第5話 彼女の証拠
「あ、おかえり〜」
ボックス席で待っていたウィンディの元にルーチェが帰ってきた。なんだか浮かない顔をしている。
「どしたん?騎士さんがハルに駆け寄ってったのは見えたで!」
誇らしげに笑うウィンディ。対してルーチェは神妙な面持ちで言った。
「なんか…ハルがおかしかってんけど。」
「え?」
「ぶりっ子というかなんというか…騎士狙いで来たって思われて、一緒に踊ったことマウント取られるし、何かあったんかと思って『大丈夫?』って聞いたら急に泣き出すし。ちょうど来た騎士さんには『このご令嬢が意地悪言ってきたの〜』って縋りついて。私、騎士さんに追い返されてん。」
ルーチェの言葉から想像される目まぐるしい場面にウィンディはただぽかん、と突っ立っていた。
「…え?」とまた聞き返した後「恋は盲目、なんか、なぁ…?」と釈然としないように呟いた。2人とも、常識人であるファルルの奇行が信じられないようだった。
((前も『ぶりっ子とか1番遠いところにおる存在やん』とか言ってたしな…))
そして2人は同じ結論へたどり着く。
((…もしかしてやけど、ハルと誰かが入れ替わってる?!))
横目でお互いを見る。
「まさか…」
「いや、有り得るんちゃう…?」
顔を見合わせて苦々しく笑うが、2人ともそれを確信していた。となれば、次にやるべきは犯人の特定だ。
「一体どこの誰なんやろなぁ?うちの可愛いハルを攫った奴は。」
「思いっきりやってやらないとね。」
友人を愛娘とでも言い出しかねない2人のことだ。もし何かされていたら笑顔で詰め寄って来るのだろう。
「ジェネロ?」
ルーチェがカーテンの傍にいる影に声を掛ける。すると、
「はい、王女様?」
と声がして長身の若い執事が出てきた。他の使用人のように畏まった風ではなく、ふんわりとルーチェを見つめている。
「今回の来客名簿を持ってきて下さい。」
「はい、分かりました。」
彼は軽く頭を下げ、去っていった。
○
「王女様、こちらです。」
ジェネロは丸めた長い紙を手渡す。
「ありがとう。」
ルーチェがさらっと赤いリボンを解き、2人でその中を覗いた。
「貴族の人達と友好国の代表、王都に住む庶民多数…」
「友好国の皆は見えるから違うかな。」
ウィンディは大広間に目を移す。
「ダンスも普通に習ってるぐらいには上手やったし…」
「やっぱ貴族の誰かか。」
「せやな。」
「ーー怪しいのはここやな。」
とんとんとん、とルーチェの指が名簿を指す。
そこには『アナスターシャ・V・ペルシー』『ジェーン・C・サティーヴァ』『ブティリータ・L・ヤーキー』と記されていた。
「入れ替わりのタイミングは髪型が変わったときぐらい。」
「ハルならきっと誰か呼ぶやろうしね。」
「髪と目の色は…」
「魔法薬類は持ち込めへんしな。現地調達なら…」
「“あれ”か。前中庭にあるってソラが言ってたな。」
「とりあえず中庭に行きますか。」
「せやね。」
○
騒がしい所から離れた、外へと繋がる廊下。月が雲に隠れて、少し暗くなっている所を2人は中庭へ向かう。そんな彼女らに声を掛ける物があった。
「やあやあお嬢さん方、我が庭に何か用かい?」
声の方向を見ると、白い髭を生やした紳士の肖像画が掛けられている。どうやら声の主はこの絵のようだ。
「ごきげんよう。あまり大きな声をお出しにならないで下さいな、ブルーノ卿。」
ルーチェとウィンディは会釈をする。
「ほっほっほ。すまんのう、王女さん。今年の仮面舞踏会は久しぶりに大広間のアビゲイル夫人とダンスをしての。ちょいと気分が上がっとるんじゃ。」
ブルーノ卿は手に持ったワインを掲げる。確かにそれは大広間に飾られている絵画にあるワインのようだった。そう言われてみれば、女性も映っていたような気がする。
「ところでお主らは本当に何の用なんじゃ?こんな所、舞踏会中に何人もお嬢さんが来る場所じゃないじゃろ。」
彼はモノクルをかけ直して、絵画の中でこちらへ身を乗り出す。2人には彼のある言葉が引っかかった。
「何人も?他にも来たんですか?」
ブルーノ卿はあ、という顔をする。
「そ、それは教えてやれんのぉ。」
「この絵、外して貰おうかな。」
「ああ、そうじゃ!」
ルーチェが軽く脅すと彼は笑顔で話し出した。
「金髪のお嬢さんが真っ赤な髪のお嬢さんに連れられて来たんじゃ!金髪の方はよく見る顔じゃったはずなんじゃが、仮面の魔法でよう分からんかった。」
「なるほど。その2人は帰って来ましたか?」
「うーむ、金髪の方は見たぞ。綺麗な編み込みが解けとったがな。やはり女性の髪には編み込みが1番じゃな。今まで好いた女性も皆編み込みをしとった…ああ美しい愛しのーーーーって、あれ、おふたりさんはどこじゃ?」
「赤い髪なら貴女ね。ブティリータ・ラビス・ヤーキー!」
「男爵令嬢が王女に頭下げさせたの…」
「そりゃ許せんな。」
こちら2人はスタスタと庭の中を進んで行く。
「ハルー?」
「眠らされてんのかな。」
木や花の影の中ーー主にクロスが悪戯で人を隠す場所であるーーに声を掛けるも、何も反応はない。その時、小さくバサッと音がした。
「ライア!」
小さくなったドラゴンはルーチェの腕に止まる。するとそのまま彼女の腕を引っ張った。
「どうしたの?」
引かれるままライアについて行く。辿り着いたのは庭の端に植えられたハナミズキの木の下。そこには、見慣れた金髪の少女が眠っていた。
「ハル!」
安堵の表情でファルルに駆け寄る。ブティリータは複製魔法でドレスを着ているらしく、彼女は初めと同じ美しい姿で横たわっていた。ルーチェは少し考え込む。
(うーん、ここでうちらが助けてもいいんだけど…そうしたとして、ハルに事情説明して貰って、騎士にブティのことを突きつけたとしてもあんまりブティリータにダメージは入らないよな…わざわざ騎士の前で魔法が解ける演出をしてからハルを助けに行かせた方があの人に対するダメージは大きそう…)
「なぁウィリ。」
「ん?」
「ハルさ、騎士に助けさせへん?その方がブティリータにお返し出来ると思うねん。もし“あれ”の魔法が騎士の前で解けたら…」
悪い顔で微笑むルーチェ。ウィンディも賛同してにやりと笑った。
「んじゃ、騎士に助けてもらうお姫様の演出でもしておきますか。」
肩を竦めてファルルに手をのばす。すると彼女はふわりと浮き上がった。眠ったまま浮かぶハルを連れ、2人と1匹は薔薇の庭園の中へ足を踏み入れた。ウィンディが優しく腕を下ろすと、それに倣ってファルルの体も柔らかく芝の上に降ろされる。しかし一向に起きる様子はない。きっと魔法で眠らされてるのだろう。
「眠れる美女に妖精の加護を。」
ルーチェはそう呟いて手を出した。掌から光が零れ、茨のように絡み合ってファルルを中心に円を描く。上へ伸びだしドーム状になったと思えば、ぱっと光の粉となって降り注ぎ、消えていった。
「さて、ブティリータ。待っててね、今から王女と公爵令嬢が迎えに行くから!」
次回は2/12 6:30頃予定