表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どろっぷあうと・でぃすぱいあ  作者: 神音サオナ
3/4

全ては死と隣り合わせ

※本作はクトゥルフ神話TRPGシナリオ【Dropout Despair】のネタバレを含みます。通過予定の方は閲覧をご控えください。


※本作はシナリオ【Dropout Despair】のプレイをまとめたリプレイ小説です。そのため大まかなシナリオの内容を知っている方のほうが本作を楽しめる場合がございます。


※一部、執筆上の都合で改変部分がございますが、ストーリーには影響ありません。

 奏の意識が次に起きたとき、そこは黒の空間だった。

 それは先程自分を飲み込んだ漆黒のソレのように黒く、そして同時になぜ自分が生きているのか、意識があるのか、自分はあの化け物に殺されたのではないか、と考え、冷や汗を流す。

 ───早かった。

 奏はぞっとしたように両腕をこする。

 最後の言葉を残す暇も与えられず、自分の体が潰されていく感覚をはっきりと認識した瞬間にはもう、奏の眼前にはその漆黒の塊が迫っていただからである。

(あれが……死ぬ、という感覚……)

 ということはここは死の世界なのだろうか。

 暗闇の中、奏は辺りを見回した。

 ふと目の前に誰かいることに気がついた。それは先ほどの奈々という少女だ。

 驚く奏を尻目に、奈々は変わらぬ表情で奏に近付くと、先ほどと同じ白い紙を差し出してくる。

「遺書屋さん、これを神様に届けて欲しいの」

「神……さま……?」

 奏が驚きつつ、きょとんとした表情で問いかける。

 ここが死の世界ならあの化け物によって死亡した奈々がいるのも不思議ではないが、「届けてほしい」とはどういう意味なのだろう。

 死んだ身では遺書屋としての仕事が果たせるわけもなく、死後の世界に神様がいるなら自分で渡せばいいものを。

 少女は悲しそうな顔で、奏にその紙を渡す。中を見てみてもその紙にはなにも書かれていないが、奏は少しその紙を触った際に違和感を覚えた。

 その違和感の正体は分からず、変わりに奏は奈々に問いかけた。

「私はどうなったのです?瑠夏は?此処は?神様って……?」

 奈々は静かに首を横にふる。よく見ると、奈々の体が淡い光に溶けていくかのように、消えかかっているのがわかる。

 それに、奈々も気づいたのだろう。

 切羽詰まったような表情で、かろうじて聞き取れるくらいの音量で、少女は言う。

「その光が神様に届いた時、貴方もきっと助かるから……」

 必死に訴えかけてくるような言葉に、奏は思わずその手を奈々に伸ばす。

「ちょっと待っ……!」

 しかしその姿はだんだんと薄れ、消えていき、淡い光と共に彼女の姿は無くってしまう。

 そして。

 奈々の姿を認識できなくなったその時、奏を再び暗転が襲った。

 意識が堕ちていくのを感じながら、奏は抵抗することもなく目を瞑った。









 瑠夏の目の前には、奏の死体に覆いかぶさる黒い塊があった。

 瑠夏が渾身の力で黒い塊を蹴りつけるが、攻撃してもびくともせず、むしろ足にびりっと痺れるような痛みがはしる。

「どうなってんだこれ……!」

 触ることも何もできず、瑠夏が数歩退却して、その黒い塊を眺める。

 ふと、その塊の傍らに、男の遺書が破れて床に転がっているのが見えた。

 奏が先程の衝撃で落としたのだろうか。

 塊に近寄らないよう、瑠夏はその遺書を拾い上げ、開く。

 端々が破けているが、読むのに影響はなさそうだ。

 瑠夏は何となく、その遺書を読み始めた。

『奈々へ。

こんな父親ですまない。せっかく母さんの元に行けた君を、神の力を借りてこちらに戻そうとした僕に罰が下った。でもあの本に書いてあることに頼るしかなかった。

君を化け物にしたかったわけではないんだ。本当に、すまない。僕もここまで堕ちてしまった。君に今度こそ光と明日がありますように。』

 そこまで読み終えたとき、先程までびくとも動かなかった黒い塊に動きがあったのが見えた。

 遺書を閉じ、瑠夏が慌てて戦闘態勢に入る。

 しかし、黒い塊は瑠夏に向かってくるといったわけではなく、まるで質量を減らすように、煙のように消えるだけだった。

 そしてそこには、先程肉塊とまで成り果てた奏の、修復された体があった。

 怪我一つしていない、五体満足な状態で、そこに寝かされていたのだ。

 じゃあ、あれは一体……?

