清涼祭前日
≪忘れていた、だと?...まあ仕方ないとしても、何故ここにいるのかという顔はせぬでもよいではないか!西に進むにはあの極寒を切り抜けねばならぬのだし、海に出ようにもあの忌々しい海獣どもが我を邪魔して進めぬのに...。...まあ、今回のみは許してやろうではないか、だが次我を忘れるようなことがあったら―――≫
「<転移」
説教が始まったのを無視して、僕はエミリアの手を掴んで転移する。そもそもこんなところに来たのが馬鹿だった、あの転移の森自体封印した方が良い。
「...逃げてきてよかったの?多分冰龍王が居なくなってるって知ったのならいつでもこっちに来るだろうけど」
「ああ、それなら僕たちの敵でもある海獣たちが何とかしてくれるから大丈夫だよ」
「ええー?」
出会って一言目があれなら、心が折れても仕方ないよね。だから、僕が転移してしまったのも仕方ないはずだ。
嘗て倒したふうにしていた焰龍王との邂逅は無視して、僕たちはアリオスに戻った。
あの森は時々時間経過が早くなるのか、帰って来た時にはすでに夕方になっていた。もしくは、エミリアとしゃべりすぎていただけかもだけど。
取り敢えず、僕は魔術で作り出した黄色地と黒文字のテープを用意して、それを木の本体に巻き付ける。後は一言、「<消失>」と呟くだけ。それを十回ほど繰り返して、ついでにそこにあったおなじみ青黒い魔力はガリアン候に使った<禍滅光>を使って焼失させる。
...そのあと一週間程度遊んでいたけど、明らかに魔物が弱くなっていた。どのくらい弱くなっていたかというと、最弱がゴブリンロード(C-ランク)になったほどだ。因みに、これは単体での話であって、複数ならおなじみゴブリンがいたのでそいつを最弱と言うことにしている。
愉しい楽しい殺戮者討伐はいくらでも受けたいところなので受けるけど、たまにどうやって貨幣を出しているのかと気になってしまう。
この問題は意外と簡単な話...というわけでは勿論ない。
確かに酒場なら非常に儲けられるのは分かるし、ランクによって少しづつギルドの年会費ともいうべきものは膨れ上がっていく(僕たちは『異端』らしく、そう言ったものは一切なし)。
でも、この地では成功報酬に素材換金、輸送費などがかさむため上記の儲け程度ではむしろマイナスになる筈なのだ。
そう思ったところで今のこのギルドの長、かつ父親であるフィリップへと聞いてみる。
「お父様、一つ聞きたいことが」
「...何のことかな?僕としては、なるべくここでは話したくないんだけど」
そう言いながら、しっかりと僕の腕を引っ張るのは人攫いの技術が見え隠れする。ちょっと嫌になってしまうけど、そのままエミリアと共についていく。
ギルドマスター室に入れるのは魔力を認証されたものだけらしく、お父様はドアノブに数秒触れた後ようやく扉を開いた。
「ああ、二人は入室者として登録はしていないけど大丈夫だよね。ま、これを作ったのが我等がベルべディオ陛下だから、登録はされていると思うけどさ」
少し驚きの言葉だけど、信じて入ってみる。
「...わっ!?」
そして、部屋の境界に触れるなり悲鳴を上げてしまう。
この先に、何かの壁があるような感じだ。しかも、それが少し沈み込むような感じだからなおさらたちが悪い。
と、これが魔力認証システムに弾かれている状態なのだろう。少し魔力を通すと、壁の様な境界は無くなってするっと入れてしまう。エミリアも同じ反応をしていたのだから、これは伝えなかったお父様が悪い。
部屋に入ると、「二人は何がいい?」と机をたたいた。これは恐らく、セイタが作った「飲料自動生成システム付き歓待用机」だろう。取り敢えず、飲み慣れた番茶にしておく。
そもそもこの番茶と言うもの自体、デレルベン王が生み出すまで知らなかったものだ。それでもヒバナ御一行が知っていると言う事は、ニホンには存在したのだろう。
因みにエミリアはほうじ茶にしていた。珈琲にしないのは、苦くて渋いしあの豆に含まれている成分の苦い元を取ると気持ち悪くなるらしいからだ。
ニホン発祥の選択にお父様は少々...というより相当驚いていたけど、それがしっかりと生成されている辺りやっぱりここにあるのは量産品の奴じゃなくて特注品なのか(ニホン茶を生成できるのはセイタ特注の物だけ)。
熱いのが苦手なくせに熱い状態のほうじ茶を飲もうとして舌がやけどしているエミリアを横目に見ながら(もちろん、エミリアは<時間遡行>を使いながら舌の感覚を飽和させてのむのだけど)僕はいつも通りに番茶を飲む。これも最近の趣味だけど、学院内には僕が作った茶葉の畑があり、それを摘んで飲むのも最近のブームだ。
そんな事を考えなければ貨幣の秘密は聞けただろうけど、茶をたしなむあまり時間が過ぎ...そして、何事もなかったかのように帰ったところでようやく、思い出す。でも明日に清涼祭を控える手前そんな事も出来ず...結局、溜息を吐いて諦めるのだった。




