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スライムと俺  作者: 木津彰臣(きづあきおみ)
2/3

目覚め

スゥッと冷たいが風が肌を撫でる。

掛け布団を探そうとムクリと体を起こすとそこは...


「えっ…。」


見知らぬ森の中。

思考停止。思考停止に次ぐ思考停止。つまり何も考えられない。

人間、ある一定のキャパシティーを超えると碌に声も出せなくなるとは本当のことのようだ。いや、マジで、何にも考えられない。

だって昨日は確実に自宅に辿り着いたし、コートと鞄を装着したままの死にかけ社畜スタイルという何とも言えない姿でふかふかのベッドにダイブした記憶もちゃんとあるのだ。

限界社会人、東京ジャングルへの拒否反応から遂に夢遊病で山に還るとか…イヤイヤ、勘弁してほしい。

ならばと思考を巡らせて辿り着くのは…


「ユメの中だわ。」


動揺の余韻が残っているのか夢の中の自分の声が随分と可愛らしくなっていることに気付いた。よく見るとコートの下から覗く自分の手足は子供のもので、現実とはおおよそ思えない。昨日まで大人だった人間が一晩で子供になって森の中にいるのが現実だって?ないないない。

夢の中で幼児退行(物理)とかだいぶ堪えているんだな、などと考えながらふぅ~っと息を整えて構えをとる。


3、2、1…ぎぎっぎぎぎぎぎ


「イダダダダダダダダダダダダダっっ!!!いや、痛った?!」


目が覚めない。イヤイヤそんな筈ともう一度息を吐いて思いっきり頬をつねる。

目が覚めない。こんなことが現実だなんてありえないだろ。

目が覚めない。もう一度、もう一回だけやってみよう。

目が覚めない。もう一回、もう一回………


抓りに抓りまくること数十回、頬が1.5倍に腫れてきたところでようやく手を止める。


「こりぇはゲンジツだヮ」


虚しくもそんな呟きに応えるように木々が揺れる。

どこまでいっても応えてくれるのはこの一面のクソ緑のみで、やるせない気持ちもそのままにシナシナとあおむけに倒れこむ。

よくよく考えてみればこんなにはっきり思考ができるのも、手足が自由自在に動くのも、夢では難しいことばかりだ。

木々の騒めき、森の青い香り、擽ったい草の感触、感じるもの全てがここは現実だと五感に訴えかけている。


おもむろにスマホを取り出すも電波はなく、ダメもとでゴーゴルマップを開いてみるもそこに映し出されたのは無情にも謎の砂嵐。果てにはどのアプリを開いても砂嵐が出る。


「開きはするんだけどなぁ~。」


何か情報はないかとすぐにスマホに頼ろうとするのは現代人の性だ。こんな時までスマホに頼ろうとするとは…。思わずハハハっと息が漏れたような笑いがこぼれる。

子どもになってしまった体、謎の砂嵐が蔓延る携帯、頬を抓っても覚めることのない夢。

傷一つない体への人体実験を疑うよりも先に辿り着いたのは【異世界への転生】だった。


「これって本当に現実なのか…。」


ようやく実感してきた現実味を噛締めるように呟くも、応えてくれるのは葉の擦れ合う涼やかな声だけ。

途方もない森の中、しみじみと感傷に浸りかけたところでハッと気づく。


「まてよ。こ、こんな事になっちゃったらさ?会社なんか行けないよね?」


これは裏を返せばとんでもないジョーカーを引いたのかもしれない。

会社に行かなくていい、いや、行く会社がないのだ。無断欠勤に怒り狂う上司からの電話に出なくてもいい、いや、そもそも電波がないのだ。

あまりにも正統すぎる理由じゃないか。子どもの体になり、強制的に社会から退場させられた今の俺には何もできないのだ、不可抗力も不可抗力である。

しかも社会に人間性を奪われたおかげでメールもRINEもまともに返せない日々が続き友人や家族とも絶縁状態、元の世界との繋がりといえば今しがた切れたばかりの弊社との縁だけだ。絶好の失踪日和ではないか!

万が一何か届け出が出されても時が経てばいずれ風化していくであろう。現実社会って意外と諸行無常なのだ。


本当に本当の自由。


そう、やり直すなら今しかない。

この真っ新な人生の始まりを。


「夢にまで見たうんっっと遠いところで、見たこともない景色を見て、食べたこともないおいしいものを食べるぞ!」

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