強者は何者か
※本作はクトゥルフ神話TRPGシナリオ【Dropout Despair】のネタバレを含みます。通過予定の方は閲覧をご控えください。
※本作はシナリオ【Dropout Despair】のプレイをまとめたリプレイ小説です。そのため大まかなシナリオの内容を知っている方のほうが本作を楽しめる場合がございます。
※一部、執筆上の都合で改変部分がございますが、ストーリーには影響ありません。
「さてっと……希空が言ってたのはここらへんだよね?」
「はい、手分けして探してみましょうか」
──ふと、誰もいない住宅街の先、古い小さな居酒屋の前で二人の男が揉めているのを二人は目にした。
そこには、かなり酔っ払っているのか顔を真っ赤にしてネクタイを頭に巻いたサラリーマンと、その前でどこか焦った様子で話をしている帽子の男がいる。
帽子の男をよく見ると、茶色い帽子にトレンチコート、そして首からは緑色の石のついたペンダントを下げているのが分かる。
希空の言っていた特徴と一致することに気づいた二人は、気づかれないようにそっと近づこうと歩き出した。
「今回の仕事は簡単そうだなぁ」
ぼそっと瑠夏が言ったのを、奏が苦笑して頷いた。
──と、その時。
「……っ!遺書屋……!?」
「あっ、しまっ……」
「すまないっ、通してくれ!」
男が二人に気づいてサラリーマンを手で押しのけ、逃げ出してしまう。
「くっ!」
「追いかけますよ!」
二人も走り出し、男の後を追う。
しかし。
「ねぇちょっと待ってよそこのお嬢ちゃん〜」
奏の腕を、酔っ払って千鳥足になったサラリーマンが掴んだ。
力強く引っ張られ、思わず足を止めた奏は、その手を離そうと力を込めるが、酔っ払っていたとしても仮にも男性の力に勝てず、悔に顔を歪めて瑠夏に言う。
「すみません、瑠夏さん、すぐ行くので先に追ってください!」
「わかった!」
瑠夏が奏をおいて男の後を追いかけていく。
「ね〜え〜。あっちで一緒に飲もうよ〜。」
「すみません、今急いでるのです、離して……離してください!」
「そんな急ぐこともないじゃ〜ん」
だめだ、この手のパターンは下手に出ている間永遠に調子に乗るパターンの人間だ。
仕方ない、と奏は振りほどこうとする手を弱め、俯いて黙り込んでみせた。
サラリーマンの男が、そんな奏の様子に気づいて奏を掴む力を弱める。
──ここだ。
奏は一気に男の腕を取って捻ってみせた。男が反応する隙も与えず、奏は冷徹な声で告げる。
「急いでいるのです、離しなさい」
男が圧倒されたようにしばらく呆然としていたが、はい、と小さく絞り出すように言うと奏を掴む手を離した。
奏も男の腕を離し、怪我を負わせていないことを確認すると一言「それじゃあ」と言って瑠夏の後を追いかける。
サラリーマンの男は、しばらく呆然と、奏の消えていった方を見つめていた──。
──男は彼女達から距離を離そうと男は入り組んだ路地に入る。廃墟などが目立つこの付近は、おそらく彼女たち以外に人の出入りはそう無い区域だろう。
無論、もう深夜となった今なら尚更だ。男はそれを知らないのかさらに奥に入り込む
が、男の足音や息を切らすその音を逃さず、彼女たちは男を追跡する。
──それはまるで獲物を狩る獣の如く。
やがて男は奥に入り込みすぎたのか行き止まりにたどり着いてしまう。
「くそっ……!」
男はすぐに引き返そうとするが、すでに彼女達は男のすぐ後ろにおり、ゆっくりとターゲットへと近づく。
「路地に逃げるなんて、私たちのほうが地理関係の詳しい場所をわざわざ選ぶとは……」
「逃げずにいてくれたら時間もかからなかったのに……」
2人に追い込まれ、男は焦ったように小さなナイフを彼女たちに向けた。
しかしその手は震えており、殺意があるもののどうやら戦闘には慣れてない本当にただの一般人のようだ。
相手が殺意を向けたのであれば同然、貴方達も戦闘態勢を取る。
「鬼ごっこはおしまいかな?」
「それじゃあここからは、【遺書屋】のお時間です!」
奏が相棒のSMG、通称ぴーちゃん(なお某ピンクの色をしたものではなく黒色)を構え、開幕花火とばかりに乱射する。
しかし男は怖がったのかしゃがみ込み、運がいいのか悪いのか、全ての弾を避けきった。
そこで、しゃがみこんだ男を己の獲物とばかりに、瑠夏が蹴りを決めてみせた。男の体が行き止まりの壁に激しく叩きつけられ、ぐしゃり、と何かが壊れた音がした。
「ひゃあ……これ死んでません……?」
「て、手加減したから死んでない……はず……」
慌てて、しかし慎重に男に近寄る奏。見たところ、骨は何本か折れているようだが、かろうじてまだ息も意識もある。
「良かった……生きてます……」
「まあ一応手加減してたしね」
「瑠夏さんの手加減は手加減じゃないのですよ……」
苦笑しながら、奏は紙とペンを取り出し、男に渡す。
「私達のことをご存知でしたよね?私達は遺書屋です。例にならってあなたにも遺書を書いてほしいのです」
「くっ……もうここまでか……」
男はその紙を血塗れの手で受け取ると、暗い表情で静かに文字を書き始める。
悔いの残るその表情で、一体誰に何を綴るのか。
少しすると、男は近くにいた奏に折りたたんだ遺書を渡してくる。
「これを……娘に渡してくれ。黒い髪で赤い目の少女で……名前は『奈々』と言う。」
「娘……子持ちだったのね」
瑠夏の問いに男が静かに頷く。もう口を開く気力がないほど弱りきっているのが目に見えてわかる。
「じゃあ最後に聞くね。赤い本はどこ?」
「赤い本……あぁ、あれのことか?」
男は赤く染まった手をポケットに突っ込むと、そこから財布を取り出し、瑠夏の前に投げる。
「私が今住んでいる所に隠してある………持っていくなら持っていけ。場所はここから遠くない」
瑠夏が財布を拾い、中を確認する。身分証や免許証などが入っており、その中に住所も確認できた。
「おっけー、確認した。それじゃあ……」
瑠夏が右足を持ち上げる。
「───おやすみ」
ぐしゃり、と再び歪む音。
瑠夏が再び右足をあげたときには、そこには血に塗れた肉があるだけだった。人の顔の面影がない。
「さて、それじゃあこいつの家に行きますかっと」
「そうですね、今回は骨とか折れてそうですから内蔵摘出できなさそうですし……」
「また言ってるよこの人」
二人が男に背を向け、歩き出す。
あとは男の家に本を取りに行き、希空の元へ渡しにいくだけ……二人はそう思っていた。
ふと、瑠夏は遠くに一人の少女がいることに気づく。
黒い髪、赤い瞳……。
その赤い瞳は確かにこちらを見ていた。
(見られた……っ?!)
