Case:8
ラージュちゃんが意識を失ってから幾許か経過した。
「先輩、ラージュちゃん大丈夫っすかねー?」
「わからん、だが今はルガールの夢に頼るしかない状態だから待つしかないだろう。」
先輩も心配なのか、天を仰いだまま、時折ラージュちゃんに目を向け、様子を伺っている。
『えー、近くに隕石が通ります、大きく揺れますのでご注意ください。』
「はー、当たったらやばそうっすね。」
「揺れは直に来るだろうからな、場合によってはアンカーが抜けるかもな。」
「怖いこと言わないで欲しいっす……うぉっ!?」
突然車体が揺れたかと思うと、窓の外を巨大な隕石が通過する。
「危なかった、ラージュちゃん落ちちゃうとこだったっす。」
「ぅ、あ……?」
「おや、意識を取り戻したか。」
「大丈夫だったっすか?」
「が、ぐ、る……」
獣の唸り声、開かれた赤い目。
思わず手を離しそうになるも、理性で堪える。
「ぐるぁぁっ!!」
掴んでいた手を払われる、まずい、このままではラージュちゃんが旗の外に出てしまう!!
「先輩、鎮静剤と青銀を!!」
「がぁぁるる!!」
「ちっ、間に合わんっ!!」
暴れたラージュちゃんが旗の外に飛び出す、目の前では惨劇が……
「あれ……?」
「わぅぅ、がるぁっ!!」
他の乗客のようなことにはならず、こちらに向かって何度か吠えると走り出していく。
「先輩、もしかしてもう出ても大丈夫っすかね?」
「いや、薬剤を射撃した時に範囲外に出た薬剤が気圧差で破裂したことを見ると違うだろう。」
……人狼と化したラージュちゃん、八方塞がりの現状。
先輩も頭を抱え悩んでいるように見える。
「どうしますかねー、どうも出来ないっすけど。」
「ルガールは何故内圧と外気圧の差に耐えられたか、それさえ分かれば我々も行けないことは無いが……」
ピ-ガガ……
『なんだお前、どうして俺の宇宙で動いてる!?』
『ぐがるる……ぐぁぁぁっ!!』
ザ-ッ……
「今の……」
「もしかしたらルガール1人で行ったのか!?」
ノイズの混じる車内放送に耳を傾ければ、更に会話が続く。
『くっそ、訳分からん人狼め……これで死ねっ!!』
「うおっ、また隕石!! しかも当たるっす!!」
「ジース、しっかり掴まれ!! 振り落とされるぞ!!」
車体に隕石が被弾し突き抜ける。
車体の1部に大きな穴が空きそこから綺麗な星々が瞬いているのが嫌でも見える。
「第二波来るっす!」
「直撃コースなら……!!」
再び飛来した隕石は旗の範囲に直接当たり、その姿を消す。
「やはり幻実性を持っている、気を確かに持てジース!!」
「幻実性を持ってても揺れはどうしようと無いっすよ、しかも第三波っす!!」
『ぐがぁるるぁぁぁ!!』
『痛、ぁぁぁぁっっっ!! コノヤロウ、コノヤロウ、刺しやがった、クソッ!!』
再び聞こえた車内アナウンスと共にチャンネルを変えたテレビのように暗転する。
すぐに視界が戻れば壊れた車内は元に戻り、窓の外には月明かりと共に田園風景が映し出される。
「行くぞジース、ルガールに加勢だ!!」
「はいっすよっ!!」
旗から立ち上がり、一気に車内を駆け抜ける。
他の客はまだ現状を理解出来ていないのか、当惑した表情で周囲を見渡し、自身の顔や身体に触れている。
『が、ぅ、ぅ、あぁー!!!!』
「ちっ、ラージュちゃん!!」
『なんだコイツ、何もしてねえぞ!! ちっ、抜けねぇ!!』
ラージュちゃんの悲痛な叫びが車内アナウンスに乗る。
1つ、2つと車両を走り抜けてやっと先頭車両まで突入すると、そこには倒れたラージュちゃんと実体の無いモヤの車掌が足に否幻実性アンカーフラッグを刺されて悶えていた。
