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15話 GⅠ ドバイワールドカップ


3月5週 メイダン 2000m ダ 左

GⅠ ドバイワールドカップ


アラブ首長国連邦ドバイにあるのが、メイダン競馬場だ。元々はナド・アルシバ競馬場で行われていたが、それに隣接する形で作られた。

その競馬場は、ホテルやショッピングモールや映画館などが集まり、メイダンシティと呼ばれている中で中核を担っている。


3月の気温は29°Cあり、かなり高いと思うかもしれない。とはいえ、夏には40°Cを楽に超えるこの地にとっては過ごしやすい時期なのだ。しかも3月に雨が降るのは、1日あるかどうかなので、かなりさっぱりした暑さだ。




「騙されたわ!」


信忠と霧隠がホテルのレストランで食事をしていると、悋気を纏う少女が仁王立ちでそこにいた。

それは、アリスだった。

その傍には、秘書もいる。


「お嬢様方、お話をするのに立ったままというのもなんですので、よろしければこちらにお掛けください」


霧隠は2人の為に椅子を引きながら声を掛ける。


「そうね。ありがとう」


アリスは霧隠に礼を言うと、席に座る。秘書も霧隠にお辞儀をしながら、同じように礼をしていた。


「ところで、なんの事を言ってるのか、よく分からないのだが……」


アリスを騙した覚えなど皆無の信忠は、困惑しながら尋ねる。


「ええ。そうね。そうでしょうとも!私が勝手にドバイシーマクラシックだと思っただけだもの!」


その言葉にうんうんと頷く信忠。

それを見るアリスは苛立つ。

が、アリスはぐっと堪えた。


「だから、今度はハッキリとレースの名前で答えなさいよ!ソヨカゼの次走はどのレースよ!」


アリスのそれは、とても尋ねているとは思えない言葉だった。

なんでこんな少女に言わなければいけないのか、信忠は悩んでしまう。

そこに、霧隠がフォローしてくれる。


「深森様、お答えしても差し支え無いかと存じます」


それに頷くと、信忠はアリスに答えた。


「ソヨカゼの次走は……ヴィクトリアマイルの予定……です」


葛藤しながら、「です」を付け加える信忠。

それに対してアリスは


「出れないわよ!私のアリスブラックが、そのレースに出れないわよ!」


と、渾身のツッコミをしていた。

そうなのだ。ヴィクトリアマイルは牝馬限定のレース。牡馬のアリスブラックには出走出来ない。

もっとも、そのローテーションはアリスブラックから逃げる為ではなく、ナナイロシップと出会わない為のものだったが。



そしてアリスからの疾走感溢れるツッコミをぶつけられた信忠は、何故か嬉しそうだった。笑いを堪えつつも、目も口も笑っている。

その表情を見たアリスは、逆に悔しそうにする。


「うー。そっちがその気なら、私にも考えがあるわ。今年のブリーダーズカップに出走しなさいよ!」


なにゆえローテーションを勝手に決められなければいけないのか。その不満よりも、ここまで勝負にこだわるアリスの思いが、信忠の心に響く。


「ローテーションは調教師に一任してる。だから、断言は出来ない。それにもしも出走する事になっても、芝じゃなくまたダートかもしれない。それでもいいだろうか」


アリスから渡された言葉は、きっと挑戦状か果たし状なのだ。それを邪険にするのは、信忠には出来なかった。

精一杯の誠意を込めて言う。


「問題ないわ!だって、芝だろうがダートだろうが、ほぼ全レースに私たちの馬が出走するもの!」


信忠の言葉に、アリスは心底喜びながら答えている。


「え、ほぼ全レース?」


アメリカのブリーダーズカップとは、ドバイと同じように1日で大レースが立て続けに行われる。その種類は非常に豊富だ。

それだけに、信忠は驚きを隠せない。


「ふふーん。その通りよ。私の馬も出走するけど、兄の馬も出走するわ。ママの馬も出走するし、パパの馬だって出走するんだから。ソヨカゼがどのレースを選んでも問題ないわ!」


ドヤ顔をキメながら言うアリス。

その表情を見た信忠は、素直に感心していた。


「なんて言うか、凄い家族なんだな」


「ふふふ。でしょ。パパはアメリカで牧場を持ってるし、ママは日本で牧場を持ってるわ。そして、そのうち兄は欧州に牧場を持つわね。だって、それが私たち家族の夢だもの」


それはきっと夢を語っているからなのだろう。アリスが嬉しそうに語る言葉には、自慢も嫌味も無かった。


「世界は広いんだな……」


スケールの大きさを感じ、感嘆を漏らす信忠。

だが、アリスはそれを聞いて首を傾げる。


「変なの。地球上の何処にいても、地球の大きさは変わらないわよ。世界が広く感じるなんて……私たち家族は誰も感じてなんか無いのに」


アリスにとって、家族との距離は問題ではなかった。

それは夢で繋がっているからなのかもしれない。








「ふふふ。今、私はとても嬉しいわ。今日、この大舞台でソヨカゼが走るのよ。世界中の名馬たちと」


満面の笑みで智子は言う。

騎手時代、海外に行くなんて考えられなかった。それが可能な馬に騎乗することすら出来なかった。

いつかは自分も名馬に騎乗出来る。そう信じて日々を頑張り続けていた。


その想いが、調教師になって叶う。

それは智子にとって、諦めかけた夢を突然届けられたようなものだった。


「私だって嬉しいわ」


巴が同意するように言い、それに信忠も頷く。


「ありがとう。さて、先ずはこのコースの説明からするわよ。外周が芝2400m、その内周にダートコースがあるわ。メイダンに移ったばかりの頃は、オールウェザーだったけど。たった数年でダートに変えてるわね。流石にアメリカからの出走馬がゼロになったからかしら」


