血の繋がらない連れ子に望まぬ縁談を押し付けてみた《追加あり》
タイトル通りのお話になります。
ギャグが少なめなのでヒューマンドラマカテゴリにしました。
※5/20ヒューマンドラマカテゴリ8位ありがとうございました!誤字脱字報告も助かります!
※6/11後書きにエピソード追加しました!
リーベンデール侯爵家から、パルムスイート伯爵家に縁談の申し出があったのは、その年の社交シーズンの少し前だった。
パルムスイート伯爵家にしてみれば、寝耳に水の縁談。
なんせ、リーベンデール侯爵家は、国内屈指の名門であり、お金持ちであり、王家の覚えもめでたい超優良貴族。
対して、パルムスイート伯爵家は、三代前に没落貴族から金で爵位を買った元商家であり、成金新参貴族として評判はあまり良くなかった。
そこそこ裕福ではあるが、リーベンデール侯爵家とは比べるべくもない。
「どどど、どーするのお姉さま」
「どどど、どーするも何も、ウチから断るわけにはいかないわよそんなの」
パルムスイート家のご令嬢である二人姉妹は狼狽しまくっていた。
姉はシルベーヌ。
(22歳・未婚・黒髪薄緑目)。
妹はベヨネッタ。
(15歳・未婚・黒髪薄青目)。
ふたりとも似たような色味で、容姿レベルは中の中ぐらい。
全くの没個性とは言わないが、目立った功績も特出した才もなく、いわゆる『その他一般』といったところか。
「まあまあ、落ち着きなさい2人とも」
姉妹が右往左往している執務室内で、威厳のある婦人がパンパンと手を叩いた。
ファルネーゼ・パルムスイート伯爵夫人。
(未亡人・現女当主・45歳・美魔女)
豊かな黒髪を上品に結い上げ、濃い緑色の瞳は理知的な光に満ちている。
夫人が後ろに控えた侍女のケリーに目配せをすると、彼女はぱらりと釣書と姿絵を広げ、姉妹に向けた。
「今回お申し出をいただいたのは、ジェラルド・リーベンデール様。19歳、もちろん初婚。リーベンデール家の長男よ。次期侯爵様ね。昨年、メズノー大学院を飛び級で卒業された秀才よ」
夫人が釣書を読み上げると、騒いでいた姉妹はぴたりと動きを止め、姿絵を食い入るように見つめた。
そこにはきりっとした、金髪碧眼の美青年が描かれている。
束の間、執務室に静寂が訪れた。
「……無理!無理です!そんなイケメンで優秀な人の妻なんて、あたしには務まりません!ていうか!あたし、デビュタントしたばっかりなのに……!これから貴族学園高等部に通って、いろんな殿方とウキウキラブラブデートして、お相手を探そうとしてたのよ?!」
まず沈黙を破って絶叫したのは、妹のベヨネッタだった。
ベヨネッタは自室のクローゼットに控える、きらびやかな品揃えを思い浮かべる。
気合いを入れて仕立てた精鋭は、獲物を狩るためのものであり、どこぞの令息に気軽に摘まれるためのものではなかった。
「は?19歳?わたしの方がジェラルド様より3歳も年上じゃないですか……!お母さま、無理!無理です!殿方は自分より若い嫁の方がいいに決まってます!しかもメズノー大学?!そこ我が国の最高学府じゃないですか!わたし小卒だから絶対バカにされるぅ、うわあああ!!」
次いで姉のシルベーヌがのけぞりながら叫ぶ。
ひそかに学歴コンプレックスを抱えている長女である。小等部卒業後、亡き父の跡を継がんと鼻息荒く商会入りした彼女は、長ずるにつれ後悔し始めた。
