厄介事は次から次へ
※本作はクトゥルフ神話TRPGシナリオ【Dropout Despair】のネタバレを含みます。通過予定の方は閲覧をご控えください。
※本作はシナリオ【Dropout Despair】のプレイをまとめたリプレイ小説です。そのため大まかなシナリオの内容を知っている方のほうが本作を楽しめる場合がございます。
※一部、執筆上の都合で改変部分がございますが、ストーリーには影響ありません。
奏と瑠夏が、玄関をくぐり、外に出ると、灯ひとつないこの暗いアパート前の駐車場に、3人の男らしき者たちが立っているのが目にはいった。彼らはボロボロのローブで体を隠しているが、その顔を見た瞬間、彼女たちは凍えるような寒気を覚えた。
そこには「死者」の顔があったのだ。
遺書屋であり、多くの人間を殺してきたあなた達であればすぐに分かる。
暗い瞳と体温を失ったその顔色、他にも見受けられる特徴からしてそれは生きていなかったのだ。
しかしその男達はまるで自らの意思があるように、引きずっていた鉄パイプを持ち彼女達に近づいてくる。
その姿はまるで映画などで見るゾンビのようだった。
「ひっ……!」
「何あれゾンビ?!ちょっと待って確かにもう異常は見慣れてるとは言ったけど!これは聞いてないっ!」
思わず悲鳴に似た声をあげる二人。
さすがに死者はたくさん見ていても、死者が動き出すのは見たことがないのだから当然である。
彼女たちが怯えたような様子であるのは関係無いとばかりに、そのゾンビたちは容赦なく近寄ってくる。
戦いは免れないらしい。
「あぁぁー!もう!奏!遺書も何も死んでるんだから関係無い!容赦なく殺すよ!」
「と、とりあえず怖いので噛まれないようにだけ注意ですっ!」
「把握した!」
奏がSMGのぴーちゃんを構え、涙目で乱射しようと引き金を引く。
───も。
「……あれ?あれ?!」
奏が引いたトリガーは、カチ、カチ、と何かが引っかかったように引けなくなっていた。
瑠夏が異変に気づき、奏の方を目にする。
「大丈夫……ってマガジン入ってないじゃんか!今日一回もぴーちゃん当てれてないけどお前本当にプロ?!」
「お、驚きすぎて慌ててているのですよ!許してください!」
涙目でマガジンを取り出す奏。焦っているのか手元がおぼつかないらしい。
少し時間がかかりそうだ。
「んなぁー!仕方ない、全員あたしが蹴散らしてやらぁー!」
瑠夏が走り出し、一体のゾンビに向かって蹴りを入れる。
やはり腐敗というのだから体は脆いのか、ゾンビの体が半壊させられる。
しかし、やはり近寄ることを怖がったのが表れたのか、ソンビはまだ動けるようで半壊した体をうねうねと動かす。
「気持ち悪っ?!」
瑠夏は思わず叫び、慌ててゾンビから距離をおく。
ゾンビーズたちがそんな瑠夏を逃すまいと瑠夏に鉄パイプを振り下ろす。
「よっと!」
攻撃自体は遅く、とても簡単に避けられそうだ。
しかし3体の攻撃のヘイトを全てかっているので、反撃はできそうにない。
「かなでぇー!早くしてー!」
「おっけーです!」
ちょうど終わったようで、奏が(今度こそ)ぴーちゃんを構え、ゾンビたちへ銃口を向けた。
「ぴーちゃん、ぶっぱします!」
ダダダン、と連続した銃声が一体のゾンビを襲う。
そしてしばらくのぴーちゃんの咆哮の後、それをもろにくらったゾンビがふらふらと倒れる。
そして──何故か、そのゾンビの頭が爆散したのである。
そのことに二人は驚きもしたが、それよりも先にやるべきことがある。
ゾンビのヘイトが奏に切り替わり、瑠夏が、フリーになる。
「これなら怖がらなくていいよなっ!」
瑠夏が先程殺りそこねたゾンビに、もう一度深く蹴りをいれる。
再びゾンビがふらふらと倒れ、頭が爆散する。
「奏!」
「はい!」
そして、リロードを終えた奏が最後のゾンビの脳天に全弾を食らわせてやる。
そして、爆散。
辺りに大量の血が飛び散り、二人はゾンビが動かないことを確認して安堵のため息をもらした。
「びっくりした……ゾンビは聞いてないってゾンビは……」
「もう戦いたくないです……」
