六十一話 昔話Ⅳ
ヴェイグさんは長い息を吐くと顔を上げた。
「サピエルが生きていたんだ。後はあそこから助ければいいだけだ」
そう言ったヴェイグさんは腰に下げていた鞘から長剣を取り出す。
蜘蛛の動きを警戒しながらも、俺に向かって注意を促してくる。
「あのデカい蜘蛛はサベージスパイダーって言うんだ。自分の縄張りにしている各所に巣を張る」
「サピエルの他にも捕まってる……」
「そうだ。あいつは非常に獰猛で狡猾、ズル賢いんだよ。だから自分から近付く事はせずに、自由に操れる糸を周りに飛ばして引っ掛かったやつを巣まで引っ張るんだ」
サベージスパイダーと呼ばれた蜘蛛の習性を教えてくれたヴェイグさんは、足元にあった小枝を拾って力強く敵の方へと投げた。
小枝が目標へと当たる直前、小枝は空中に静止した。
よく見るとサベージスパイダーの周りには細くて見えにくい糸が張り巡らされていた。
その『糸に掛かった獲物』を確認するかのように、サベージスパイダーがゆっくりと動く。
小枝の事を確認したであろうサベージスパイダーの複数ある眼が、一斉にこちらを向いた気がした。
次の瞬間、俺の身体にぞわりとした嫌な感覚が襲った。
「おらぁっ! こっちだ!」
急にそう叫んだヴェイグさんは、俺の背後にいつの間にか飛んできていた糸を自分の腕に巻き付けた。
俺を庇ってくれた、そう理解出来た時にはもうヴェイグさんの身体は引っ張られていった。
「シンはそこを動くな!」
ヴェイグさんが引っ張られながらも俺に指示を出してくれた。
もう一人のパーティメンバーが俺の前に立ってくれている。
やはり足を引っ張ってしまっている自分が悔しくて、何か出来ないか必死に頭を動かしていた。
そうして悩んでる間にも、ヴェイグさんとサベージスパイダーの戦いは続いている。
俺には最初、戦力が拮抗しているように見えた。
だがそれは違う事がすぐに知る事になった。
「くっ、流石にこれ以上は!」
そう、サピエルに飛んでいく流れ弾――サベージスパイダーの鋭い脚や牙といった攻撃を全て防ぎながら戦っていたのだった。
ヴェイグさんの事を考えるとサピエルを助ける、それが最善だと思った俺は前で警戒してくれているメンバーの人に声を掛けた。
「サピエル! サピエルを俺たちで助ければヴェイグさんも全力で戦えるんじゃない!?」
「それはそうだが……あの糸とあの戦場を搔い潜って近付くのは無理があるぞ……」
「なら落ちている枝や葉っぱを使って糸を見付けながら進もう。それでサピエルの後ろに周り込めないかな?」
最初にヴェイグさんが投げた小枝以外にも、俺たちの足元には沢山の落ち葉や小枝があった。
俺はそれは利用する案を思い付いた。
そしてサピエルの捕まっている裏側なら、ヴェイグさんに守ってもらっているのと同じだと思ったのだ。
「…………分かった」
「やった!」
「ただし! 俺が危ないと思ったらこの作戦は中止だ!」
「分かってるよ、周りに他のモンスターがいないとも限らないし」
「そうだ。サベージスパイダーが動くのは基本的に獲物を狩る時だけだ、だからこそ他のモンスターがまだいる場合も想定するべきなんだ」
ヴェイグさんの代わりのつもりなのか、俺に説明するように教えてくれた。
でも巣にあんなに様々なモンスターが掛かっているし、これまで俺たちが襲われる気配もなかった。
だから慎重に進めば大丈夫だと思ったのだ。
何より悩んでいる時間が惜しい。
ヴェイグさんの動きが鈍くなってきているのが、俺から見ても分かったからだ。