今は大学院に通っている元同級生たちから「プッ、小卒?」とマウントを取られている真っ最中である。
「あなたたち……こんな素敵な殿方との縁談に、そんな反応しかしないのね……」
まぁわかってたことだけど……と、夫人はため息をついた。
父親の急死でバタバタしていたとはいえ、商売ばかりに力を入れず、情緒教育も頑張るべきだったとうなだれる。
「お母さま!そもそも、なんでそんな優良物件と、うちみたいな成金伯爵家の縁談が持ち上がっているのですか?!ひと目惚れしたとか運命を感じたとかいう戯言はナシですよ?!」
涙目でわめくシルベーヌに、夫人は淡々と答えた。
「そんなの、政略に決まっているじゃない。あちらの商会とうちの商会を合併して、大規模経営に踏み切り、諸外国との競争力を上げるという国策が背景にあるの。そういうわけだから、あなたたち、どっちでもいいからお話を受けなさいな。向こうもパルムスイート家の令嬢なら誰でもいいそうよ」
むしろ受けてもらわないと困る。
王家もバックアップについているこの商談をまとめるには、婚姻が一番手っ取り早い。
それに、政略を抜きにしても、この縁談はパルムスイート家には喜ばしいものであることは確かだ。
後継として育ててきた姉娘が嫁いでしまうのは痛手だが、世間的に言えば嫁き遅れである彼女が縁付くのは僥倖であるし、デビュタントを迎えたばかりの妹娘が、侯爵令息の婚約者として華々しく社交界にお披露目されるのも、名誉なことである。
しかし、親心子知らず。
ふたりはまったく夫人の話を聞き入れてくれないのである。
なんとか妥協点を見つけようと夫人が言いつのっても、暖簾に腕押し、糠に釘。
そのうちイヤじゃんイヤじゃんと駄々っ子ステップを踏み始めたので、だんだん夫人は面倒くさくなってきた。
思えば夫人のこういうところがふたりを助長させてきた気がするのだが、今はそれを論ずるタイミングではない。
夫人は手にした扇をバチンと閉じ、きりっと表情を引き締めて、宣言した。
「わかりました。ならば、母が結婚します!」
「「「 ファッ?! 」」」
母親の爆弾発言に、姉妹は変な声を上げて硬直した。
夫人付きの侍女だけが、表情を変えずに佇んでいる。
「……いや、あの、お母さま、確かにあなたも元パルムスイート家の令嬢ですが……本気で?」
シルベーヌが恐る恐る聞くと、夫人は目を丸くした。
「あらやだ。当主であるわたくしが侯爵家に嫁ぐわけがないでしょう。先日、かねてより親交のあったボーデン商会の方から、再婚の申し出を受けたのです。あちらはもう商売をご長男に譲られているので、うちの籍に入ってもらおうかと」
爵位を持っているのは、パルムスイート家の一人娘だった母である。
父は平民で、母を愛し、よく働いたが、10年前に船の事故で他界した。
以後、ずっと独り身を通してきた母だったが、それが今回の話にどういう関係が……?と訝しんでいると、彼女はフフフと笑った。
「彼……マグナムはね、亡くなった奥様との間に、一男一女をもうけたの。娘さんの方は今17歳なのだけれど、婚約者はいないはずよ。ご長男は既に別の世帯を構えているから、わたくしがマグナムを入り婿として迎えれば、その娘もパルムスイート家の令嬢となるわ。そうしたら……わかるわね?」
――つまり、侯爵家との縁談は、三人目の伯爵令嬢となるその娘が引き受ければ、すべて丸く収まるのだ。
夫人の話に、二人の娘の目はギラリと光った。
((……生贄ゲットだぜ!!))
