遺書屋の二人
※本作はクトゥルフ神話TRPGシナリオ【Dropout Despair】のネタバレを含みます。通過予定の方は閲覧をご控えください。
※本作はシナリオ【Dropout Despair】のプレイをまとめたリプレイ小説です。そのため大まかなシナリオの内容を知っている方のほうが本作を楽しめる場合がございます。
※一部、執筆上の都合で改変部分がございますが、ストーリーには影響ありません。
──ここは光の届かない堕落した世界。
殺し、裏切り、軽々しく命の取引がされるこの場所に、とある噂が流れ始める。
それは、不思議な方法で人を殺める【遺書屋】というもの……
【遺書屋】は、殺す人間、または死ぬことがわかっている人間に遺書を必ず書かせ殺した後、または死んだ後に、その遺書を必ず渡したい人物へと届け、姿を消す。
この裏社会では彼女たちを知らない者はいないだろう。
何故ならその行動こそが、命を奪い続けるはずの彼女らには意味不明でおかしな行動なのだから。
だけど、彼女達にとっては意味のある行動であり、そしてこれが彼女達の仕事だ。
誰にも邪魔はさせない。
……そうしてまた誰かに、遺書を書かせるのだ。
──死んでも、その言葉は残り続ける。
──時刻は22時。太陽が沈み光のない路地は暗闇に包まれる時間だ。
その暗闇の中で、一人の男がまだ若い、二人の少女に追い詰められていた。
その暴力団の下っ端である男は、もうまともに戦うことは出来ないほど瀕死の状態で、かろうじて出せる声で言う。
「お前らッ……すぐに殺さないと思えば……【遺書屋】か……!?」
男は彼女達を睨み付ける。
こんな状態になってもまだ反抗する気のようで、その意思を汲み取った少女たちが呆れたような声を出す。
「私達のことをご存知なら殺し方も知ってるはず……いい加減、遺書を書いてほしいのですが……」
二人の少女のうち、白髪の少女が丁寧な口調で言う。
しかし男は駄々をこねるように何も言わず彼女たちをにらみつけるだけである。
「ねーもうめんどくさいしやっちゃおうよ」
「だめですよ、瑠夏さん。もう少し私に任せてください」
瑠夏と呼ばれたもうひとりの少女は、少し不機嫌そうに近くに転がっていた石を蹴飛ばした。
狭い路地裏に、石が壁に当たる音が響く。
「うーん、どうしましょう……正直、殺すのは簡単なのですけど……」
「言ってくれるじゃねぇか……。そんな簡単にくたばるつもりはない……けどな……」
「ええ。ですからできるなら痛い目を合わせることなく眠ってほしいのです。どうせ死ぬならそっちのほうが……ね?」
白髪の少女が微笑みかける。その笑顔はとても魅力的な誘いで、男は押し負けたかのように小さく舌を打った。
「……わかった。紙とペンをくれ……」
「はい、どーぞ!」
無邪気な声で白髪の少女が男に渡す。
男の目線に合わせ、膝を抱えて書き終わるのを待つ様子はまるで子供のよう。
一束だけ結われている三つ編みが、彼女の肩から溢れるように流れ落ちた。
「──書き終えたぞ……。これを……長に渡してくれ……」
今にも消え入りそうな声の男性から遺書を受け取ると、彼女は立ち上がった。
「はい、確かに受け取りました。それじゃあ……」
そう言って、彼女は暇そうにしていた瑠夏の方を見る。
「んあ?書いてもらったかー?」
「はい、あとは苦しませずに殺してあげてください」
「はーい」
瑠夏は男の前に立つと、男の目の前に右足を持ち上げる。
「それじゃ、おやすみ」
ぐしゃっ、という音がして、男の顔面が潰れる。血に塗れ、鼻なんかもう面影が見当たらない。
「わあっ……まあ即死だから苦しむ間もないと思いますけど……これ、内蔵生きてますかね」
「は?」
急にとんでもないことを言い出した白髪の少女に、思わず間抜けな声が漏れる瑠夏。
「せっかくの新鮮な内蔵なのですから、持ち帰って実験に使いたいなぁと……」
──白髪の少女【黒霧奏】は闇医者である。闇医者ではあるが、遺書屋としての仕事中にそんなことを言い出す人ではなかったはずだ。どういうことなのだろう。
「……まあ、潰したのは脳だけだしまだ新鮮だとは思うけど……」
「よし、遺体ごと持ち帰りましょう!」
「まじかよ」
