清涼祭当日
一時間半後。
遂に学院長のアナウンスと共に生徒たちが動き始める中―――僕たちは一切動いていなかった。
何故動いてないか、それは分からない。
しかし、特別生学級の布をはがした途端、流れは変わる。
そう言った確信があったからだろう。
入場開始から5分後。ちょうど、僕たちの店に半数位の入場者が到達するだろうと思われる時間。
その段階で、僕たちは布をはがし、コーンを撤去した。
「酒場に栄えるのは、いつも笑いだろう。なれば、我々の作ったこの酒場に皆で笑いを湛えようではないか」
と、たった一言。そのたった一言のセイタの言葉は、誰かに聞こえたのか。それとも言霊式魔術と呼ばれる殆ど使い手のいない魔術を使ったのか、人を寄せる。
「...まあ、他の生徒たちの出すものは決まって粉物か保存のきくものばかりだからな。酒などと言うものは基本此処には出てこない。その裏を突いたいい作戦を練ったと私は素直に称賛するよ」
褒められても、褒められた気がしない。もしかしたら、こう言ったところにイアとユウがこの人を嫌う理由ああるのかもしれないと思った。
...30分後。僕たちの店は大盛況になっていた。
12席卓4つ、8席卓12個、6席卓8つにカウンター6席の最大246人収容可能な酒場な筈なのにいなくなる量とくる量が同じという事になり、収益率は元手である金貨45枚に対して4倍以上の金貨208枚、大儲けになった。
しかし、それで大きく稼いだ人が二人いた。それは―――。
「ほらレーヴァ、もっと飲んでよ!...情けないんだからなあ。そう思うでしょ、レイ?」
「う、うん...。」
「ふふん!レーヴァ、さあ、もっと飲んで大きくなるぞー!」
酒に弱いのか、酔って子供のようにはしゃいでいるエミリアと、
「...ゴメン、シン」
「別にいいよ。ま、この程度じゃまだまだ酔えないんだけどね」
「イア、酒樽二つ!」
「おい、無くなるぞ!?」
逆に、途轍もなく酒に強いのを見せつけてくれたシンだった。
それに火をつけられたか大量に飲む人が現れ、近くに緊急で<禁忌魔術 消失空間>をイアが使う羽目になった。禁忌魔術の禁忌の意味が薄れた日でもあった。
―――
営業の一切が終了するチャイムが鳴っても、人は残っていた。
店の中に残っている人はまだ居ていいと言う特例が出され、それから金貨6枚分の稼ぎを出し、ようやく一息つく。
明日は片付けがあるけど、エミリアは二日酔いのせいで動けなさそうだなと思う。
シンも二日酔いになりそうなものだけど、面倒だからと金貨12枚を出して酒樽をエミリアに挙げている辺り、案外酔いかけている状態で楽しんでいるんじゃないだろうか。
そういう僕だけど、結構酒には強い方らしい。
シンとは比べられないほど弱いけど、イアとは良い勝負をした。ユウは一杯飲むだけでつぶれていたし、セイタは今も酒樽10個目を飲み干しているのだけど。
一体どれだけ入るのかというぐらいに飲む人もいる中、僕はまだまだ空気に酔う事もなくまともな状態だった(シンもレーヴァもセイタもよっていないけど、こうやって冷静な状態でいるのは多分僕だけだ。イアは在庫がなくなりかけていることに嘆いているし)。
そんな中、エミリアはレーヴァの胸をもんでは「こんなにあるんなら、ボクにも少しぐらい分けろ!」とか訳の分からない事を言ったり、酒を飲んでは泣きかけていたりと中々に情緒不安定なのが気になった。
かと言ってそのことを聞こうとすればその情緒はさらに酷くなりそうだし、僕の力では止められそうにない。
ただ、そのまま放置していくわけにもいかず、仕方なく僕はエミリアに声をかける。
「大丈夫ですぐぁっ!?」
僕は訳も分からない。何故話しかけて殴られるのだ。
多少の義憤を覚えながらもう一度聞くと、「...なんだよ」と珍しく弱弱しく、しかし自嘲気味に言ってくる。
僕は、もう一度訳が分からなくなった。ただ、なんとなくいなくなるわけにもいかずに何も言わずにいる。すると、これまた珍しい事にエミリアはぽつぽつと話し出す。
「...ボクはどうせまた一人になる。そう分かってさ」
また、とは何のことだろうか。そう思って、僕は続きを急かす。
「...ボクは父親がだれか分からないんだ。母さんは、父親が自分の事を見捨てて家から出ていったって言ってた。ボクのお兄ちゃんを連れてね」
初耳だった。そんな話は、レーヴァもエミリアも一回も言っていない。
...ただ、どこかで似たような話を聞いたことがあるような、そんな気がした。
「僕たちはいなくならないですよ。だって、同じギルドメンバーじゃないですか」
僕がそういうも、エミリアの答えは暗いものだった。
「...いなくならない?そんなわけないよ。
母さんは死んだ。父親もお兄ちゃんも行方知らず。シンもレーヴァも、きっと結婚してボクから離れていく。そして、レイはレイのお父さんの後をついで領主になる。そうしたら、ボクたちは離れ離れになるよ。それなのに、一緒に居るなんて適当なこと言わないでよ」
この答えには、今のエミリアも冷静な判断力が残っていることに驚くとともに、自分の理想の未来なんて所詮は手が届かないものなんだ、ということを実感させられた。
確かに、僕はきっとアリオスでお父様の跡を継いで一帯の領主になるだろう。
シンとレーヴァは、あの仲の良さからそのうち結婚して子供を作って、エミリアから離れていくだろう。
「...ようやくわかってくれた?ボクは一人ぼっちになるんだ。そこには、何の希望もない。きっとボクは何もかも奪われて、みじめに魔物に食い殺されるのがオチだよ」
未来を見据えすぎたがために、そんな言葉を放つようになったのだろう。その言葉は自嘲気味どころか寧ろ甘えを持つ自分に対して言っているようにさえ思えた。
「...それでも、ずっといますよ。エミリアがどんな状況になっても、僕だけは」
なんて無責任なんだろうか。自分で言って、そう感じてしまう。
でも、きっと彼女はそうでもしないと生きていけないだろう。どう見ても、彼女は心が弱すぎる。
僕の人生だけで一人の人を救えるのなら、僕はそうしたい。
何より、エミリアをここで見捨てれば彼女は人を信じられなくなり、生きていくことすらできなくなるだろう。それが何より心配だった。
「...本当お人よしだよね、レイは。こんなんだと、悩んでいるのも馬鹿馬鹿しく思えてきた」
やっと心の枷でも取れたか、そう言ってクスリと笑うエミリア。
僕の恥辱の代わりにそう言ってもらえるのならば、それでも安いものだと思えた。
明日になれば、きっと彼女はいつもの調子に戻るだろう。
でも、今までとは違って僕が支えてあげなければ。いつもの堅い彼女は脆い内側を隠すために作られた覆面だと知ってしまった僕にとっては、その意思こそが重要に思えた。