「お母さま!あたし大賛成です!新しいお父さまもお姉さまも歓迎します!何だったら今すぐ同居しましょうそうしましょう!お部屋を整えるのはあたしに任せてください、あぁ忙しくなるわあああ!!」
「わたしも祝福いたしますお母さま!再婚!なんという吉事でしょう!そうと決まればさっさと式上げて、御披露目も済ませてしまいましょう!系列の全ての商会に、お母さま再婚おめでとうセールを実施させますわ!あぁ忙しくなるわねえぇ!!」
急にイキイキと動き出した娘たちを見て、夫人は扇の下でため息をついた。
もともと次女がデビュタントを済ませてから決めようと思っていた再婚話であり、時期的には問題はないのだが。
(マグナムとカタラナ嬢には、後でよくお話をしなければ)
この場にいない新しい夫と令嬢の顔を思い浮かべ、夫人はもう一度ため息をついた。
◇◇◇◇◇
「えっ……ええ~っ?!わ、私が侯爵夫人に?!」
旧名カタラナ・ボーデン、現カタラナ・パルムスイート伯爵令嬢は、話を聞くなり頬を赤らめ、両手で口を覆った。
明るい茶色の髪に水色の瞳の、可愛いらしい17歳の娘だ。
「そうだよカティ。私がふがいないばかりに、これまでお前に婚約者をあてがうこともできず、済まなかった。ファルネーゼが手配してくれたんだよ、ありがたくお受けしなさい」
「お父様……!」
ソファーの隣の席に座って、ニコニコ笑う中年男性――旧名マグナム・ボーデンに、カタラナは感無量とばかりに潤んだ瞳を向けた。
それを向かいの席で、ほほえましく眺めるパルムスイート夫人、並びに令嬢×2。
「こんな、平民の私に貴族籍をいただいたばかりか、素敵な縁談まで……!ありがとうございます、ファルネーゼお義母さま!」
カタラナは淑女の礼をもって感謝の意を示した。
ボーデン家は元男爵だった。
先代が領地経営に失敗して没落し、爵位を売り飛ばした。
マグナムはその金を元手に商会を興し、がむしゃらに働いた。
経営がうまくいって、借金の返済も済んだところで長男に引き継がせ、引退した。
このときのゴタゴタで、カタラナには婚約者を世話することができなかったが、淑女教育だけはしっかり受けさせておいた。
おかげで今、こうして貴族令嬢として、申し分ない作法を身につけている。
「お礼なんかいいのよ、カタラナさん。……そうよね、普通の貴族令嬢なら、こういう反応するわよね……」
夫人は笑顔でカタラナに答えたが、後半の言葉は独り言のように小声だった。
「……でも、本当によろしいのでしょうか?このような良縁、本来ならばシルベーヌ様やベヨネッタ様がお受けした方が」
「いえいえいえいえいえいえ、遠慮することなくってよカタラナさん。あと、わたしのことはシルヴィと呼んでくださいな」
「そうですそうですそうです、カタラナお義姉さま。あたしのことは気にしないで大丈夫ですよ。あ、あたしのこともベヨとお呼びください」
被せ気味に二人の令嬢から話しかけられ、カタラナはちょっと当惑しながら「私のこともぜひカティと呼んでくださいね」と答えた。
……リーベンデール侯爵令息のジェラルドさまといえば、貴族ではない王都の娘たちの間でも、その優秀さと美貌、平民にも分け隔てなく接する寛大な貴公子として、令名を轟かせている。
そんな素晴らしい縁談を、何かのコントのように「「 どうぞどうぞ 」」と生粋の伯爵令嬢たちに薦められるのは、いまいち釈然としないカタラナだった。
(……何か裏があるのかしら?)
カタラナは、か弱い少女然とした表情の裏で、計算高く思考を巡らせた。
彼女は、鵜の目鷹の目を潜り抜けてきた、成り上がり商会の娘である。
当然、今回の父の再婚も好機と捉えていた。
(元男爵令嬢から伯爵令嬢へのステップアップ、ここから更に良縁を得て、更なる高みに昇ろうと思っていたけど……まさか、縁談まで譲ってくれるなんて)
場合によっては「血の繋がらない貴族の姉妹に虐められる健気な私」を演じ、義姉や義妹を踏み台にして伯爵家乗っ取り・高貴な婚約者ゲットコースを企んでいたが、その必要がなくなってしまった。
ちょっと拍子抜けしている。
「……ところでカティ。あなたは今、どちらの学園に通ってらっしゃるのかしら?」
ニコニコと笑みを浮かべながらシルベーヌが聞いてきた。何故か手がカタカタ震えている。
