冰龍王
もう季節は二度目の春に近づいていた。
ラギアス天地は常に寒冷だが、何故か去年よりもさらに寒くなっている様な気がした。
何処かに、ラギアス天地を寒冷化させたという伝説の龍、『冰龍王イヴィン=レヴァイア』がいるそうだけど、もしかしたらそれに近づいているのかもしれなかった。
冰龍王の伝説は、ラギアス天地でも中央辺りにあった山脈、フロール山脈を越えた辺りから聞くようになったものだった。
もしかしたらレギュロス山脈を越えてレギュリア大陸についても、北の世界樹から真横に引かれるように世界地図に書かれる北方零度より北の地域ならばこの伝承があるのではないのだろうか。寒そうだし。
まあその真偽は置いておくことにして、僕たちは今レギュロス山脈を望めるほどにレギュリアに近づいていた。
レギュリアに着くためには銀銭500枚と言う相当重めな関税が必要となるけど、僕たちにとってはその金額などいくらでも払えるぐらいには金銭を所持していた。
寧ろ、2か月前に狩った赤竜の鱗一枚でその位の値だったのをよく覚えて居る。
と、なんだかんだで僕たちの道中はラギアス天地史上最大の国にしてレギュロスに直通している僕たちが最後に入るラギアス天地の国、極凍国家レギュラスに来ていた。
ここまで来るのにもう2年弱かかったわけだけど、何とか半年後―――つまり、僕たちの成人までには家に戻れそうだ。
...でも、ようやく旅の終わりが見えてきたことで、僕とシンには一抹の不安がよぎる。
それは、エミリアとレーヴァの事だ。
今まで友人として、仲間として言葉では言い表せないほど深くかかわってきたこの二人は、僕たちが自分たちの本来の居場所に―――故郷であるベルベッドへ、要塞砦市アリオスへと帰って行ったらどうするのだろうか。僕たちと共に居続け、そしていつか誰かと結婚し、アリオスで一生を終えるんだろうか。それとも―――僕たちがそうだったように謎の転移する森に引き込まれ、そしてグレス王国に戻っていくのだろうか。
「...レイ、大丈夫?」
未来の事を考え始めて頭に?を飛ばす僕の様子に気付き、シンはそんな言葉を掛ける。
「...レイ、変なの」
そうやって、レーヴァが小馬鹿にするように笑うのもいつかはなくなるのだろうか。
...いや、そんな事を思ってもいつかは決断する時が来る。それまでは、僕たちも楽しんでいていいのじゃないか。こんなことを悩んでいても何も解決しない。
そう思って、「何でもないよ」と返した。
エミリアの瞳に写る僕はどう見えたか。...きっと、情けなく見えただろう。
そう思うと笑えた。
―――
いつもの様に宿に少ない荷と荷を圧迫したがゆえに荷が少なくなった、普通に生活するだけならなくならない様な量を誇る金銭の山を置き、すこしばかりの金銭とがっつりとした耐寒装備、それに生命線(基本的には僕以外)の剣を持ち、いつもの冒険者ギルドへ赴く。
『...。』
すると、初めて聞いたようにも思える無言が僕たちを迎えた。
此処で無言なんて、パーティメンバーが死んだギルドでしか見かけない。
そう思って周りを見渡すも、誰もいない。
依頼板はそのままあり、その依頼の受付もいる。
ただ、冒険者のみがひとりもいなかった。
そして、依頼板を見ると―――そこには[緊急依頼 冰龍王の封印]という端的な言葉があった。
それを持って皆で受付の者の所に行くと...「また死する人が現れるのか...。」という言葉をくれた。
きっと、この人が喋らなかったのは絶望してたからだろう。
それを勇気づけるために、「大丈夫ですよ、僕たちは龍王も一回倒してるんですよ?」という。
しかし、其の受付の人―――少し髪が薄くなり始めていた男―――は「...極寒の中、冰龍王に敵うものはいない」と言い、また顔を俯けた後に受注を認証し、僕たちを送り出した。
「...若者よ、死することなかれ」
その言葉は、僕たちアストラル・デスティニアが幾度も聞き、そして行ってきたことだった。
旅する者達に教会の司祭が言ったとされるこの言葉は、形を変え人を変えてこのように根付いていた。
勿論と返したいところだったけど、あの戦いからしてシンが謎の力を発動させ、僕が恥ずかしながらだけどキレたから早く終わったのであって、今回ばかしは相手に環境の利もある。
ただ―――そんなこっちにも、一つだけ有効打があった。
「...氷が相手なら、この剣が重要になってくるかな?」
そう言いながら、シンはこの地ではほとんど使われなかった、背にある大剣―――焰尾大剣パーシヴァルと名付けられたその剣の柄を軽くたたく。
この剣は、パーシヴァルの前足をも切り落とした鋭さと、こうやってパーシヴァルの尾鱗でできた鞘に納めていなければ周りが自然発火するほどの高熱を持つ。
無論、尾に込められた力は相当なものであり、周りの鱗などであればきっと融解するだろう。
...きっと、また生き残れる。
そんな甘い希望に縋りながら、しかしその希望を燃やし尽くそうとしながら、僕はそう思った。
―――
目覚めた龍は、ラギアス天地を自らの領域のように―――すべてを氷で覆われた場所とするように冷気を放出していた。
自らにあだなす弟は眠りにつき、この地は自らの領土となる。
そして、共にニンゲンと暮らす。
そんな甘い希望を抱きながら、彼女は自らに敵対するニンゲンを一つ、また一つと、自分と暮らせるように―――氷の世界で生き続けられるように氷像に変えていった。
ニンゲンがそれで死することなど知らずに―――。