少女も瑠夏に見られたことに気づいたらしく、慌てたように路地の中へ走って行ってしまう。
裏社会の人間は、一般人に正体がバレるわけには行かない。
男の言っていた奈々という少女に類似した少女ではあるが、それ以前に見られてしまったなら追いかけなくてはならない。
「奏!」
「はい!今確かにさっきのサラリーマンの声が聞こえました……思い出すだけで寒気が……気のせいでしょうか……」
「なんの話?!いいから走れ!」
何故か肩を震わせている奏の手を引き、走らせる。
「さっき男が言っていた特徴に当てはまる少女に、仕事を見られた!意外と幼かったからすぐ追いつくと思うけど……」
「ふむふむ……その少女ってあれのことです?」
奏が指を指した方向を見ると、確かにそこに先程見てきた少女が、彼女たちに背を向けて走っているのが見える。
「思っていたよりもすぐ追いついた……!」
奏と瑠夏が走るスピードをあげる。
しかし、廃墟の立ち並ぶ路地の奥、開けた場所で少女が盛大に転ぶ。
彼女達が追ってきたことを少女は認識すると、赤い瞳でまっすぐ彼女達のことを見つめ、そして尻餅をついた状態から立ち上がるが、それ以上逃げようとはせず、抵抗することも無い。
少女はただ、彼女達を見つめ何かを握りしめている。
それは、白く折り畳まれた紙のようなもの。
少女が逃げ出さないことに気づいた二人はスピードを落とし、ゆっくり少女に近寄る。
その時、少女が静かに口を開いた。
「お父さんを殺したのは……遺書屋さん、あなた達……?」
父親を殺した仇に迫られているというのに、不思議と少女は怯えた様子はなく、戸惑いの表情だけが浮かんでいるのがわかる。
「うん、僕らが殺した」
「そっか……」
少女は少し寂しそうに言うと、何かを決したように、懇願するように、震える手で二人にその白い紙を差し出す。
「時間がもうないの、お願い……」
少女がそう何かを言いかけたときだった。
───どくんっ、と辺りに響くような脈打つ音が聞こえる。
それは確かに少女の内側から聞こえてきたものだが、二人の耳元にまで届くほどに大きなものだった。
「ぁあ……まだ、ダメなのに……時間がない……誰か……!誰か私に光を……!」
少女は震える言葉を零し、青ざめた顔で自身の体を抑える。
───すると。
少女の背中からまるで何かが殻を破るかのように肉が膨張し、やがて彼女自身では抑えきれなくなったそれが、小さな体を破って這い出た。
勢い良く少女の体を突き破って這い出たソレは、頭上に浮かぶ月を飲み込もうとするかのように高く、大きな存在だった。
その少女の小さな体とは不釣り合いな大きさのソレは夜よりも深い漆黒の塊で、口や目のような器官を生成しては、その目が一斉に奏を見やった。
その瞬間、何か言葉を発する前にそれが振り下ろされたのだ。
高く伸び、質量のあるその漆黒の塊が振り下ろされた時、ぐしゃり、と何かをつぶし、その音を聴いた頃にはすでに奏の片腕は存在していなかった。
「ぅぐ……ぁぁぁ……!!」
奏が苦しみ、もがくような声をあげる。
そしてそれは、瑠夏が動く隙も与えずもう一度振り下ろされる。
もう片腕、次は肩をえぐり、奏がバランスを崩した瞬間に片足を、そして胴体を………
何度も何度も振り下ろされるそれは、最後に奏の頭を叩き潰した。
そしてその瞬間、ようやく瑠夏の脳が現状を理解する。
しかし理解した瞬間には遅すぎた。
その時にはすでに、瑠夏は奏の返り血を大量に浴び、そしてその血液の主である奏は見るも無残な肉塊と成り果てていたのだ。
その漆黒の塊は肉塊と成り果てた奏に覆いかぶさり、そしてそれは蠢めいてびくともしなくなってしまう。
奏の意識が、黒く、暗く、沈んでいく。
遠くで相方の叫ぶような声が聞こえるが、もう何も奏の意識を保たせられるものはない。
そして、闇の中に堕ちていく───。