「え?ええ、私は今、平民も通えるブレイヤーズ高等専門学校の第3学年に所属しております。専攻は商学です」
カタラナが答えると、シルベーヌの笑みが更に深まった。手の震えも、カタカタ→ガタガタに進行した。
「ブレ高専……ンフフ、我が国屈指の名門校ですわね……卒業後はそこらのFラン大卒より格上とされると聞きましたわ……ンフフフ、それならメズノー大卒のリーベンデール侯爵も満足されることでしょう……小卒のわたしと違って!」
グギギと歯ぎしりの音がした。
シルベーヌは笑顔だったが、その内心は凄まじい葛藤が荒れ狂っているのが見て取れた。なんかどす黒いオーラのようなものも立ち上っている。
(ウワァ、こりゃ闇が深そうだわ)
カタラナはこの時、詳しい事情はわからずとも、義姉が学歴的な蟠りを抱えていそうなことを、肌で感じた。
伯爵家次期女当主として、簡単に外に嫁にいくわけにはいかない、という理由以外にも、義姉自身に縁談を受ける選択肢が、始めから無いっぽい。
「カティ義姉さまが侯爵家の縁談を引き受けてくれるなら、あたしも安心です!お綺麗だし、マナーも完璧だし、侯爵さまと並んだら、さぞかしお似合いでしょうね!」
姉と同じくニコニコしながらベヨネッタが言った。
デビュタントを済ませたばかりで、婚約者もいない彼女は、本来ならば真っ先にこの良縁を受けるべき令嬢だ。
まだ15歳、輿入れは学園高等部卒業を待つとしても、婚約しておけばいいと思うのだが。
「何度も聞くようですが……ベヨさんは本当によろしいのですか?私がこの縁談をお受けしても。元男爵といえど、平民だった私より、生粋の伯爵令嬢であるあなたの方が」
カタラナは慎重に言葉を選びながら、カマをかけた。
もちろんカタラナは、この良縁を逃すつもりはない。
ただ、後でやっぱり私が嫁ぐ!と騒がれても面倒なので、ベヨネッタの真意を探る必要がある。
しかしベヨネッタは、ふいに視線を下げ、瞳に剣呑な光を乗せながら、答えた。
「カティ義姉さま。あたしは間もなく、ポプシクル学園高等部に編入します。あたしと同学年の令息は、すでにリサーチ済みですわ。……これから始まる3年間のスクールライフを、婚約者持ちとして慎ましく過ごすことなど、あたしにはできないんです……!」
ベヨネッタの背後に、燃え盛る炎の幻が見える。
炎の中には、リサーチしたであろう優良株の令息たちの肖像画やステータスが、ガチャのレア演出のように浮かんでは消えていた。
(なるほど、ベヨさんは恋の狩人なのね)
カタラナは理解した。
婚約者がありながら異性に言い寄る行為は、不貞と見なされる。
高等部でキャッキャウフフしたいベヨネッタにしてみれば、どんなに恵まれた相手でも、婚約者なんて負担に過ぎないのだろう。
(……この姉妹、本当に侯爵さまに嫁ぐ気が1ミリともないんだわ……私には好都合だけど、貴族令嬢としてはちょっとアレなのでは……?)
カタラナが生暖かい目でふたりの義姉妹を眺めていると、ふと義母のパルムスイート伯爵夫人の様子が目に入った。
彼女はカタラナと同じく、残念なものを見る目で、娘たちを眺めている。
……この義母、いろいろ苦労してきたんだろうな、と内心を慮るカタラナ。
「……そういうわけなので、これからくれぐれもよろしくお願いしますわね、カタラナさん」
くれぐれも、の部分を強調して、パルムスイート伯爵夫人は言った。
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたしますわ、お義母さま、お義姉さま、ベヨさん」
この母子は、自分にとって邪魔になる存在ではない―――そう判断したカタラナは、柔和な微笑みを浮かべながら答えた。
その横で、父のマグナムは、難しい年頃の娘たちがうまくやっていけそうでほっとしている。
内実はともかく、新しい家族を迎えたパルムスイート家は、なごやかな空気に包まれた。
それからは父母と身内だけの式、親族との御披露目会食パーティーと、組み込まれたスケジュールを順調に消化していき、一家の時間はせわしなく過ぎていったのだった。
◇◇◇◇◇
「カティお義姉さま!この宝石はお義姉さまの方が似合いますわ!もらってください!」