「お、お客さん!! 助かった、そこの人狼がいきなり襲ってきて、良かったら抜いてくれないかい!!」
「私は魔人間治療更生局保護研究班長のヘファスタ・アメノマだ、貴様の名は?」
「ちっ、敵さんかよ、通りで死んで生き返ったのに既にピンピンしてるわけだ!!」
「アンタ、この子に何したんすか?」
「何もしてねえよ、強いて言うならこの旗を刺されたら俺の宇宙が消された、それだけだ!!」
嘘をついている口振りではなさそうだが、何故ラージュちゃんが倒れて呻いているかの説明がつかない。
「私たちに従えば拷問はしないと約束しよう、貴様の名と役職は?」
「ちぃっ、既に拷問の痛みなんだよ!! メタヒプノソーゼ第1魔性研究事務局、第1鹵獲課課長のケンジ・トレイナー、これで十分だろ!? 早く抜いてくれ!!」
「貴様が再度幻実性を発揮しないと限らないから抜くことは出来んな。」
「なんだよ、拷問してんじゃねえか、本当のこと言って損したぜ。」
ケンジが苦痛に顔を歪めながら悪態を吐く。
「が、ぐぁ、んん……」
「ラージュちゃん、気付いたんすね!!」
「ぁー、ぐぁー……」
「全く何なんだよ、この人狼の嬢ちゃんは!?」
俺が頭を抱えると同時にケンジも頭を抱えたため、微妙な空気に包まれる。
先輩は既にケンジを調べる段階に入ってるのか、自身から伸びるコードをケンジの背中に差して先輩自身の生体コンソールを開いている。
「もう動かないで欲しいっす、青銀打つんすから!」
「殺そうとした俺が言うのもなんだが、お前らよくそれでチームとして成り立ってんな!!」
「ぐるぁぁっ!! がぁぁ!!」
暴れるラージュちゃんの腕に注射器を差し青銀エーテリウムを流し込む。
「あ、ぅぁ、ぁ、れ?」
「今度こそ気付いたっすか?」
ようやくラージュちゃんが意識を取り戻し、覆われていた毛が消えると同時に周囲が昼に戻る。
「あー、俺ぁ命令ではお前らと刺し違えても止めてこいって命令を受けてんだが、殺さねえならもう邪魔しねえから俺の話を聞いてくれ。」
「ふむ、内容で判断しよう。」
「間もなく終点のメタヒプノソーゼ南駅だ、俺ぁこの旗のせいで自動ブレーキが掛けらんねぇから早く手動でブレーキを掛けろ。」
ダッシュで列車の操作盤に近付くも、。
「なんすか、これ、どれっすか。」
「ジース、左手のレバーだ。」
「あってるが、何でお前が知ってるんだ。」
「今お前の脊椎から情報を奪ってるからだ。」
「じゃあもうすぐヤバいってことも早く気付いてくださいよ!!」
「それなら最初の強迫要らなかっただろ!!」
重たいレバーを引くと耳を劈く金属音が車輪から響き、車体をグラグラと揺らしながらゆっくりと停車する。
「よし、それじゃあコイツを抜いてくれ、そろそろ失血性のショック死しかねないんだよ。」
「ふむ、情報も粗方確認したから抜いてやろう。」
先輩が一気に引き抜くと足から多量に吹き出し、同時に幻実体になったのかすぐに出血が止まる。
「あー、くそ、お前ら逃がしたからクビだな俺ぁ。」
「ウチで治療を受ける分には私の名前を出せば行けるぞ。」
「んー、誰にも迷惑かけなきゃ何でもいいだろ?」
「あまり良くは無いっすけど、今は急ぐっすからねー。」
「魔人間症患者は自治体の研究所によって規則が変わる、誰にも迷惑をかけずに管轄域に入らなければ我々からは何も言うことは無いな。」
先輩がケンジに背を向け、俺らに来いとジェスチャーする。
「行かないんですか、ジース先輩。」
「あぁ、今行くっすよー。」
「ありがとな、あんちゃん達。」
閉まる寸前の操縦席からそんなことが聞こえた気がした。