Case:1
夜闇に遠吠えが鳴り響く。
骨の砕かれる音と湿った咀嚼音が静寂に染み渡り、街の人々を恐怖に陥れる。
大天使の名を冠した街、モルフォフェウス。
ここでは今、奇妙な伝染病と、それにまつわる連続怪死事件が頻繁に発生していた。
「はぁ、はぁ……っ!!」
あれからどれくらい逃げ回っただろう。
夜の路地裏で赤い目を光らせてソレはそこに居た。
黒く大きな身体、鼻腔に突き刺さる獣臭……
グルル……
そして、恐怖の根源とも言える低く恐ろしい唸り声……
「いやあああああああああああぁぁぁ!!!!」
──────────────
「総員、確保!!」
少女の叫び声に反応して飛びかかった罹患者に対して、多数のアンカーを撃ち込む。
少女の首筋から数mm先のところで口が止まり、辛うじて死者を出さないことに成功した。
「が、ぐ、ぁ……っ!!」
「抵抗が激しい、鎮静剤を撃て!!」
「え、なに、こ、れ……?」
突然のことに混乱しているのだろうか、少女は罹患者とこちらを交互に見ている。
「大丈夫ですか、ただいま彼女を捕獲致しましたので、ご安心くださいませ。」
「いや、ほか、捕獲? え、彼女、え、えぇ!?」
酷く錯乱している、よっぽど襲われる恐怖に怯えていたのだろう。
「申し訳ございません、混乱されていると思われますが、状況確認にご協力頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい、大丈夫、です。」
「まずは市民ナンバーとお名前の方お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「えっと、00265105のラージュ・ルガールです。」
「今回追いかけられていた罹患者との御関係などはございますでしょうか?」
「いえ、物音が聞こえて、それを見に行ったら、アレが……」
呼吸、視線……
察するに、何か隠していることだけは何となくわかる。
「畏まりました、ご回答ありがとうございます。」
「こちらの罹患者は当センターで引き取らせて頂きますね。」
「……!? そのっ!!」
引き取るという言葉に反応したのか、こちらになにか言おうとする。
「えっと、罹患者ってことは、病気でああなったんですか……?」
「はい、詳しいことは省きますが彼女の姿と気性は病気によって引き起こされてます。」
「その、治療頑張ってください……!!」
少女は路地裏へと走り出してしまった。
先程路地裏で襲われたのだろうに勇気があるというか、むしろ何か裏があって路地裏へと隠れていたのか……
「先輩、そろそろ行きますよ!!」
「あぁ、すまん。」
──────────────
鎮静剤の影響か、それとも凶暴化していた理由が別にあるのか。
どちらであるにしても保護房に入れるまでの間、罹患者は暴れることなく素直に同行に応じた。
48時間の経過観察の後、治療前の問診が行われた。
「保護No.46424さん、今から問診をはじめさせていただきます。」
「まずは、自身のお名前は思い出せますでしょうか?」
「ぐぁ、がる……るぁー、じゅ、るが、ー、る。」
「ふむ、アナタは市民No.00265105のラージュ・ルガールさんなんですね?」
罹患者……ラージュはグルルと喉を鳴らし静かに頷く。
さて、第一発見者と罹患者が同一同名の同ID。
「質問を変えましょうか、アナタの性別は?」
「ぐる、おん、ぐぁ……」
「発症してからここに来るまでの記憶は全て残っていますか?」
無言で首を横に振る。
「誰かを襲った、そのような事は?」
「ぐ、ぐぁ、かれ、し。」
「ふむ、この少女に見覚えは……?」
「が、grrrrr、ぎゃぅっ!!」
写真を見せると正気を失ったかのようにヨダレを垂らし、威嚇するように声を上げる。
回答内容と心電図から察するに、彼女は嘘をついておらず正直に回答していると見受けられる。
「鎮静剤と遡行薬、液体青銀エーテリウムとPTSDによる再発防止のために減衰性ポキシエルを投与して下さい。」
「このタイプの人狼株であれば、3週間もあれば完治するはずです。」
「ggggg、aaaa!!」
今にも拘束を解かんと暴れるラージュ、ラージュの名を騙る謎の少女。
国立魔人間症治療更生局の灯りは今日も消えることは無い。