ベヨネッタは笑顔で化粧箱をカタラナに渡した。
「カティ、隣国で人気のベン&ジェリーズのドレス、うちの商会でも取り扱えることになったの。今、町の方の店にデザイナーが来てるから、お母様と一緒に顔を出してきてくれる?ついでに2、3着仕立ててきてちょうだい。靴とバッグ、帽子も取り揃えてね」
同じく、シルベーヌは封筒にサインのある紹介状をカタラナに渡した。
「え、ええ?いいんですか……?」
怖じけながらカタラナが言うと、血の繋がらない姉妹は笑顔で「「 もちろん! 」」と答える。
「あ……ありがとうございます……?」
礼を述べるカタラナの手は、わずかに震えていた。
……パルムスイート家に受け入れられてからこっち。
カタラナは、次々と与えられる恩恵に、気持ち引いていた。
移り住んだパルムスイート邸、カタラナにあてがわれた可愛らしい部屋(ベヨネッタの見立てらしい)のクローゼットが、どんどん新しいドレスや装飾品で埋まっていく。
やたらとベヨネッタが寄越してくる宝飾品は、半分はベヨネッタが経営しているジュエリー工房の新作や試作品だったが、もう半分は学園のクラスメートたちから貰ったプレゼントのリメイク品だった。
彼女のお眼鏡にかなわない令息からのアクセサリーは、工房で地金と宝石だけ再利用されて新たな姿に生まれ変わる。
新作のネックレスを義姉の首元にあてて、お似合いですわあ!とはしゃぐベヨネッタの前で、事情を知っているカタラナは微妙な笑みを浮かべざるを得ない。
まあ、彼女の希望通り、ラブアフェアな学園生活が送れていそうで、何よりだとも思ったけど。
ドレスや服飾品に関しては、義母のパルムスイート伯爵夫人や、義姉のシルベーヌが気前よく仕立ててくれる。
名目上は「未来の侯爵夫人であるカタラナに、みすぼらしい装いをさせるわけにはいかない」というものだったが、特に義母のウキウキ具合が尋常じゃなかった。
「やっと長年の夢を果たせたわ……!」
伯爵夫人が感極まるように言う。
話を聞くと、上の娘はあまり着飾ることに興味がなく、社交も最低限で、着回しの効くデザインのドレスしか作らなかったため、母親の出番があまりなかったそうだ。
下の娘は下の娘で、姉のお下がりを受け取っては、持ち前のデザインセンスと縫製技術でどんどんリメイクして着こなしてしまう。そこに母親が口を挟む隙はなく、更に小等部から制服の学園に通ったため、デビュタントドレス以外、ほとんどドレスを新調することがなかった。
「そりゃ確かにうちは、前の夫が急死した直後にちょっとドタバタしていたけれど、娘のドレスくらい、シーズンごとに2、3着あつらえる財力はあったわ……なのにあの子たちときたら、質素倹約は大事!しか言わなくて」
シルベーヌが進学しなかったのも、そのあたりに理由があるらしい。ちなみに質素倹約は大事!というワードは、亡き夫のモットーでもあった。
「わたくし、ずっと娘とブティックでキャッキャウフフしながらお洋服を仕立てたいと思っていたの。娘を持つ母親はみんなそうよ。長年の夢を叶えてくれてありがとう、カティ!こんな可愛い娘と縁を組ませてくれたマグナムにも、心から感謝するわ!」
最新流行のドレスと、それに合う帽子や靴を身繕いながら、パルムスイート伯爵夫人はニッコニコだった。
カタラナは曖昧に「こちらこそ感謝いたしますわ」と笑顔で答えたが、唇の端は少し引き吊っている。
結局その日は、夫人のぶんも含めて5着もドレスを作ってしまった。お店も夫人もホクホク顔だ。
カタラナの家も商会を開いてはいたが、先代の残した借金もあり、ここまで羽振りは良くなかった。
ましてや、方や平民、方や貴族である。服飾品に求めるレベルも違う。
カタラナは、次々と用意されていく化粧箱を呆然と見つめ、ぶるりと震えた。彼女はこの時初めて、自分の思う贅沢とは、まだまだ庶民レベルだったと思い知ったのだった。
このあと、夫人と共に小洒落たカフェでアフタヌーンティーを楽しみ、帰宅。
邸宅に戻って自室でぐったりしていると、カタラナの部屋にシルベーヌが訪れた。
「カティ、帰ったばかりで疲れているとこ悪いんだけど、ここをちょっと教えてほしいの」
シルベーヌは、通信制高等教育試験の問題集を持っていた。
