ノートルドム大氷獄 その1
「...で?何か知ってるんじゃないのか、アリオス?」
「...いや、俺は知らない」
「では、別の“軸”だったらどうだ?恐らく知っていたのだろう、アリオス」
「...ああ。正直に言えば、こうなることは予測していた」
「じゃあ、なんで!」
「エミリア・ヴァルディアヌス。お前には分からないさ、後の未来のための調整をしなくちゃならない俺の気持ちは」
「~~~ッ‼レイ、止めないで!」
僕を脅かす可能性のある兵たちから離れ、安全な戦車内でいると、アリオスは自らの心を自白した。
僕が止めて居なければ、確実にエミリアはアリオスを斬っていた。そして、アリオスがそれに甘んじることも容易に想像された。
「...レイヴン・ヴェルドリア、そのうち分かる。俺の、斬りたくないものを切り捨てて生きて行く者達の心情がな...。」
苦しげに吐き捨てたアリオスの眼には、何かが写っていた気がした。
しかし、それが何なのかは僕には理解できなかった。
―――
僕たちを乗せた【戦車】は、次にメイデン帝国へと向かった。
ガルゴン王国と並んでレギュリア大陸の巨大勢力を持った国家の一つだが、侵略が多くお家騒動にも絶えないために存続できているのが王の手腕、つまりお家騒動に勝ち抜いた優秀な子息のおかげだと噂されている。しかも、そのお家騒動を隠さず伝えるのが帝国の原動力と言われるほどに包み隠さず捏造もせず正しい事実のみを伝えるのが有名でもある。
メイデン帝国首都、アイアンメイデンの中にある、レギュリア一血が流れたとされる場所―――ノートルドム大氷獄で、アリオスは
「ここでいい。俺は、此処でお前らと分かれる。...達者でな」
と言い残してふわりと降りた。その後ろには、お父様の同位体でもあるグレアがついていった。
「...これでいいのかな?」
僕は、引き留めることが出来なかった。彼の眼を見ていると、それが正しい事のように思えたから。
約、3時間後。
僕たちが入った宿にも響くような轟音が響いた。
慌てて寝間着のまま外に出ると、外には警備兵たちが詰めていた。
急いで戻って着替えると、先程の音の元だと思われる爆発が起こった。
「クソッ、化け物共が‼」
そう吐き捨てた兵は、横にいた僕を見るなり
「さっさとどけろ‼化け物のガキに殺されるぞ‼」
そう言って、また戦場に戻っていった。
僕は、人の焦った顔なら発作を起こさない、とほっとした。
再び轟音が聞こえ、僕の横には先ほど僕に忠言した男の死体が転がった。
首は千切れかけて血が噴き出し、身体全体が炭化していた。
僕は、これをした人物―――恐らくはグレア―――を倒さなければならないと決意した。
「...やあ、レイ。こんなところにいると危ないよ?まあ、早く避けなよ」
いつもの口調で、おはようとでもいう様な気軽さで、奥からグレアが現れた。
服装は変わらず、だがその目は赤く輝いていた。
後ろには見覚えのある青黒い光―――ガリアンとか言った、あの異形が持っていた光を纏わせていた。
「...グレア、いやお父様。どうしたんですか?」
深刻な表情でそう聞いてみると、
「ん?どうもこうも無いよ。ただ、僕は今アリオスの行動を阻害しない様に、捨て石になっているだけだからさ」
いつもの調子で返された。
「捨て石になったんですか?一番嫌いなやり方ですよね?」
「うん。でもさ、僕は今回の“軸”ではここで死ぬ運命なんだ。そして、アリオスが君に連れられて僕の娘が死ぬところを見るまでワンセットでね」
...子、と言ったはずだ。
でも、何かおかしかった気がした。
しかし、その思考は一瞬で打ち消して、僕は叫ぶ。
「...死なせるわけにはいかないッ‼」
「ま、そう言ってもらえればいいけどね。僕も、真の意味では暴走状態の神、<魔神>なんだ。それこそ、僕の忌み嫌うガイオのようにね。だから、遅かれ早かれ死ぬことになるんだよ」
そして、フィリップは軽く剣を振った。
それに恐ろしいほどの威力を感じて、僕はしゃがむ。
後ろで、建物が爆発した音がした。
「...え?」
その建物は、確実に僕たちが泊まっていた宿だった。
「エミリ―――」
叫びかけて、僕は口を止めた。
あのような爆音が鳴って眠っていられるのは流石にいない。全員が戦闘を経験しているようだったから、否応にも目覚めたのだろう。
「...ま、僕は今最高に気持ちが良いんだ。今なら、<流星聖歌>でも使えそうだ。使った瞬間に消滅するだろうけどね」
笑顔で、一周回ってすっきりしたような顔だった。
「さあ、僕を殺しなよ。そして、この先にあるアリオスもこのまま殺せばいい。そうすれば、未来でエミリアぐらいは救えるかもしれないよ?」
頸の横から、青黒い触手を出したグレアは、にこりと笑った。
「...殺す」
言いようのない自分に対しての怒りが、その言葉を出させていた。
「そうだ。僕を殺せばいい。殺して、破壊して、未来で救えるかもしれない希望に縋ればいい」
呟いて、グレアは自分の首に手を当てた。
「こうすればいいよ。全部、斬り捨てればいい。そうすれば、きっといい未来に辿り着けるから」
「もういい」
僕は、創った短剣を投げつけた。
グレアは、回避もせずにその心臓を貫かれた。




