ノートルドム大氷獄、崩壊 その一
魔神となったグレアの死体をそのままに、僕はノートルドム大氷獄のさらに奥へと向かった。
奥には、いまだ戦っている兵たちがいた。
血がかかっている僕を見ると一瞬注意がこちらに向いたが、奥からの極大魔法によって身を砕かれていた。
かく言う僕も視線のせいで動けなくなり、喰らいかけたのだけど。
「...こんな所にいたのか。やはり【特異点】というのはままならないものなんだな、レイヴン・ヴェルドリア」
軽く呆れるような視線を、兵士を切り捨てて魔術を構成しながら向けてきたのはアリオス・ヴァルディアヌス。数時間前まで、確実に仲間だった男だ。
「...なんでこんなことを?」
「こんな事?簡単な話だ。夕方にも言ったはずだぞ?俺は、この“軸”ではこうするのが正解なんだ。そして、お前が別の“軸”に行くことも、この“軸”の決定事項だ」
明らかすぎるほどに溜息を吐くと、アリオスは右手に持っていた剣、兼極大魔法<紫雷八光華>発動体である紫雷八光剣ガドヴァルトスドの切っ先を僕に向けた。
「...グレア・ヴァルディアヌスが捨て石なように、俺も、そしてこの“軸”すらも捨て石だ。ここにいる限り、お前に平穏は訪れない」
明らかな怨みと妬みの視線を僕に向けるのはなぜなのだろうか。そう自問しても、今は戦うしかないと心が返してきた。
「まあ、充分に殺し合おう。俺を殺せばいい。殺して、この“軸”で悲嘆に暮れてかつての親友を思って死ねばいい。そうすれば、お前は救われるんだろ?...なあ、レイグ王」
明らかに僕の眼を見てはいなかった。遠い何処かにある、恐らくは過去にある幸せだったと思える時を見ていた。
「...まあ、そんな事を言ってももう遅いか。じゃあ、面倒だし不快だが戦おうか」
いつもの気軽さで言ったその言葉に不意を突かれ、僕の判断は数瞬遅れた。
だから、目の前に迫ってきた剣を見て回避はせず、敢えて受けることを選んだ。
「...俺の腕も鈍ったか。まあ、それもそうか。俺の実戦経験なんて思い返せば旧代アリオスと黒猫ぐらいだしな」
旧代アリオス、という言葉が引っかかったが喋りながらも剣を向けてくるアリオスの攻撃を捌くのに精一杯で続きを聞き出すことは出来なかった。
「良いのか?」
突然、そんな事を聞いてきたアリオスに、「何が?」と小さく返答すると、彼はどこか寂し気に笑顔を浮かべた。
「エミリア・ヴァルディアヌスの事だ。彼女は、お前の思うほどには強くない。ましてや、心情だけで見るのならグレアの死体を見ただけでも発狂するだろう程度には脆い事は知っているだろう?」
「...だから、なんですか。僕はエミリアの事は信じてますよ」
「...そうか。なら、最後に一つだけ行わせてほしい事がある」
僕の言葉が欲しかったのか、アリオスは突然剣戟をやめて何やら長い魔術を詠唱し始めた。
「...『神意に於いて我は身を費やし、其の形代となろう。崩天星群!』」
アリオスの式句の後、隕石がノートルドム大氷獄に降り注いだ。
僕にはこんな大規模魔法を使えないなあと、茫然と思った。
―――
「...なぜこのようなことをした?そして、何故グレアは死んだのだ?」
アリオスを無理やり引っ張ってきて、時々ガリアンの腕を見ながらも耐えて【戦車】に戻ると、待っていたのはセイタの詰問だった。
アリオスは素知らぬ顔をしていたが、その目はうなだれているエミリアの方を見ていた。
「...はあ。まあ、答えなくてもいい。大方、“軸”の進行が云々、と言ったところだろう?後に希望につながるのなら、私はもう何も言わないことにするよ」
半ばあきらめた様子のセイタと違って、ヴァルは徹底的に詰めるのかアリオスに食って掛かっていた。
しかし少しづつ勢いを失っていき、倒れた。
「...まあ、仕方ない。こうなってしまっては旅行も何もないが、まずは...酒でも飲む事にするか。その為に、レヴィオン王国に向かおう」
なぜそうなるのか、と言った視線が大量に突き刺さる中―――その中には今回大やけどをしたはずのアリオスのものも含まれていた―――、セイタはそう言い切った。
最高決断権を持つ彼の言葉には逆らえる筈も無く、重罪を犯したアリオス・ヴァルディアヌスをのせて【戦車】は一路西に向かった。
その間、車内は暗い空気感とアリオスの放つ青黒い魔人のオーラ、そして無言に包まれていた。