「同感」
瑠夏がぶるる、と身体を震わせる。
と、奏が不思議そうに先程違和感があったゾンビの頭付近を覗きに近寄った。
爆散した頭は細かくなって辺りに散らばっており、いくらSMGでもここまではさせられない。
その理由を求めるように、奏が辺りの血に目を凝らす。
そして、驚いた。
血が、飛び散った赤いインクが、地面に文字を書いていたのだ。
『ごめんなさい』
『こんな怪物になりたいわけではなかった』
まるでこの字はゾンビのかすかな自我が綴ったかのように……まるで遺書のようにこびりついていたのである。
二人の背筋が凍る。
「なに……これ……」
「奏!これ見て」
奏が瑠夏の方へ向かう。瑠夏の指差す方を見ると、そこには何かの図面のような、地図のようなものを赤いインクで綴るゾンビの死体があった。
「これ、なんだろう……」
瑠夏の問いに答えるように、奏が口を開いた。
「これ、少し離れた廃教会ですかね……?あそこは付近に最近高速道路ができて壊される予定の場所じゃ……」
いやでも、と奏は続けて言う。
「だからこそ誰も近寄らない、何かをするにはぴったりな場所ですか……」
はぁ、と大きなため息をもらす奏の様子に、意味が分からないながらもめんどくさいことになっていることを悟った瑠夏が、我慢できずに声を出す。
「っうあー!もうなんでこんなことになってんだよ!僕らは仕事を受けただけじゃん、ねぇーっ!」
「瑠夏さん落ち着いて……叫びたいのは私も一緒なのです……」
奏に諭された瑠夏は、仕方なく叫ぶのをやめて奏の方を向く。
「で、どうするの、これ。行くの?いや行くしかないんだろうけど……」
「もう色んなことがありすぎて疲れたのですけど……ちょっと休憩しません……?」
「休憩っつってもねぇ……身体的には疲れてないし、精神的な疲れはそう簡単にとれるものじゃないよ……」
奏がうーん、と唸った。
瑠夏も奏の気持ちはわかるが、これ以上時間をおいても何も解決しない気がしたのである。
しばらく沈黙が続いたあと、奏がまるで良い提案、とばかりに顔を明るくし、思いついたように呟く。
「───どこか飲みに行きません?」
「お前本当に今日どうした?!」
瑠夏は思わず叫んでしまう。
あまり酒を飲まず、ましてや真面目で仕事中に飲むなんて言い出さないような奏を、本当に今日はおかしいと感じたからだ。
そんな瑠夏に弁解するように、奏が言う。
「も、もちろん酔い潰れるほどじゃなくて、軽く嗜む程度に……」
「それはそうなんだけどさ!そうじゃなくて!今日ずっとおかしいけど大丈夫か?」
「し、失礼な!大丈夫ですよ!瑠夏さんお酒好きですし、気分転換になればと思っただけです!」
奏がむすっとしたように頬をふくらませる。
まあ、瑠夏も内心は気分転換がほしいとは思っていた。
思ってはいたが……。
「……あー!もういっか!飲もう!飲んじゃおう!」
瑠夏は考えることを放棄した。
奏がそんな瑠夏に、そうこなくっちゃと言わんばかりの笑顔を向ける。
「さて、居酒屋……は光が怖いので行けませんし、コンビニにでも瑠夏さんに買いに行ってほしいのです」
「オーケー……ってお金はどうする?手持ちないし、男からもらった財布にも62円しか入ってなかったけど」
「あー……」
と、奏がいつの間にか持っていたビニール袋を瑠夏に見せびらかすように見せる。
「これ、売りに行きましょう」
「なにそれ」
「ゾンビの内蔵です」
にぱーっとした笑顔で言うものなので、そろそろ瑠夏が頭を抱え始めた。
「それ腐敗してなかったの……?」
「はい、綺麗なものだけ取り出しました!」
違う、そうじゃない、と思ったが、キラキラした目で見つめられ、瑠夏は何も言えなくなった。
「じゃあそれ売ってお金を得ようか……」
「そうしましょう!いざ路地裏!」
瑠夏の吐いた小さなため息は、奏には聞こえなかった。
「はい、それじゃあこんなもんかな」
街周辺の路地裏にて、二人は屈強そうな褐色の肌の男と交渉をしていた。
男ははい、と言って奏からビニールの袋を受け取り、中を確認するとお金の束を差し出してくる。
