五話 青年と少女
美味しい美味しいと夢中でオムライスを頬張っていたリリア。
俺はそんな彼女を待ちながら、コーヒーと呼ばれる苦みと風味が良い黒い色の水で既に一服をしていた。
そんな時にリリアが、少し顔を赤らめながら俺に抗議してきた。
「あの……そんなにジッと見られると、その、恥ずかしいです」
「ああ、すまん。あんまりにも幸せ~みたいな顔をしていたから、ついな」
「そんな顔でした!? うぅ……」
「飯を美味そうに食べられるってのは良い事だと思うぞ。それにもし娘を持ったらこんな気持ちになるのか、なんて思っていただけだ。気にするな」
少々爺臭い感想ではあったが、実際にそう思ったのは事実だ。
冒険者というのは定住せずに流離いながら旅をする者、反対に家を持ち家庭を営む者。
色々な冒険者が存在するが、生きているという事は亜人種やエルフに限らず、子を産み、育てていく過程は変わらない。
早いやつなら俺くらいの年齢でも子供がいる。女っ気のなかった俺に、そんな人物が現れるのは一体いつになるのか分からないが。
「娘って、シンさんってそんなに年齢が上の方だったんですか?」
リリアは純粋に気になったのか、結構踏み込んだ質問をしてきた。
男の俺に取って年齢というのは別に気にするほどの物ではないが、折角のエルフ族相手なので少しだけやり返しておく。
「いや、俺はまだ二十四だが。とは言ってもエルフのリリアの方が年齢は上だろう? 軽く見ても二百歳は越えてるんじゃないのか」
「う……それはそうなんですが……。私たちは一定の年齢を重ねないと見た目とか成長をしないといいますか」
そう、リリアの言う通り。エルフ族というのは人間で換算すると、十年でやっと一歳分といった感じでゆっくりと成長していく種族になる。
次の百年では精神的に成長し、更に次の百年で外見的に成長をしていく。つまり三百歳でようやく成人を過ぎて、二十代前後の見た目に成長をするという訳だ。
なのでようやく十五を越えた辺りに見えるリリアの実年齢は、二百五十歳手前といったところか。
一応ハイエルフは更に成長が遅い分長生きで保有マナ量も多いとかあった気もするが、まぁおおよそ合っているだろう。
「それは知っている。基本的に本がメインだが、色んなやつから話を聞いたりして他種族の事は学んだからな」
「凄いです! じゃあエルフ以外もって事ですか?」
「そうだな。例えば獣人族は種族固有のパッシブスキルとして<獣の嗅覚>といったスキルを持っている、他にも『モンスターと亜人種の違い』なんていう本も読んだな」
冒険者を目指していた頃は、寝る間も惜しんで本を読み漁っていた記憶を思い出す。
実際に冒険者になってからは『元パーティ』に長く所属していた為、ヒト以外に対する知識なんて使う事が無かった訳だが。
それでも無駄な努力ではなかったと思っている。
努力というよりも、自分でも出来る事を出来るようになろうといった気持ちが大きかったというのが正しいか。
「凄い勉強家だったんですね」
「そう改めて言われると少し恥ずかしさがあるが、別に自分が知りたかったから調べてただけだ」
リリアから真正面に褒められて、俺は少し気恥かしくなる。
実際、色んな知識は冒険の役に立った。
経験しないと分からない事も沢山あったが、元々知っていれば対処する事が簡単な物も多かった。
少し昔の事を思い出しかけていたが、リリアの顔が急にぐいっと近付いてきた。
「それが凄いんですよ! 私なんて、冒険者になってから初めて知る事ばっかりで……」
「初めはそういうもんだ。俺もそうだったからな」
実は本に書いてある事だけじゃ、分からない事も多い。
『知識というのは、経験する事で完成する。むしろ経験する為の準備が知識を増やすという事だ』
俺は落ち込みだしたリリアに対して、昔読んだ本に書いてあった受け売りを使って慰める。
「どうだ? こう言われると後から知識を入れてもあんまり変わらないと思うだろう?」
「そうですかね……」
「そういうもんなんだよ。『百聞は一見に如かず』って事だ」
「なるほどです。ふふっ、ありがとうございます」
この言葉でようやく納得出来たのか、顔を顰めていたリリアはにこりと笑った。
そうやって話していたら結構時間が経っていたらしく、サーヤが声を掛けてきた。
「はいはい。お二人様、そろそろお開きですよー」
「あっ、すいません!」
「もうそんな時間か、早いな」
「他のお客さんたちは全員帰っちゃったからね。お父さんがちょっと早いけど今日はもう締めようかって」
サーヤの親父さんは強面で、身体も鍛えあげられた角刈りの大男だ。
だが娘には甘いからか、こうして客の具合次第で早く店仕舞いをする事がある。
娘の誕生日はいつも店が休みだったりするし、サーヤが産まれてすぐの頃は何日も店が開いてない、なんて事が頻発していた。
だがまぁ俺も世話になった事があるし、娘以外の事に関しては怖いだけの気前の良い人だ。
……サーヤがまだ幼少の頃、俺にくっついて「ぼうけんしゃになるー!」なんて言った日には、半殺しにされたのは未だに覚えてるが。