アリオス幼年学院
僕は、今幼年学校にいた。
キッカケは、確か僕が5歳ぐらいになるころだった筈だ。
―――
「...長期の定期観察、ですか?」
お父様が言ったその言葉は、僕にとっていやな思いでしかないものだった。
定期観察。それは、自らの領地を持つ物が負う宿命のような物らしい。
そんな事を全くしない人もいるらしいけども、お父様はそれで裏切られればたまらないからとこうやってたまに観察に行くのだ。しかも、一端の旅行者然とした姿で。
少し前にも観察に入っていたけど、その時は2週間ほどで帰ってきていた。
ただ、お父様の言う長期、というのが少し気になった。
「うん、長期。大体3ヶ月から長ければ半年ぐらいになるかもしれないね」
そんな事をいけしゃあしゃあと仰られても、といった感情は封印して僕はシンと共に顔を見合わせて、そののち苦笑する。
「分かりましたよ」
でも、そんなに素直には生きられない世の中、僕はその言葉に「ですが」という言葉を付けることを忘れない。ここ等辺は、外に出て交渉をしていると培われるものだ。
ちょくちょく料理人さんの依頼を受けていてよかったと思いながら、僕は紡ぐ。
「流石に、その間の僕たちの場所はありますよね?」
「...なんだか、レイはしたたかになったね」
溜息を吐きつつもそう言うお父様に「何のことでしょうか?」と嘯いておきながら、お父様を見つめる。
すると諦めたように肩をすくめると、「...考えておくよ」という何とも頼りない答えをくださった。
と、これが春も始まりかけたころの話。
そして、春を待ち望んでいないのに無慈悲な時はお父様と共に僕たちを連れて行き―――気付けば、僕達はこうやって幼年学校にいた。
―――
幼年学校はこのベルベッド共和国では原則すべての街にある。
そして、この街・アリオスもそれは例外ではなかった。
アリオス幼年学校。シンが前創りなおし、若い姿になったアリオス・ヴァルディアヌスの名前をそのまま戴いているこの学校は、その名だけあってか特例措置として2期生で魔術、最上期生で剣術の訓練が行われる(魔術は適性の無い人は振り落とされて魔方陣だか何だかと言うものを書かされる。
後は、本来なら魔術も剣術も次の学院=尋常学院でようやく触れることが出来る物だったりする)。
そんなところに入っている僕達は、一応『貴族の嫡子は貴族の家においてのみ育てられる』という風習のために平民に幾らでもいるヴァルディアヌス姓を騙っていた。
シンは何か感じる部分があるみたいだったけど、本人が口に出さないものだったから僕には知り得ない事なのだろうと思った。もしかしたら、昔のあそこにいたころの思い出なのかもしれないけど―――なればこそ、僕は聞き出すことが出来なかった。
とまあ、そんな感じで日々は流れる。
お父様から聞いていたことだけど、一期生の頃に学ぶ内容は読み書きの練習に計算の基礎、後はかいつまむ程度のベルベッドの歴史に魔術の基礎など僕が知り尽くしていることだった。
シンも半年ぐらいしかそういうのに触れる期間は無かったはずなのに、そう言ったものを殆ど完璧に理解していた。
殆どと言うのは、たまにシンが見当違いの事を言うからだ。
ただ、それはどうやら昔―――それも、今から大体1200年ほど前まで―――にベルベッドで使われていた言葉らしかった。
なんでそんな事を知っているのか、と尋ねてみても毎回「知っているものだから仕方ないよね?」と笑顔で返されてしまう。それに反論できず矛を引っ込めてしまうから僕はだめなのだろうか。
ともかく、一期生の間は特に何もなかった。
しいて言えば、僕達が夏の果てに行われたリレーと一人一人対抗の走行大会チックなものに於いて、僕達がぶっちぎりで優勝したことだろうか。
それを特筆すべきことと言えばそうかもしれないが、それは面倒臭いところだからリソースを裂かなかった、と思っていただければ幸いだ。