そのお金を近くにいた瑠夏が受け取り、枚数を確認して静かに頷く。
「じゃあ交渉成立ってことで……」
瑠夏がそのお金を封筒にいれ、ポケットにしまう。
いつも取引をしている商人は希空であり、普段は信用できない商人と交渉することはないので、初対面でありお互い少しピリついてはいるが、奏だけは呑気なのか何なのか、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「あ、そうだ商人さん、一つ聞きたいことがあるのですけど……」
ふと気づいたように、奏が商人に向かって問いかける。
「包帯で片目を覆った、金色のアクセサリーをつけている商人を見かけませんでした?今その人を探しているのですけど……」
奏の問いに、商人の男は少し悩むような仕草を見せるが、すぐにあぁ、と思い出したように言う。
「希空のことか?そいつなら今日高速道路付近の廃教会で見たぞ」
「廃教会……?!」
二人が声を揃えて驚く。
しかし、なぜ驚いているのか分からない商人は、そうだ、と頷く。
「あいついっつもあそこで取引してることが多いしなー……たぶんそこにいるんじゃねぇか?」
どういうことだろう、と二人は顔を見合わせた。
そして商人には聞こえないように小声で、奏が瑠夏に囁く。
「やっぱり赤い本と何か関係が……?取引先のこと、詳しく希空さんから聞いておけば良かったですね……」
「だね……休憩するつもりが厄介事増えたよやったね」
瑠夏の皮肉に奏が苦笑を浮かべる。
そして奏は商人に向き直ると、頭を下げて言った。
「商人さん、情報をありがとうございます。また何かあればよろしくお願いします」
奏が丁寧にお礼を述べてその場を去る。
瑠夏もそれに続いて会釈をし、奏の後を追った。
路地裏に、ぷしゅっと空気の抜ける音が響いた。
「ぷはぁー!やっぱりお酒はいいね!」
「あ、あんまり飲みすぎないでくださいよ?」
「わかってるってー」
路地裏でコンビニで買ったアサ○スーパードライを飲みながら、二人はそんなやり取りをする。
瑠夏が缶一杯を飲みきり、すごく嬉しそうな表情を浮かべているので、酔っているのではと奏は少し心配になるが、もともとふたりともお酒は強いので、そんな心配もすぐに消える。
余計な思考をやめさせ、少し幸せな気持ちにさせるその飲み物に、苦手である奏も珍しく感謝した。
瑠夏が飲み終えた缶を振りながら、残念そうに呟く。
「あーあ、もう一本飲みたいなぁ……さすがにこれ以上飲んだら仕事に影響出そうだし飲まないけどさぁ……」
「そうですよ、まだ私達にはやるべきことがあるのです」
「だよねー」
奏がゆっくりとまだ残っているその液体を体の中に流し込むのを、瑠夏が羨ましそうに見つめる。
「……あげませんからね?」
瑠夏の視線に気づいた奏が、缶を隠すような素振りを見せる。
「貰わないよ、ただ珍しいなぁって思って」
「珍しい、ですか?」
「奏がお酒飲んでるの」
あぁ、と納得したように頷く奏。
奏は残っていた液体を一気に流し入れ、飲み込んで、口を開いた。
「こんな状況じゃ普段は美味しくないものも美味しく感じるのですよ」
奏が買ったときについてきたビニール袋に缶をいれる。それに習うように瑠夏もその中へ缶を投げ入れた。
袋の中で、缶同士がぶつかる音がする。
奏はビニールの袋の口を縛って、瑠夏に袋を渡すと立ち上がった。
「それを捨て終わったら、最後の仕事に行きましょうか」
「捨てて来いってことかそれ」
瑠夏にジト目で見られた奏は、気まずそうに少しだけ目をそらして頷く。
光の近くへ行けないから、変わりに捨ててきてほしいということなのだろう。
瑠夏は仕方ない、と頭をかいて立ち上がった。
「全部終わったら今度は奏が酒買いに走ってね」
「それフラグってやつじゃ」
「気にしなーい」
奏があわあわとした表情を見せるが、瑠夏は呑気そうに笑顔でそう言った。
「フラグ回収されないように、頑張ろ」
瑠夏の言葉に少しきょとん、としていた奏だが、意味がわかると嬉しそうに、笑顔で応えた。
「はい!」