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17話 GⅠ KGⅥ&QES


8月1週 アスコット 2400m 芝 右

GⅠ キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス


競馬の歴史は古い。

人が馬と共に生きるようになってから、世界中で行われている。

日本においても、競馬くらべうまとして679年に行われているのが日本書紀に記載されているぐらいだ。


だが、近代競馬が生まれたのはイギリスからだ。

1700年代、江戸時代の頃イギリスにて小柄な欧州の馬と大柄なアラブ馬とを掛け合わせる事で、初めてサラブレッドが誕生する。


ダーレーアラビアン

バイアリーターク

ゴドルフィンアラビアン


この原初の三頭から全てが始まる。

そこからさらに世代を重ね続け、そうして生まれたのがエクリプス。


現代ならサラブレッドとしては小柄に分類されるが、当時としては化け物クラスの大きさの馬だ。

そのエクリプスの祖先はダーレーアラビアンであり、現代のサラブレッドの98%がこの流れである。




そして今、その流れを受け継ぐ馬たちが、イギリス王室所有のアスコット競馬場へと集まる。


己の愛馬こそ、最高だと証明する為に。







「さてと、正直なところ欧州で戦う事になるとは思ってなかったわ」


苦笑いしながら智子は言う。

とは言え、国内のローテーションで悩んでいたのも事実。いっその事、全部海外にしてやろうかと自棄になった事もあった。


「悪い。俺の我が儘に付き合わせて」


申し訳無さそうに信忠が言う。

信忠も悪いとは思っていた。

ただ、それでも引けない想いがあるだけだ。


「いいわよ。私も悩みから解放されたもの。さあ、コースの説明からするわよ。ここ、アスコット競馬場の特徴は、見たまんま三角形のコースって事。当然、コーナーが肝になるわ。その為の特訓したわよね」


智子の言う特訓を思い出し、巴は頷く。


「ええ。まさか、信忠がいつもアレが出来るとは知らなかったわよ。通りでソヨカゼがコーナーで馬体を傾ける訳だわ」


ソヨカゼの独特なコーナーリング。

その理由は、山道にあった。

直線と急カーブが連続するその道。

ソヨカゼは当たり前のように、思いっきり馬体を傾けてコーナーを走っていた。


信忠にとっても、それが当たり前だった。問題は巴だ。いくらバランス感覚が優れているとはいえ、それでも習慣として慣れてはいない。

そこで、ソヨカゼのローテーションにゆとりを取り、可能な限り牧場で巴を鍛える事になった。


「慣れると楽しいだろ?」


信忠が笑いながら言う。


「ええ、本当に!コーナーのたびに吹っ飛ぶかと思ったわよ!」


走るというより、跳ねるに近い曲がりかただ。巴の言葉も仕方ないだろう。


信忠はそれには答えずに、苦笑いする。

なにせ、特訓中はソヨカゼからクレームの嵐だった。それぐらい馬にとって、背に乗せる人がバランスを崩すと迷惑なのだ。


「まあ、その甲斐あってコーナーは問題ないはずよ。馬場も大掛かりな改修工事をしてるから、昔に比べてかなり走り易くなっているわ」


「それなら、何が問題なの?」


「ふふふ。決まってるじゃない。ライバルたちよ。今年ダービーの中のダービー、イギリスダービーを勝った馬や、昨年KGⅥ&QESを勝った馬。さらに昨年凱旋門賞を勝った馬までいるのよ。相手にとって不足なんて無いわ。こんな豪華メンバーと戦えるなんて、最高な事よ」


智子の中では、欧州の芝の重さは問題にしてなかった。

ソヨカゼのパワーがあればアスコット競馬場の芝なら問題無いと考えていた。


念のためだが、イギリスでも日本のような軽い芝の高速コースもある。


「ああ、その通りだ」


信忠は不敵に笑いながら同意する。

その最高のメンバーの中に、アリスブラックの仇がいるのだから。


「ふふふ。最高な事が1番の問題なんて……素敵じゃない」


「でしょ?あと、巴には関係ないけど、一応伝えておく事があるわ。ここ、イギリスだと鞭を使う回数が決まってるの。その回数を超えると降着処分になるわ。だから、鞭を使わなくても、使ったと思われるような行動もやめなさい。いいわね?」


智子の言葉に巴は頷く。


「最後に、ドバイワールドカップを勝つ意味、それを実感して来なさい!」






『……they are off』



各馬が一斉にスタートした。

そして巴は洗礼を受ける。

両脇にいる馬から、これでもかと体当たりをされた。


「舐めるなー!」


そんな事で、巴は凹まない。

秋華賞の体験は、確実に巴を強くしていた。

そして、ソヨカゼも「なめるなー」とぶつかり返す。



『……into the first turn』



直線の攻防を経て、真っ先に1コーナーに飛び込んだのは、もちろんソヨカゼだった。

その時、コーナーで併せてくる馬がいた。


「それも、知ってる!」


巴の声に、ソヨカゼも「させないから」と言わんばかりに馬体を傾け、信じられないスピードでコーナーを走り抜ける。


その光景に驚いたのは、誰よりも名馬に騎乗している騎手たちだった。


どこかで侮っていた。

いくらドバイワールドカップを勝っているとはいえ、牝馬で新人騎手なのだ。

フロック(まぐれ)と見られても可笑しくは無い。



だが、一流故に直ぐにその考えを修正してくる。

それは正真正銘の対等な倒すべき敵として。



ソヨカゼとの距離を計算し、常に射程に入れ続ける。

そして最後のコーナーを曲がり、3度目の直線でソヨカゼに並ぼうとしてきた。


「負けるもんかぁー!」


巴は吠える。

だが、一頭、また一頭と並んできた。


既に切り札も使っている。

これ以上はソヨカゼのスピードを上げる訳には行かない。


巴が葛藤する中で、並んでいたライバルたちが、少しずつ離れていく。



それはソヨカゼのスピードが上がった訳では無かった。

速すぎる速度に酸素が薄くなり、他の馬たちは呼吸するのが苦しくなったのだ。


口を開け、なんとかしようと馬たちは頑張る。それでもどうにもならない。



だが、ソヨカゼは違う。

高地トレーニングをするアスリートのように、標高がある山育ちだ。

息苦しさを微塵も感じさせない。



結果、そこから3馬身突き放しての圧勝だった!


「ふふふ。よし!ソヨカゼ、勝ったよー!」


巴は嬉しさのあまり、笑いながら喜びの声をあげた。

そしてソヨカゼも喜ぶ。「えっへん」と自慢そうなのは、きっと信忠の思いを知ってるからなのかもしれない。







夏、虫たちが騒がしくする中で、真田仁は墓の前にいた。しゃがんで、両手を合わせ、目を閉じている。


牧場の敷地内にある墓。

たった一人しかそこでは眠っていない。そこで眠っているのは、仁の妻だった。



その様子をしばらく黙って見ていた礼子は、仁に近づくと優しく声を掛ける。


「ねえ、お母さんと何を話していたの?」


娘に声を掛けられると、仁はゆっくりと目を開け立ち上がる。


「……何も」


それだけ答えると、礼子を置いて帰っていく。

その父の後ろ姿を、礼子は寂しそうに眺めていた。


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