オールウェザーとは人工馬場のことだ。メリットもあるがディメリットもある。

芝が得意な馬がいれば、ダートが得意な馬もいる。そして、オールウェザーが得意な馬も。


「そして、このレースはダートの2000mよ。ジャパンダートダービーや東京大賞典と同じ。いいえ、違うわね。むしろこのレースの為にダートの2000mを走らせたもの。でもね、ダートと言っても日本ともアメリカともここは違うわ。日本を砂に例えるなら、アメリカとドバイは土ね。でも、アメリカが硬い土なら、ドバイはクッションのある柔らかい土よ」


智子の説明に、巴は少しだけ不安になる。なにせドバイのダートは未経験なのだ。


その娘の顔を見て、智子は笑う。


「ふふふ。もしかして、不安?」


「……ちょっとだけよ」


気まずそうに巴は答えている。


「なら、思い出してごらんなさい。ソヨカゼが実家でどこを走っていたか。あの天然の坂路コースは土なのよ?クッションのある土の上を走ってきた経験なら、ソヨカゼは誰にも負けないわよ。競馬に『絶対』は無いけど、今日この日には『絶対』があるわ」


そう断言する智子の脳裏には、父である真田仁が浮かぶ。

娘に自分と同じ新人騎手としての苦労をさせたくない。その想いから仁を説得するも、ずっと断られていた。


それがソヨカゼが2歳の7月になって、ようやく許可が下りた。

今なら、その理由が分かる。

仁はギリギリまで、ソヨカゼにあの坂路コースを走らせ続けたかったのだと。


人生の全てを馬に注いだ男。


きっと、あの地に牧場を作ったのも、ありとあらゆる理由があるのだろう。

全てを計算し、常人には考えつかないほどに。


「断言してあげる。勝つのはソヨカゼよ。むしろ巴が気をつけるべきなのは、ソヨカゼが全力を超える時間。ドバイのダートで、ソヨカゼはそのポテンシャルを最大限に発揮するわ。いくら柔らかくて脚に負担が少ないとはいえ、限界を超えれば……分かるわよね?」


巴は真剣な眼差しで頷く。


「ゴール前、きっとソヨカゼは独走してるわ。後ろを振り返る暇も、きっとある。だから、そこから先はソヨカゼのスピードを落としなさい」


「はい!」


「よし、いい返事。さあ、世界に見せつけてきなさい。ソヨカゼの姿を!」




その後、誰もいなくなった時、まるで呟くように声にした。


「ノブ君……本当にありがとう」


智子は信忠に感謝していた。

もしも信忠がいなかったら、きっと仁は万全の準備を整えたまま、なにもせず日々をナヨタケと過ごしていた。



信忠がいたから、誰よりも馬を想う信忠だったから。

ソヨカゼは産まれたのだ。

真田仁の全てを託す為に。









高さ約10m、幅100mを超える超巨大オーロラビジョン。日本製のそれに映し出された映像。


その画面には、駆ける馬群がこっちに向かってくると錯覚するような、大迫力の正面からの映像だった。

その先頭にいるのは、ソヨカゼだ。


いつものように綺麗なスタートを切って、いつものように先頭を走る。

だが、それが当たり前のように他の馬たちも走っていた。

全く差がなく、一かたまりで走り続ける馬群。


鞍上の巴は不思議に思っていた。



これでいいのかな……



智子が断言したほど、ソヨカゼが速く走っているとは思えなかった。



ところが、その異変は少しずつ現れる。



巴とは別の意味で、ソヨカゼも不思議な気持ちを味わっていたのだ。

地面の感触は、まるで実家に戻っているみたいな感覚。

そして、なんだか背中に信忠がいるみたいな気分になっていく。


どこまでも走り続けたくなる。

いつまでも走り続けたくなる。


そのソヨカゼの気持ちが反映されるように、徐々にそのスピードが上がっていた。



オーロラビジョンには、ソヨカゼに離されまいと必死に走る馬たちが映る。

それでも、離れていく。


少しずつ

確実に……



ソヨカゼが最後の直線を走り続けてる時、後続との差は20馬身近くまで広がっていた。


巴は慌てて後ろを振り返る。


「ソヨカゼ!もう大丈夫!スピードを落として!」


その声で、ソヨカゼは我にかえる。

ずっと夢の中で信忠と走っている気分だった。


残り100mを流すようにソヨカゼは走ってゴールした。

それでも、後続との差を10馬身近く保ったままで。






この日、世界はソヨカゼを知る。

現地の新聞の一面には、大きくこんな見出しが書いてあった。


『見たか!?これが日本だ!』


敬意を払うべき相手には、敬意を払う。

それこそ、この地に住む人たちの誇り。この文面には、それが込められている。

そしてそこには、ソヨカゼとアリスブラック。その二頭がゴールした瞬間の写真が、紙面を独占していた。








【ソヨカゼ】

スキル:スタート・二の脚・大舞台・根幹距離

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