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13話 GⅠ 東京大賞典


12月4週 大井 2000m ダ 右

GⅠ 東京大賞典


年末に行われる、その年最後の真冬の祭典。それこそ、中山の有馬記念だ。出走馬のほとんどがファン投票によって決まる。一部JRA枠もあり、そこには実力があっても投票されなかった馬や、JRAの思惑で出走する馬などがいた。


ラストブリットの場合は、文句無しにファン投票一位での出走だ。今年、宝塚記念を勝っている同馬。もしも同一年で有馬記念を勝ったら、春秋グランプリ制覇となる。

当然、それを狙っての出走だろう。

しかも、前年の有馬記念を勝っているだけに、今回も勝てば有馬記念連覇にもなる。


気合い充分、万全の状態だ。


それを阻止しようとするのが、アリスブラックだった。ファン投票第3位。こちらも万全の状態で挑む。


レースはいつものように、3番手につけるラストブリット。中団待機策のアリスブラック。そして3コーナーから4コーナーにかけて、徐々に上がるアリスブラック。直線を向いてた時には、完全にラストブリットを射程に納めていた。


ジャパンCの再現になるかと思われたレースは、神速の末脚を観客の目に焼き付ける事になる。

残り200mでラストブリットに追いつくと、驚くことに並ばずに交わす。

そして、そのまま3馬身差をつけての圧勝だった。


それはまるで世代交代を告げるものに見えた。




赤茶の髪は癖なのか少しウェーブしており、シャドーロールのようなそばかすがある少女。彼女こそ、アリスブラックの馬主だった。

そして口取り式を済ませたアリスは、人目につかない場所まで行くと、その感情を露わにする。


「もうーーー!なんでよ!」


愛馬アリスブラックが勝ったのに、アリスには納得いかない事があった。


「お嬢様、おめでとうございます。アリスブラックの完勝です」


綺麗に纏めた金髪に、眼鏡をかけた美女はアリスの秘書だ。その秘書の言葉に、アリスは「知ってるわよ。見てたもの」と答える。


だが、秘書にしてみれば同じ気持ちだ。アリスが何に対して鬱憤をためているか、それを知ったうえで話を逸らそうとしたに過ぎない。


「お嬢様、此ればかりはどうしようもない事かと」


「なんでよ!勝ち逃げとかズルいわよ!なんで、ここにソヨカゼは居ないのよー!」


アリス、渾身の魂の叫びだった。

有馬記念、ファン投票第2位。

ソヨカゼはここに来てはいない。


「お嬢様、それはソヨカゼが中山では無く、大井に行ってるからです」


端的な事実ほど、時として受け入れ難いものだったりする。

それを受け入れるものこそ、度量というものだった。


「分かったわ。ここから大井なら直ぐ近くでしょ。いまからソヨカゼの馬主に文句を言いに行くわよ!」


「お嬢様、それは無駄かと」


「……なんで?」


「既に大井のレースも終わっております。因みに、勝ったのはソヨカゼです」


「こらーーーー!ネタバレ禁止!」


アリス、2度目の叫びであった。







さて、その勝ったソヨカゼのレースが順風満帆かと言えば、そんな事は無かった。


「コースについては、説明しなくても大丈夫よね?」


智子の言葉に信忠は頷く。


「ええ。ジャパンダートダービーと同じだもの」


ソヨカゼを爆走させたあの記憶は、その後怒られたことで上書きされて肝心の巴から消えていなかった事に、智子はホッとする。


「それで、重要なのは対戦相手なんだけど……」


対戦相手を思い浮かべながら、智子は言い淀む。


「何よ、どんな強者が相手でも、ソヨカゼと私なら臆さないわよ」


「んー。そう言う意味じゃないのよ。むしろ逆。今年のフェブラリーステークスを勝った馬を一応警戒してたのだけど、チャンピオンズカップに行ったわね。中2でここに来ることも考えたけど、来なかったわ」


「えっと、それって……」


「後はJBCクラシックを勝った馬や、南部杯を勝った馬が目立つわね。ただ、そんな事よりも一頭だけ変な馬がいるのよ」


巴が言いそうな事を遮るように、智子は言葉を重ねた。


「変な馬?」


信忠はなんとなく気になる。


「東海テレビ杯で後にフェブラリーステークスとチャンピオンズCを勝つ事になる、私が警戒していた馬に、そこで圧勝している馬」


「それって、凄く強いのでは?」


「その馬の戦績は15戦5勝、信じられない事に、敗けたときは全部ビリ。勝つ時は全て圧勝してるの」


それは癖馬ってレベルじゃない。

だが、単純に3回に1回の確率で圧勝する馬だと考えたら、とんでもない馬だ。


「色々な意味で凄い馬だ」


「ええ、本当に。敗けるときは最後尾から動かないもの。凄いわよ?騎手がどんだけ押してもビクともしないのだから。でも、勝つ時は逆。騎手がどれだけ抑えても、逃げ切り勝ちよ」