とんでもない発想をし始めた奏に少し引きながらも、瑠夏は男の体を持ち上げてみる。
──が。
「おっも!何こいつめっちゃ重いんだが?!」
「瑠夏さんの馬鹿ぢか……凄まじい力でも持ち上げられないって、そうとうじゃないですか」
「おい今なんつった」
「いえ何も」
目を逸らす奏。
「……あえて見逃しておく。で、どうすんだこれ。持ち上げれないよ」
「うーん……惜しいですが、肝臓だけ持っていきましょう」
そう言うと奏がポケットから小型のナイフを取出し、男の体を捌いていく。
その切り口は素人の瑠夏が見てもとても綺麗で、洗練されているのがわかる。
「さて、早めに帰りましょうか、急だったので長期保存できる容れ物に入れれてませんし」
そう言って奏はビニール袋を手に立ち上がる。
そのビニール袋の所々に赤い斑点が飛び散っているのだが、それは言わずもがな、中には男の肝臓が入っているのだろう。
「……うん。帰ろうか」
引いてしまったのは、相方にはないしょである。
──彼女達がその場を離れて街を通る際、そこにはネオンと街灯の光が街を照らし出している。
22時だというのに街の中心は非常に賑やかで、酔っ払ったサラリーマンや奇抜な髪型と格好で出歩く若者達、家を抜け出してタバコを吸う不良たちやようやく帰路につくことができる会社員……様々な者たちとすれ違う。
しかしその誰もが彼女たちの本性を知るものはいないだろう。
彼女たちは彼らとは違い法律を無視したやりとりが行われる闇の場所…いわば「裏社会」の人間だからだ。
【遺書屋】として、死人の想いを届けるのを生業とする【届人】の奏。
【遺書屋】として、遺書を書かせた後目標を殺害する【殺人】の瑠夏。
そんな彼女たちもまた、まるで一般人かのように振る舞えば、彼らと何の違いもないのだ。その本性を除けば……だが。
街に出て少し歩いていると、ふと視界に入った路地に、ボロボロのローブを羽織った男たちが数人、奥へ入っていくのが見えた。それだけ聞くと何も異変はなさそうだが、何せ男たちが全員素足だったので、彼女たちは違和感を覚えた。
「……見ました?」
「見た見た。不思議な連中だね」
「ですね……少し引っかかるので、様子だけ見に行きません?」
「んー……まあ今日の目標もさっきので最後だったし、時間は空いてるけど……」
まあいっか、と瑠夏が苦笑して肩をすくめた。
奏はもともと一般的な医者で、裏社会に来てもなおターゲット以外にはお節介をやくことが多々ある。
生まれたときから暴力団の一員として裏社会にいた瑠夏には、少しわかりかねない感情だが。
奏が瑠夏の返事を聞いて走り出そうとする。
その時、不意に後ろから声をかけられた。
「あれ〜?奏ちゃんと瑠夏ちゃんじゃん?」
聞き覚えのある声に、二人は声のする方に振り返る。
包帯を片目に巻き、容姿の至る所に金色のアクセサリーが散りばめられている、奇抜な男。
「希空さん?お久しぶりじゃないですか」
彼は【白石希空】。彼女たちと同じ裏社会に潜む商人で、人身売買、麻薬取引、武器の密輸入など、金銭関係の裏社会を回している人物である。そのため争い事は好まないが、逃げ足だけは速いやつである。
「久しぶり〜。元気そうで良かったよ~」
「そっちこそ。仕事終わり?」
「うん、まあ、ね……」
瑠夏の問いかけに、希空が少し曇ったような表情を浮かべる。
「どうした?なんか暗いけど……」
「うん、ちょっとね……」
少し言い淀んでいたが、希空が意を決したように彼女たちに話し始める。
「ちょっと君たちに頼みたいことがあるんだけど……話を聞いてくれないかな?ここじゃアレだしさ、話しやすいところで」
そう言って希空がすぐそこの路地裏を指差す。
彼女たちは顔を見合わせ、頷いた。
──ネオンや街灯で照らされた大通りから少し離れ、
建物の間に出来上がった小さな路地裏に入り込む。
暗闇の中チカチカと点滅する切れかかった蛍光灯の光だけが彼女達を照らし出す。
夜でも賑やかだった街から少し離れただけのこの場所は、街の賑やかさは嘘だったかのように静まり返り、貴方達以外に人の姿は無い。
誰かが捨てたゴミが積み重なったゴミ捨て場をぬけ、電気のついていない自動販売機の隣にある寂れたベンチに希空は腰をかけ、近くの別のベンチに彼女たちを促す。
