。金属製ですね」
バイクがヘッドライトをパチクリとする。
比重の大きい金属は、プラスチックの砂の下へ沈んでしまう。だから金属製の物が地表へ出てくることなんて滅多にない。
ちょっと錆びてるけれど、磨いたら綺麗になりそうだ。
ボクはその髪留めを鞄にしまい込んだ。
「コーラルリーフに提出するんですか?」
「いや。おねがいされてるからね」
ボクの頭には、サティの喜ぶ顔が浮かんでいた。