 瑠夏がしばらく呆気に取られていると、奏が声をもらし、その薄花色の瞳を開いた。

「あれ……私……」

 奏がゆっくりと起き上がる。そして、瑠夏を見つけて驚いた表情を浮かべると、首をこてんと傾げて呟くように言う。

「なぜ私は生きているのでしょう?」

「それはこっちのセリフだよばーか!」

 瑠夏が捕えたとばかりに奏を両腕で締め付ける。

 ぐうっ、と奏は小さくうめき声をあげるが、瑠夏はそんなの気にしない。

 怖かった。奏が本当にいなくなるのではないかと。

 奏は微笑むと、瑠夏の背中を軽く叩いた。

「今までも何回か死にかけたことはありますが、今回ばかりは死んだと思いました……」

「でしょうね!」

 と、そこで奏がふと気づいたように己のポケットを探る。そして、そこから手紙のようなものを取り出し、瑠夏に見せる。

「そうだ、これ。死んだ直後に奈々さんから預かりました。『神様』に届けてほしいと……」

「神様?」

「らしいです……神様が何者かは聞きそびれました……」

 神様。その単語を聞いて瑠夏も男の遺書を思い返す。

「そういえばさっき殺した男の遺書にもその言葉が書いてあった気がする……神の力を借りて奈々をこちらに戻そうとしたとか……なんとか……」

「神の力……」

 それにしても、本当にどういうことなんだろうか。

 瑠夏が奏を離し、二人は顔を見合わせて唸る。

「夢……にしてはリアルすぎますよね、瑠夏がこうして私の血だと思われるものを浴びてるわけですし……」

「当の問題になったあの黒い塊も、奈々ってやつも消えちゃったし……」

「どうしましょうこの後」

「どうしようねこれ」

 何も解決策が見いだせず、動きを止める二人。

 しばらく動きを止めた後、奏が仕方ないとばかりに立ち上がり、瑠夏に言う。

「とりあえず……依頼を進めましょうか」

「そうだね、もうわからん……何がどうなってるんだよっ!」

 二人は心にもやもやが残るまま、依頼を続行すべく歩き出す。

 道中、瑠夏が我慢の限界が来たように叫んでいるが、その声は路地にこだまして響くだけである。

 と、二人がチカチカ光る蛍光灯の下をくぐり抜けようとしたその時だった。

 ───光。

 奏の体を、何か強い恐怖心が襲った。

 怖い。怖い。光が怖い。怖くてたまらない。

 奏の足が止まり、瑠夏がそれに気づいて立ち止まり、振り返る。

「どうしたー?」

「い、いえ、何も……」

 気のせいだろう、と奏は思考を止めて再びその光に一歩足を踏み出す。

 しかし、その何故か分からぬ恐怖心が再び奏の体を襲い、今度は奏の体から大きく脈を打つ音が響く。

(さっき奈々から聞こえた音と同じ音……?!)

 それは体の内側に何かいるかのように、奏は全身に痛みを感じた。

 どこからか、「ここから……出して……」と囁くような無気味な声が聞こえてくる。しばらくすればその痛みはゆっくりと引いていき、声も聞こえなくなるが、瑠夏から見てもその異常性はすぐに分かるほど、奏の肩が震えているのがわかった。

「大丈夫……?」

 瑠夏が奏に駆け寄り、奏の背中を擦る。

 少し息を荒くしていた奏も、安心したように呼吸を安定させ、瑠夏にこがむように言う。

「……すみませんっ……光が……怖いですっ……!」

「光……?」

 瑠夏はすぐ真上にある蛍光灯を見つめた。

 チカチカと切れかかっており、弱い蛍光灯ではあるが、光というのはこれのことだろう。

 瑠夏は奏の手を取ると、別方向へ歩き出す。

「それじゃあこっちから行こう」

 申し訳なさそうに俯く奏に、瑠夏は大丈夫、と声をかけるしかなかった。





 ───男が今住んでいた場所を探し住所に向かえば、そこには廃墟と言ってもおかしくないくらいに古びたアパートが立っている。あたりの建物も今は使われているかわからない古びたもので、ここも人気は無い様に思えるだろう。

