第1話 物語の支度
語り部部分のみ、天青先生に書いていただきました。
やあやあ皆さん、お久し振りだね。どうも、語り部だよ。今の鳥がはばたく音、聞こえたかい?あれは7日後に開かれる舞踏会の招待状達が各国へ飛び立った音なんだ。この舞踏会は特別でね、仮面を付けて踊るのが伝統なのさ。今日は語り部らしく、このサラチア王国の仮面舞踏会についてでも語ろうかと思ってね。まあまあ、暇ならちょっと聞いてってよ。
…さて。むかしむかしあるところに、素敵な女王様が治めるこれまた素敵な王国がありました。まあお察しの通り、つまりはこれがサラチア王国さ。女王様は王女だったころから特に童話を読むのが好きで、いつか白雪姫やシンデレラのように白馬の王子様が迎えに来てくれるのだと信じていなさった。けれど、王女が大人になっても女王になっても、彼女の王子様は現れる気配がなかった。それもそのはず、かの女王様はその身分もさることながら、肩書きにも見合う才色兼備。とてもとても自分が釣り合うなんて思える男がいなかったのさ。悲しみに暮れた女王様は、ある名案を思いつかれた。
「そうですわ、仮面舞踏会を開きましょう!」
仮面を着けて髪型を少し変えてしまえば、彼女が女王だと気づくものはいない。そうすれば、お互い引け目なく話をすることができるーー。
そう考えた女王様は、国中に招待状を出された。
「綺麗なドレスなんかなくても構わない、踊りたいものは皆集まりなさい。身分も年齢も関係なく、全ての人が楽しむための舞踏会ですから。」
そんな文面と共に届けられた招待状に、国民は皆大喜びだった。女王様を一目見られるかも知れないと浮き足立つ者、憧れのあの人と踊ってみたいと胸を膨らませる者…。動機は様々だったけれど、民はそれぞれ一張羅を着て国の広場へと集まった。女王様は近隣の国の王族へも手紙を出し、舞踏会へと参加するよう勧めた。
かくして、これまでに無いような盛大な舞踏会が幕を開けたのさ。
仮面を着けても溢れでる女王様の気品に釣られてか、沢山の貴族が彼女に踊りを申し込んだ。女王様はその全てに応えられ、優雅にその体を躍らせになった。そして少しばかり疲れ始めた女王様が壁の花になられた頃、年若い青年が女王様に声をかけたのさ。
「もし…もしよろしければ、私と踊って頂けないでしょうか。いえ、御疲れのようでしたらそのままお休みになってください」
とね。そんな謙虚で優しい誘いに、女王様はにこりと微笑まれた。
「いいえ、疲れてなどおりませんわ。よければ、わたくしと踊ってくださいまし。」
そして青年と女王様は、満月の照らす広場の片隅で踊り始めた。青年は今日女王様と踊った誰よりも彼女を気遣ったステップを踏み、女王様はそれに乗って今日一番の美しい踊りを見せられた。そうして広場の片隅に広場中の目が向けられたところで音楽が止み、素晴らしい時間は終わりを告げた。
「貴女と踊れてよかった。もし許されるのなら、このままずっと一緒にいたいのですが。きっとそれは叶わないのでしょうね。」
そう悲しげに告げる青年に、女王様は思わず声をかけられた。けれど、青年は諦めたような声でこう言ったのさ。
「引き留めないでください、女王様。初めて見たときからお慕いしておりました、しかし私の身分では貴女と結ばれることは出来ない。だから、どうか。」
女王様は息を飲み、そして自分の仮面をお外しになった。現れた麗しい美貌を、青年は口を引き結んで見つめていた。
「ええそうね、確かにわたくしはこの国の女王ですわ。けれど身分が何になりましょう?わたくしは今夜貴方に心を奪われてしまったのです。どうかその仮面を外して、わたくしにお顔をお見せになって。」
その凛とした声に、青年はふっと笑った。そして自分の仮面に手を掛け、一息に取り払った。そこに現れたのは、隣国の騎士の顔だった。彼はかつて隣国の王と女王様との会談の護衛をした時から、どうやら彼は女王様に恋をしてしまっていたらしい。そして舞踏会には、隣国の王のお付きとしてやって来ていたそうだ。
「女性にここまで言わせてしまうとは、私も騎士失格ですね。…どうか、私と結婚してくださいませんか?」
「ええ、勿論。」
女王様がそう答えられた瞬間、広場にわっと歓声が上がった。広場中の誰もが、結ばれた二人を祝福した。こうして広場の片隅で、女王様は立場も身分も越え、御自分だけの王子様と結ばれたのさ。
そうして、舞踏会が開かれた2月14日はサラチア王国の祝日となった。そして伝統として、2月14日には仮面舞踏会が開かれる。身分をも越えた恋が叶う、と噂のね。
ちなみに女王様と騎士の好物がチョコレートだったことに因んで、サラチア王国では2月14日にはチョコレートを食べることになっている。市場で沢山売っているだろうから、興味があれば行ってみるといい。
これで、お話は終わりさ。
…ん、君、続きが聞きたそうだね?それじゃあ…鳥たちを追いかけてみないかい?