いつも持ち歩いている金色に装飾されたライターでタバコに火をつけると、彼はため息混じりの吐息で煙を吐いた。
「実は少し困ったことになってね……今日取引先ととある本の取引を行う予定だったんだけど、ついさっきそれを運んでいる途中、盗られちゃったんだよね………赤いカバーの本で、取引の関係で僕も中身はわからないんだけど……」
希空が「それで」と続けて言う。
「追いかけれないし見つからないしで途方に暮れているときに、たまたま遺書屋の君たちを見かけたってワケ。ってことでその本を取り返してきてほしいんだ。これは正式な依頼だから、報酬は弾むよ?」
お願いっと両手を合わせてこがむ希空。いつも笑顔を絶やさず、どこか掴みどころのない彼がここまで顔を曇らせるとは、相当まずい状況なのだろう。
「別に受けること自体は構いませんが……それは私たち遺書屋にお願いすることでしょうか……他の方のほうが適切な方がいそうですけど」
「今日その本をまた別の取引先に届けなくちゃで、時間がないんだよ~!だから手頃に近くにいた君たちがいいんだ……!」
なるほど、と頷く奏。
「瑠夏さん、どうします?ついさっき盗まれたと言うことはまだ近くにいるでしょうし時間はかからないでしょう。私は受けてもいいと思いますが……」
「待って、一番大事なところ聞きそびれてる」
瑠夏がベンチから腰を持ち上げ、希空のほんとう眼の前まで近づく。
遺書屋として名を馳せる殺し人に至近距離まで近づかれ、希空が思わずたじろぐ。
しかし瑠夏はそんな希空の様子には気もかけず、赤く綺麗な瞳を瞬たかせ、言う。
「──報酬額は?」
「へっ」
間抜けな声をだす希空。
聞き取れなかったのかと勘違いをした瑠夏が、もう一度問いかける。
「報酬額はいくらなの?」
「あっ、報酬額ね、いつもの2倍は払うつもりだけど……」
「よしのった」
即答するや否や希空から離れ、ベンチに座りなおす瑠夏。
希空が二重の意味で安堵したように小さく息をこぼした。
「助かるよ!本を盗んだ人の特徴は、茶色い帽子とトレンチコート、白髪のおっさんで、歳は40後半くらい……あ、そうそう、あと首から緑色の石がついた大きめのペンダントを下げてたよ。盗まれた場所はあっちの方」
「ちなみに靴はどういうのでした?」
「靴は普通の革靴だったかな……そうだ、あとその犯人なんだけど、動きは素人っぽかったから君らなら苦労はしないと思う」
「了解。そいつは殺したほうがいいの?」
「いや、生きるも殺すも殺し方も任せるよ。本を取り返してくれればそれで……!」
一通りの情報を聞き終わった瑠夏が、「じゃあ行きますか」と重い腰を持ち上げる。
「あ、ちょっと待ってください。希空さんにもう一つ聞きたいことが……」
しかし、奏はそんな瑠夏の服の裾をひっぱってもう一度座らせて、不思議そうに顔を傾ける希空に向かって問いかける。
「───肝臓を買ってくれません?」
瑠夏が無言で奏の頭を叩いた。
スパァンっという破裂音が路地裏に木霊する。
「いっっっったいです!なんで叩くのですか?!」
「肝臓とか今はどうでもいいだろ!ほら行くぞ!」
「ちょっ、待ってください!今から仕事だとせっかくの新鮮な肝臓がだめになっちゃいますし!ここで売っておいたほうが無駄にならないのですっ!」
ぐわんぐわんする頭を押さえ、服を引っ張ってくる瑠夏を涙目で見上げる奏。
確かに、言ってることは理解できる。理解できるが……。
その時、瑠夏の馬鹿ぢ……凄まじい力を目の当たりにし、しばらく呆然としてた希空が口を開いた。
「ま、まあ肝臓くらいなら買い取るよ。ざっとこんなもんで……」
そう言って、まるで瑠夏に落ち着くよう言うように、束のお金を渡してくる。
瑠夏がそれをため息をつきながら受け取り、奏がずっと持っていたビニール袋を希空に渡す。
すると、希空が笑顔で言う。
「それじゃあ任せたよ、遺書屋」
「りょーかいです」
「了解」
彼女たちはそれぞれ返答すると立ち上がり、すぐさまその路地の奥へと潜って行った。
遺書屋の二人の足音以外、何も聞こえない。普段からそうだが、その時はやけに静かに感じた。
それはまるで、嵐の前の静けさのように。