Case:2
小鳥達のさえずりで意識が回帰する。
机に突っ伏して寝ていたせいか顔と後頭部に強い痛みが走る。
彼女の治療が終わったのだろう、窓からは約1ヶ月ぶりの陽の光が研究室に差し込んでいる。
「久しぶりの朝日は目に沁みるな……」
魔人間症は世界に影響する。
今回の人狼株の影響は常夜の満月、治療までの間日が昇らず満月が出続けていたのもそういうことだろう。
「先輩、ラージュさん目を覚ましたらしいっすよ。」
「外を見れば分かる、久しぶりの朝が来てるからな。」
「うわ眩しっすね、ブラインド閉めましょうよ。」
「お前さ……」
数日ぶりの日光だと言うのにその言い草は無いだろう。
「で、ラージュさんが治ったってことはまた罹患者探しっすか〜?」
「1人が治れば1人が罹る、それが魔人間症の特徴だから仕方な……」
私たちの会話を遮るようにアラートが鳴る。
「なんすか、もう見つかったんすかぁ……」
「早く見つかった方が被害は少ないんだから良いだろ。」
「誰も発症しない事が1番いいっすよー。」
『モルフォフェウス郊外の農村地区にて、多数の住人のバイタル異常が発生。』
さて、ガスの類か幻実性異常か……
「先輩、これは防護服必須級っすね〜。」
相変わらず軽く言ってくれるが、テキパキと準備は進めてくれている。
「そうだな、メンバー全員に連絡しておいてくれ。」
「もうメッセ送っときましたよ、んじゃ、気張って行きましょーか。」
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局から出発して20分。
モルフォフェウス郊外の農業地区に着いた私たちは言葉を失わざるをえなかった。
そこにあったのは死んだ大地と言えばいいのだろうか?
農作物は目標地点を中心に放射状に枯れ果てており、野鳥や野良猫まで全て死に絶えていた。
「毒ガスにしては、綺麗な円になってるっすね。」
「あぁ、これは幻実性異常の類だろうな。」
幻実性魔人間対策班がラットを放つと、エリア内に入ったラットから衰弱死していく様が目の前で繰り広げられる。
「範囲内の生命体全てが死ぬ魔人間ってなんなんすかねえ。」
「会って見りゃ1発でわかるさ。」
「ここ入るんすか!?」
「あぁ、それが私たちの仕事だからな。」
「否幻実性アンカーフラッグ準備出来ました!」
「丁度準備もできたようだしな。」
幻実性魔人間対策班からの連絡を受け、各車内を確認すると既に全車にアンカーフラッグが立ててあり、予備のアンカーフラッグも既に設立準備がされている。
「これ1本に僕らの命がかかってるんすね。」
「触るなよ、それ自体も鍛治神の魔人間が設計してくれたある意味異常物品だからな。」
「ひぇ……」
中央に近付くにつれて緊張により喉が乾き、唾液が異常に分泌される。
乾燥した空気に触れた目はやや痒みを持ち、視界を時折歪ませる。
5分も経っていないだろう。
車を進めた先には、枯れ木に身を任せ膝を抱えている黒いローブを来た魔人間の姿が目に入った。
「死神か。」
農地、死に絶えた生命体、黒いローブと大きな鎌。
パズルのピースが全てハマったかのような感覚に少しだけ笑みを零してしまいそうになりながら、無線を送る。
「総員、アンカーフラッグを立てつつ目標に接近し、耐幻実性移送用チャンバーの準備も頼む。」
アンカーフラッグを車外に立てながら無線を続ける。
「俺が説得するが、抵抗する場合は総員での拘束用アンカーでの射撃を頼む。」
その場合は私は生きていられるか怪しいが、出来れば手荒なことはしたくない。
特に今回のような大規模な死者が出たであろうインシデントは、魔人間側のメンタルケアの観点から、なるべくことを荒らげたくは無いのだ。
「失礼します、少しお話よろしいですか?」
「あれ、僕の近くなのに生きてる……?」
「あぁ、この旗のお陰でしてね、こちら国立魔人間症治療更生局と申しまして……」
死神とかした骨の少年?が、安心したかのように笑顔のように頬骨を動かす。
「じゃあ、僕治るの!?」
「かならず治療してみせます、それが私たちの役目ですから。」
「あ、でも……。」
声のトーンが下がる、凡そこの状態で街に行った場合の被害を考えているのだろう。
「ご安心ください、当局までの移送、及び当局内でもその幻実性を抑える技術がございますので、これ以上の被害者は出さずに済みます。」
「よかった……なら、直ぐにそこについて行くね。」
素直な少年で良かったと思っているのはこちらの方こそと言いたいところであるが、口には出さずに移送班に連絡を送る。
「ただ、あちらに着いたら少し問診がありまして、そちらはご了承頂けますでしょうか?」
「うんっ、僕の知ってることならなんでも聞いて!」
移送用のチャンバーが到着し、彼に乗ってもらう。
「総員、幻実性の流出に気を配りながら局へ帰還せよ。」
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死神株の魔人間症を罹患した少年は、素直に否幻実性の保護房へと同行してくれた。
24時間の経過観察の後、少年のメンタルケアの観点から、早めに治療前の問診が始まった。
「保護No.46425さん、今から問診をはじめさせていただきます。」
「まず、自身のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、イスタラ・ディスメテールです。」
「……はい、市民No.004253949のイスタラ・ディスメテールさんですね。」
イスタラ少年は元気そうに「はいっ!」と返事をする。
魔人間症に掛かる前から素直で良い子なのだろう。
「性別は男性、4人兄弟の末っ子さんですね?」
「凄い……なんでも知ってるんですね。」
骨しか無いのにキラキラとした表情を向けていることがわかる。
「ふむ、治療となると耐神性スティライダを使用することになるのですが、薬物に対するアレルギーなどはございませんでしょうか?」
「えっと、ごめんなさい、分からないです……」
ふむ、これはアレルギーパッチテストなども必要だろうか。
「まずはアレルギーパッチテストの後、大丈夫な様でしたら耐神性スティライダと再発防止の減衰性ポキシエル、還元テリクシャーといったところですかね……」
「死神株は中々類をみない魔人間症ですので、治療には3ヶ月ほどの見込みとなりますが……」
「大丈夫です、これからよろしくお願いします!!」
凄くいい子だ……
国立魔人間症治療更生局はその症状の重さとは裏腹に、イスタラ少年の素直さに皆が微笑みを浮かべていた。