カタラナは「いいえ、全然疲れてませんから大丈夫ですよ!」と少し歪んだ笑顔を浮かべ、シルベーヌと共に卓を囲んだ。
「試験に受かったら高卒の資格を取れる。仕事が一段落ついたら、短大に行くつもりよ」
カタラナに教わりながら、シルベーヌは言った。
娘たちの進学費用はちゃんと積み立ててあると説得する母親に聞く耳を持たず、進学を拒んだのはシルベーヌ自身だ。
「その時はそれがカッコいいと思った」そうだが、平民だった実父は小卒で良くても、貴族の自分はそれじゃダメだと気付いた時には、もう遅かった。
「マグナムお義父さまがいらっしゃってから、わたしの仕事がぐんと減ったの。というか、わたしがあれこれ手を付け過ぎていたのね……お義父さまのおかげで、いろいろ楽になったわ」
今まで伯爵夫人と家令、シルベーヌでこなしていた領内や商会の仕事は、優秀なマグナムが参入したことで、だいぶ余裕ができてきた。
シルベーヌは、余った時間を勉強に当てることにしたのだ。
「ンフフ、見てなさい……わたしは一発で高卒検に受かってみせるわ。そして来年にはアウトシャイン短大に通う……ンフフフ、もうあいつら(同期)に小卒なんてバカにさせないわ……!そしてお母さまのような、名実共に立派な女当主になるのよ!!」
シルベーヌの瞳には、ONになりっぱなしのやる気スイッチが見えた。
(……ここで、『余裕ができたのだから今こそ自分の婚活を!』ってならないのが、この人らしいわね……)
カタラナは胸の内を表に出すことなく、「シルヴィ義姉さまを応援しますわ、頑張ってくださいね!」とだけ答えて、夕食の時間まで、シルベーヌの勉強に付き合ったのだった。
◇◇◇◇◇
そして、社交界の始まりを告げる夜会が開催される数日前。
「はじめまして、ジェラルド・リーベンデールです。よろしくお願いいたします」
「は、はじめまして、カタラナ・パルムスイートです。こ、こちらこそよろしくお願いいたします……!」
パルムスイート家とリーベンデール家の顔合わせの会食は、界隈でも評判の高いレストランで行われた。
もちろん、パルムスイート家が経営している店だ。
お互いの両親が付き添う中、ベン&ジェリーズの流行最先端のドレス一式を身につけたカタラナは、輝くばかりの可愛らしさを見せつけていた。
『生贄にしてごめんなさい、カティ。幸せになってね……!』
シルベーヌとベヨネッタは、離れた席からこっそりとカタラナを応援する。
この日、万事つつがなく話は進み、めでたく婚約が整った侯爵令息と伯爵令嬢は、正式なパートナーとして、社交界に出ることとなったのであった。
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました!
たくさんの感想、評価、ブクマ、いいね、ありがとうございました!
何件かコメントいただきましたので、長い上に蛇足では……?と思って切った部分を追加しました!
カタラナ&ジェラルドside
婚約式のあと、夜会の会場のテラスにて、ジェラルドとふたりきりになったカタラナは、心細そうに震えながら言った。
「あの……ジェラルドさま、ほんとうに私で良かったのでしょうか?私はパルムスイート伯爵令嬢といえど、元は没落男爵の平民で……」
「あ、そういうのいいから」
「え」
ジェラルドの返答はにべもない。
「婚約は成立したんだ。僕の前でネコを被らなくていいよ、カタラナ。僕もそうするからね」
驚愕するカタラナの前で、仄暗い笑みを浮かべるジェラルド。
「ひと目で気づいたよ、君も僕と同類だってね。僕にふさわしいのは、君のような外ヅラをうまく装える腹黒令嬢だ。今後ともよろしくね、婚約者どの」
そこには世間で評判の、優しく寛大な侯爵令息の姿はカケラも見えない。
(あらあら……そういう殿方だったわけね。なるほどなるほど)
カタラナは口角を吊り上げた。
「……ええ、もちろんですわ。こちらこそ、末永くよろしくお願いいたしますわね、婚約者さま」
不敵ともいえる表情で、カタラナはジェラルドに手を差し伸べる。ジェラルドは満足げにその手を取った。
―――お互いに、よいパートナーを得た。
ふたりは固く握手を交わし、とびきりの暗黒微笑を浮かべたのだった。
ベヨネッタside