最後尾か先頭の2択らしい。


「でも、勝った時の共通点が見つからないのよね。距離も場所も違うし」


「ところで、なんていう馬なの?」


「その馬の名前は……」








ゲートの中では、巴がソヨカゼを心配していた。

ソヨカゼの様子がいつもと違うのだ。


「大丈夫、大丈夫……」


何かを嫌がるソヨカゼを、巴は優しくなだめていた。

こうなったのは、別にゲートからでは無い。思い起こせば、パドックの時からその気配はあった。だが、ゲート入りを嫌がりはしない。むしろ順番がくると、さっさとゲート入っている。


では、ゲート内でまたソヨカゼの様子が変になったのはいつかと言えば、ソヨカゼの隣に馬が入った時からだった。


その馬の名前は、ナナイロシップ。

智子曰く、3回に2回は沈没する船だ。


それが今、鼻息を荒くしながらソヨカゼをガン見している。

明らかに闘志はMAX、いつでもヤルぜと息巻いていた。



『さあ、各馬一斉にスタートです!これは……凄い!素晴らしいスタートを切ったのはソヨカゼだ!あっという間に他馬を寄せ付けないスピードになる。それに喰らいつくのはナナイロシップ!今日のナナイロシップは本気だ!この二頭が後続を引き離して行く!』



巴は鞍上で驚いていた。

元々ソヨカゼのスタートは速い。だが、今日のスタートはさらに神がかっていた。

それなのに、そのソヨカゼについてくる馬がいる。



『これは、とんでもないことになったぞ!スタートからずっと、この二頭が後続を突き放したまま、既に最後の直線を駆け抜けている!内にソヨカゼ、その外にナナイロシップ!ソヨカゼが1馬身のリードを保ったまま先頭だ!』



ソヨカゼは懸命に走っていた。

いや、必死と言い換えてもいい。

なんなら、死に物狂いでもあっているかもしれない。

今のソヨカゼの気持ちを言葉にするなら、それは「こっち、くんな」だった。


そのソヨカゼがフルパワーで巻き上げる砂塵を、嫌がるどころか喜びながら受けているナナイロシップ。

鼻息を荒くして、嬉々として走っていた。



……そう、ナナイロシップは完全に一目惚れしていた。

他の牝馬には目もくれず、ただソヨカゼだけを見ていた。



『今、1着でソヨカゼがゴール!2着は大健闘を見せてくれたナナイロシップです!』



「ソヨカゼ、もうゴールしたよ。ペース落として大丈夫だから」


巴がそう言うが、ソヨカゼにしてみればそうもいかない。

今日はレースをしたのではなく、文字通りナナイロシップから逃げていただけだった。


そのナナイロシップはというと、こっちも騎手の制御を無視して、ソヨカゼを追いかけていた。


「先輩、その馬をなんとかして下さい!」


なんとなくその原因をナナイロシップの所為だと感じた巴は、ベテラン騎手に言う。


「そう……言われても……」


両腕にはち切れんばかりの力を込めているベテラン騎手。その豪腕を物ともせずナナイロシップは走っている。


「こら!あんまり言う事を聞かないなら騸馬にするぞ!」


そのベテラン騎手の脅しで、ようやくナナイロシップは騎手に従った。

因みに騸馬せんばとは、ひらたく言うと男の子をやめる事だ。




このレースで、初めてナナイロシップの陣営は知った。この馬を本気で走らすには、この馬が惚れる牝馬が必要なのだと。

その惚れた牝馬の前でだけ、本気で走るのだ。ただし、どの牝馬に惚れるのかが分からないのだが。

しかも、馬っ気とは違うところが厄介でもある。単純に騸馬にすればいい訳では無いのだから。


『馬っ気』とは、牡馬に対してつかわれる発情状態を指す。一般的には3月から7月の間によく見られる現象。

どこを見ればそれが分かるかは……ナニて言うか一目見れば分かるところだ。

だが、ナナイロシップが本気を出した今日はその期間では無いし、その状態にもなってはいない。


結局、知らなかった時より、今後はよほど頭を悩ませる事になった。






【ソヨカゼ】

精神:A→A+


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― 新着の感想 ―
[一言] なんで東京大賞典に出たやら?意味が解らんな。
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