6話 GⅡ チューリップ賞
3月2週 阪神 1600m 芝 右
GⅡ チューリップ賞(牝馬限定)
「4戦目にして1番人気が当然に思えてしまうのは、自惚れかしらね。さて、油断せずに行きましょうか」
智子の言葉に、皆が頷く。
「やっぱり、今回も馬なり?」
「んー。それも悪くないけど、今回は本番に向けての予行練習として、切り札を使うわ。朝日杯フューチュリティステークスに勝ったスノーベリーが桜花に直行したからね。ステップレース無しなんて、王者そのものよね。あ、女王か。ソヨカゼの2歳女王になる計画を、見事に潰してくれたわ。まあ、その借りは桜花で返すとして、今回の相手は阪神JFで二着のカシスレーベルよ。前回勝っているとはいえ、油断は禁物」
「してないから」
巴は反論する。
「ふふふ。甘い甘い。私は残り200mでソヨカゼと並んでいるか、もしくは前にいると思っているわよ」
その言葉に一同は驚く。
どこか漠然と、ソヨカゼの勝利を確信していたからだ。
「それは何故?」
「今回、ソヨカゼは外枠。なのに内枠に逃げ馬が4頭であとは先行馬ばかり。むしろ差し馬がカシスレーベルくらいなのよね。きっと、バカみたいなハイペースになるわよ。1600とはいえ、うら若き乙女たちがするの。普通ならレースが破滅するレベル。成長時期だからこそ、馬の力を100%引き出すことが如何に難しいか。巴もソヨカゼ以外に騎乗する時は、頭に入れておきなさい」
巴は母の言葉を心に刻んでいた。
「ハイペースで破滅しないのが、ソヨカゼとそのカシスレーベルってこと?」
「ノブ君、正解よ。どうせ巴は新馬戦の時みたいに、大外をずっと走らされる事になるわ。これでもかというくらいに、内へ行かせて貰えないわよ。でも、ソヨカゼはそんな事では潰れない。そして、カシスレーベルに騎乗している武田君は、そのソヨカゼとの距離を確認しながら、ペース配分するわね。そして、直線で……」
まるで目の前でレースが行われているように、ありありとその光景が広がる。
「だからこその切り札か」
信忠に対して、智子は満足そうに頷く。
「でも、切り札を使うのは残り200mを過ぎてからよ。いいわね?」
ゲートが開いた。
各馬一斉にスタートする。
いつものように、綺麗なスタートをソヨカゼは決めた。
お母さんが言ってた通り、熾烈なポジション争いになってる。
ここから400mの直線、もしかしなくても内に入れる気がしないわ。
とにかく、このまま最初の3コーナーまで行くしかないわね。
逃げ馬が爆走する中で、先行でもスタートの良かった馬まで前目に居ようとしていた。
それはハイペースが確定した瞬間でもある。
そのスピードについていけない馬や、あえて抑える馬が下がると、すかさずその隙間を埋めるように寄せていく。
3コーナーに入った。
ここから4コーナーの終わりどころか、直線の途中まで下り坂になるわね。
その所為でスピードが出るけど……
今、半分の800mを通過した。
って、嘘でしょ?
45秒台?
馬場の荒れやすい阪神で、これはいくらなんでも早過ぎるでしょ。
巴は少しずつ寄せながら、他馬の様子を見た。そこには既に苦しそうな馬たちがいる。
やっぱり……
ソヨカゼは、良かった。
大丈夫そう。
むしろ3歳になって、さらに成長してるんだ。
4コーナーが終わる頃には、ソヨカゼは先頭にいた。
ここから残り200mまで下り坂。
それを待っていたとばかりに、カシスレーベルが猛追撃を開始する。
内にいるソヨカゼ、その外からカシスレーベル。
下り坂から登り坂に変わる直前で、カシスレーベルはソヨカゼに並んだ。
鞍上の武田は愛馬を励ます。
「頑張れ!頑張れ!」
それは見る者の心を動かし、応援したくなる光景だった。
だが、同時にそれは騎手である巴の闘争本能に火をつける。
「ソヨカゼ、行け!」
巴はソヨカゼに切り札の合図を送る。
ソヨカゼは「じゃあ、いっくよー」とばかりに、頭を低くした。
地を這うような走り方に変わり、それに合わせて巴も姿勢を変える。
真冬の間、ずっとソヨカゼと練習してきた走り方だ。
巴は天性のバランス感覚で、ソヨカゼに負担の少ない姿勢を維持する。
そして、ソヨカゼは加速する。
1度は並んだカシスレーベルを半馬身、1馬身と離していくと、ゴールした時には3馬身まで離した。
『これがソヨカゼだ!強い!強すぎる!見事、GⅠ馬の力を見せつけた』
アナウンサーがそう言うくらいに、実力を見せつける勝ち方だった。
【ソヨカゼ】
スキル:スタート・二の脚