 入り口を見渡してみれば、ひとつだけ新聞が溜め込まれた扉があり、ドア周りの植木鉢ももう花は植えられておらず、雑草が伸び放題である。

 おそらく、それ以外の部屋は使われていない様子から、この扉が男の家なのだろう。

 奏が扉に耳をすます。しかし、何も音はせず、誰もいないことがわかった。

「中には誰もいなさそうですね」

「じゃあぱぱっと入っちゃおっか」

 瑠夏がドアノブに手をかけ、回す。ガチャガチャと音がするだけで、一向に開かない。鍵がかかっているようだ。

「そりゃあ鍵くらいは閉めるか……どうする?蹴破る?」

「そうですね、誰も住んでなさそうですし……」

「住んでないっていうかみんな死んだっていうか……」

 冗談めかした声で肩をすくめる瑠夏は、物だから容赦はしないとばかりに力強い蹴りを扉にいれてみせた。

 ドン、とも言えずなんとも言えない破裂的な金属音が誰もいないアパートに鳴り響き、扉が勢いよく部屋の中に埋まっていく。

「はわぁ……これ人間がくらったらひとたまりもないですね……」

 隣で奏が何かを言っているが、気にせず瑠夏は部屋に入っていく。

 中は非常に散らかっており、ゴミ屋敷と言っても過言では無い、まるで空き巣に遭った後の様な酷い有り様と成り果てていた。

 ふと、瑠夏はそんな部屋の中央に置かれた机を見た。こちらにもゴミが溜まっており、いつのか分からない新聞やタバコの吸い殻が散らばっている。

 と、その中に一際異色なものを見つけた。

 お土産だろうか。20cmほどの軽い素材でできた置物で、手が台から伸びて口のようなものがついており、台にはかすれたような「Y'golonac」の文字が掘られている。