「お母様、お義父様!こちらがあたしの将来の伴侶である、アカギン男爵家のガリソーダ様ですわ!」
「ガリソーダ・アカギンと申します。このたびは僕とベヨネッタ嬢の婚約を許していただきまして、ありがとうございます」
その日パルムスイート家の客室に招かれたのは、アカギン男爵家の三男坊だった。同級生の中で、いちばん将来性が高いとベヨネッタが太鼓判を押した若者である。
「こちらこそ、ふつつかな娘ですが、よろしくお願いいたしますわね、アカギン男爵令息」
ファルネーゼは『娘が選びに選び抜いた子息に間違いはない』と、この婚約に異存はない。
「ふたりとも、幸せになるのだよ」
「「はい!」」
マグナムの言葉に元気よく答える若いカップル。
ふたりはその後、学園卒業後にベヨネッタプロデュースの斬新かつ豪勢・それでいて低予算な式を盛大に挙げた。
その評判は国内にとどまらず、近隣諸国にまで広まったとか。
やがてパルムスイート家から独立したふたりは、経済発展目覚ましい隣国に支店を立ち上げた。
リーベンデール家とパルムスイート家の後押しを受けた支店は大繁盛し、2カ国の交流を支えたという。
シルベーヌside
「ぼく、学園の小等部に、ほとんど通えなかったんです」
「えっ」
アウトシャイン短期大学構内のカフェテリアにて、シルベーヌはハロ・トップ子爵令息の告白を受けた。
「小等部に入学した年に病気になって、療養施設に入院しましてね。余命宣告されるほどだったんですけど、8歳のときに『クロンダイクの涙』という薬が東の国から輸入されて、命をとりとめたんです」
11歳で病が完治してから、必死に勉強して中等部に入りました、とはにかみながら語るハロ・トップは、カタラナと同い年で、シルベーヌの5歳年下になる。
彼とシルベーヌは、大学入学以来、何かと選択授業やゼミが被り、いつの間にか昼食を共にするほどの仲になっていたが、こんな話をするのは初めてで。
「……『クロンダイクの涙』は、わたしの亡父が最後に手掛けた品物ですわ……!」
シルベーヌは胸が熱くなるのを感じながら言った。
父は、東の国との商談を終えたあとの帰りの船で事故に遭ったのだ。突然の訃報にバタバタした、当時の記憶が蘇る。
父を深く愛していた母は茫然自失となり、しばらく使い物にならなかった。幼い妹は泣き喚くばかり。危うく締結したばかりの商談が流れかけた時、一念発起したシルベーヌが執事と共に奔走して食い止めたのだ。
母が復帰するまでの1ヶ月足らずの期間だったが、その経験が今のシルベーヌの原点であった。
(あのときは大変だったけど、こうして父の仕事が報われた話が聞けるなんて、商人冥利につきるわね……!)
シルベーヌが感動に打ち震えていると、ハロ・トップがふわりと笑いかけた。
「うん、特効薬をもたらしてくれたパルムスイート家の商会のことは、うちの父から聞きました。誰が貢献してくれたのか、までね。つまり……シルベーヌ嬢、貴女はぼくの命の恩人、ってことなんですよ」
「はい?」
気づけば、ふたりの距離はずいぶんと縮まっていた。ハロ・トップは、そっとシルベーヌの左手を取る。
「お願いがあるんです、シルベーヌ嬢。ぼくに、恩返しをさせてくれませんか?……なんでもします、貴女の役に立ちたいんです……!」
真摯に見つめるハロ・トップの視線と、キョトンとしたシルベーヌの視線がかち合ったとき。
「……ああ、はいはい、あなた確か次男坊だったわね。わかりました、大学卒業後の進路はウチが引き受けましょう。あなたのような優秀な方は大歓迎ですわ!」
シルベーヌは満面の笑顔でハロ・トップの右手をギュッと握り返した。
「わあ、ほんとうですか?嬉しいです!よろしくお願いします!」
ハロ・トップは、負けないくらいの笑顔で言葉を返し、握っているシルベーヌの手に、更にもう片方の手を添えた。
……そこには明らかにある種の熱がこもっていたのだが、シルベーヌは『優秀な従業員ゲットだぜ!』とホクホクしていて、全く気付いていなかった。
このあと、23歳の伯爵令嬢と18歳の子爵令息のふたりがどうなるかは、まだ誰も知らない。
◇◇◇◇◁
以上になります!楽しんでいただければ幸いです!
またお目にかかる機会がございましたらよろしくお願いいたします!