「イゴーロナク……どういう意味だろ?」

 英語であるならば、奏に聞いたほうがいいかもしれない、と瑠夏は奏の方へ目をやる。

 奏は本棚を探しており、その腕には赤い本を抱えている。

 どうやら見つけたらしい。

「かなでかなでー」

「あ、はい、どうしました?」

「ちょっと聞きたいんだけど……」

 瑠夏は奏に持っていた置物を渡した。

 奏が不思議そうにその置物を様々な角度から眺める。

「その台のところに書いてある『イゴーロナク』ってどういう意味?」

「Y'golonac……?どういう意味なのでしょう……聞いたことがないです……」

「そっか……」

 残念そうにする瑠夏に申し訳無さそうな表情を浮かべる奏。

 と、瑠夏は奏が赤い本以外に色々抱えていることに気づいた。

「何持ってるの?」

「あ、ちょっと気になる本を持っていこうかと思いまして……そうだ、その本の中からメモを見つけました」

 奏が瑠夏に一枚の紙を渡してくる。

『招来されたバグ=シャースに少しだけ細工をした。

それは特殊な落とし子であり、人々に寄生し絶望させるもの、それを「ディスパイア」と呼ぶことにした。

ディスパイアは母体であるバグ=シャースとは違い行動性が高く、対象となる人間を一度殺してその人物に寄生する。

寄生された人物は時間が経つとディスパイアに耐えられず死亡し、ディスパイアはまた別の人間に寄生する。

寄生された人物はその存在を知らぬ限りは自身が「ディスパイア」である事を自覚することができない。母体と同じ光が苦手なため、動けるのは夜だけだ。

日光にさらされればたちまち消滅する。』

 ここでメモが破られているようで、続きは読めない。

 瑠夏はメモから顔をあげ、奏の方を見る。

 『ディスパイア』という生物の特徴、先程起こった事件……それらを含めると、まるで今奏の身体に起こった異変がディスパイアという生物によるもののような……。

 それは奏も察しているようで、奏が眉を曲げて困った表情を浮かべる。

「……このメモ、どこで見つけたの?」

 瑠夏の問いに答えるように、奏がさっき「気になる本」と言っていた本を見せる。

 本のタイトルは、『グラーキの黙示録十二巻』。

「この本に挟まってました」

「へぇ……じゃあその本を読めば対策とかわかるんじゃない?」

「えっと……」

 奏が少し俯き、顔を隠すように本を盾にする。

「み、見ないほうが身のためです……」

 少し声が震えている。

 基本怖いもの知らずである遺書屋の奏が、そこまで声を震わせる内容なのだろうか。

 瑠夏は好奇心をおさえ、「そっか」と残念そうに呟いた。

「そういえば、その取引される赤い本は読んでみた?」

 話を逸らすように瑠夏が問いかけると、奏は本をおろし、首を横に振った。

「いえ、取引予定の本を読むなんてあんまりかなと……」

「んー、見ちゃおっか。取引なんて僕らには関係ないし、何より男が盗むほどの本って気になるし……」

「ええっ……まあ私達の目標は取り返すってだけで、読んでも構わないとは思いますが……」

「じゃあ読んじゃおう。貸してー」

 奏が苦笑しながら瑠夏に本を渡す。

 瑠夏が本を開き、その場に座り込むと、奏は覗き込んだりすることもなくクローゼットを漁りに行く。

 目的のものが見つかったのだから漁らなくても構わないのだが、気になるところでもあるのだろうか。瑠夏はそう思いながら奏を尻目に本を読み始める。

 本はほとんど文字がかすれており、日本語ではない別の言語で書かれていた。他の言語がさっぱりな瑠夏には、到底読めそうにない。

 どこか読めそうなページはないかとぱらぱらめくる。と、一枚のメモが挟まっていることに気づく。

 何気なくそのメモを取り出し、書かれている内容を見る。

 そこには、急いでいたのか乱雑な字で、こう書かれていた。

『それは、暗闇と共に有り。ばぐ=しゃあす それは死者を蘇らせるもの。

落とし子を引き連れ、 贄を貪り食うが、

光ある場所には来ず。 光を嫌う。

ばぐ=しゃあす 消えしとき 死者はあるべき姿に戻る。』

 ───ばぐ=しゃあす。

 先程奏が見つけたメモにも同じ名前が書かれていたことに瑠夏は気づく。

(確か、バグ=シャースは奏に取り憑いているディスパイアっていう生物の母体なんだっけ……)

 瑠夏は思わず頭を抱えた。

 ただ仕事をしにきただけなのに、なんでこんなめんどくさいことになっているのか……。

 瑠夏は思わず叫びだしそうになった。が、頭を振って余計な考えを捨てることにした。

 奏が瑠夏の不思議な動きを見て、心配そうな表情を浮かべる。

「大丈夫です……?」

「うん、大丈夫。でもこれ精神やられるわぁ……」

「本当……異常な出来事ばっかりで頭がおかしくなりそうです……」

 うぅ、と小さく呻く奏。

 彼女たちの顔にはすでに、精神的な疲れが見える。

 瑠夏がその疲れを取るように、己を騙すように自分の頬を叩き、よし、と呟いた。

「とりあえず仕事をこなそう。こなして、それからやらないといけないことをやろう!」

「そうですね。希空さんの首が飛ばないうちに、この本を届けないと……!」

 奏の縁起でもない冗談に、二人の表情が緩む。

「それじゃあ、とりあえずこの部屋出るか。まーじでゴミばっかりで歩きにくいし」

 瑠夏が玄関に向かって歩き出す。

 ───と。不意に、奏に服の裾を掴まれた。

 後ろに勢いよく引っ張られ、瑠夏が声をあげる。

「いった……何すんだかなで」

「しー、静かに」

 瑠夏が振り向くと、奏が真剣な表情で人差し指を口に当てている。

 その雰囲気に何かあったのかと瑠夏が黙り込むと、奏がかろうじて聞き取れる音量の小声で、言う。

「なにか音がします。引きずるような、音です」

 それに習い、瑠夏も耳をすませる。も、瑠夏にはなにも聞こえない。

 不思議そうな表情の瑠夏に、奏の口が再び動く。

「この辺りはもう人も住まないような廃墟が並んでいたはず……こんなところに誰かいるのでしょうか」

「見に行ってみる?」

「うーん……もう正直色んなことが起きすぎてて何にも驚かないと言いますか……異常なことを辿っていったほうが解決の糸口が見つかるかと……」

 慣れって恐ろしい、とばかりに苦笑する奏。

「じゃあ行ってみようか」

「はい、静かに音のする方に近寄ってみましょう」

 二人は顔を見合わせ、頷き合う。

 そして、壊れた玄関をくぐり抜けるのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