○
ウォルナットカラーの扉がノックされる。雪鬼の長は「どうぞ」と優しい声で使用人を入れた。その使用人の腕には白い鳩が静かに止まっていた。
「サラチア王国から招待状が届きましたので、お渡しに参りました」
「あぁ!もうこんな時期ですか…ありがとうございます」
嬉しそうに笑ったラウトが手を鳩に向けると、鳩はふわりと彼の手に飛び移った。着地した瞬間、それは溶けるように手紙へと姿を変える。ラウトはサラチア王国の紋章が描かれた印璽を確認し、丁寧にそれを開いた。
○
「八重様ーーーーー!!サラチア王国からお手紙が来ましたーー!!!」
お下げの少女がそう大声で叫びながら廊下を裸足で駆けていく。急に足を止めたかと思うと、傍にあった障子を勢いよく開けた。中には艷めく黒髪を持った女性が琴を奏でていた。びっくりした様子で髪と同じく黒い瞳をぱちりと瞬かせる。彼女は困ったように笑うと「日和」と少女の名を呼んだ。
「ちょっと落ち着きましょう?」
日和はきまりが悪そうな表情を浮かべ、手に持った白い封筒を差し出した。
「でも!八重様、仮面舞踏会のお誘いですよ〜?せっかくなんですから、ステキな方に出会えるといいですねっ!」
八重に擦り寄るように近づき目を輝かせる。
「あら、日和の方が楽しみにしているんじゃないの?」
「い、いやそんなことないですよ!私は姫様と誰かが結ばれることを、楽しみにしてるんです!」
「ふふ、でもその顔、図星だったのでしょう?」
少し意地悪な顔をして八重は笑う。日和本人は耳を赤くしながら「素敵な着物持ってきます!」と叫び、部屋に入ってきたときと同じぐらい騒がしく出ていった。八重はその背中を幸せそうに眺めていた。
○
雪のように白い狼が青く輝く屋敷へ向かって氷の上を走っていく。
「おい」
この凍える空気のように冷たい声が背後から聞こえる。狼が歩みを止め振り返ると、そこには鋭い鱗を持つ氷竜に乗った美青年が居た。こちらを睨む空色の瞳に殺気を覚えた獣はすぐさま本来の姿を現した。はらり、と手紙が落ちる。
「なんだ、魔法が使われていると思ったら…。エイス!」
呆れたように頭を抱えると、自身の後ろに居た別の男を呼びつけた。エイスと呼ばれた彼は毛皮のマントを翻しながら馬から飛び降り、狼だったその手紙を拾い上げた。
深いタンザナイトのような瞳が手紙の出処を探る。そこに描かれた紋章はある王国のものだ。去年こそは断っていた殿下だが、どうだろうか。ゆっくりと振り返る。
「南の王国から、舞踏会への招待です」
彼もまた整った顔を主人に向け、言った。美青年は少し拍をおいて口を開いた。
「ほう…なるほどな……今年こそは受けてみるか」
面白そうに目を細め眉を少し釣り上げる彼こそ、ここコールドリバー地方の若領主、アスルである。
○
場所は変わり、暖かい室内。ピンク色のリボンやティディベア達に囲われた中で、彼女は友人達をもうんざりさせていた。
「え〜!どーしよっかなぁ?こっちの方が可愛いけどこれもいいー!!」
甲高い声であーだこーだと御託を並べながら、舞踏会に向けての準備をしているようだ。今、黄色い宝石が付いたネックレスとフリルの沢山あるチョーカーを3回目につけ直したところである。
「愛しのブティ!」
「わ!お父様ぁ!!」
部屋の扉から、髪を伸ばした男性が声高らかに娘を呼んだ。彼女はそれまでに散らかしたドレスやなんやらを気にも止めず踏みつけ、自身の父親の所へと走り寄った。
“ブティ”ことブティリータ・ラビス・ヤーキー男爵令嬢は、細かく巻かれた真っ赤な髪にバードックそっくりの花を飾っているのが特徴だ。そして今年の仮面舞踏会こそ素敵な彼氏を見つける、と意気込んでいる令嬢達の1人である。
「ブティは何を身につけても可愛いね」
ブティリータの父親ーーーヤーキー男爵は満面の笑みで頷く。
「お姉ちゃん可愛いです!」
父親の言葉に妹、フルーガも影から顔を出し、彼女を褒めた。
「そんなことないよぉ〜」と首を振り「また後でね!」と呆れた友人達のもとへ戻っていった。そして早速口を開く。
「ねーねー聞いてー?私の妹ったらぁ、いっつも私の言うこと聞かないのに、こーゆー時だけ褒めちゃうの。ほんとムカつく〜」
ティーパーティーで弟妹の愚痴や恋愛のおまじないについて延々と聞かされた挙句、自身の良心の呵責から逃れようと屋敷にも帰られず、卑屈ばかりのブティリータに感想を言い続けなければならない令嬢達は苦笑するのみだった。
○
揺れる馬車の中で彼は胸を高鳴らせていた。王命により王女と公爵令嬢達の為に仮面舞踏会用の新しいドレスを仕立てるよう言われ、その完成品を今王城まで運んでいるところなのだ。出迎えた兵士に挨拶をし、彼女らの居る広間へと案内されていった。ひとつ深呼吸をして部屋へ足を踏み入れる。中では、6人が色違いのドレスを着て会話を交わしていた。仕立て屋が紹介されると、待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「気に入って頂けるだろうか」という不安は杞憂に終わった。メイド達がトルソーに着せていくドレスを見て、彼女達は顔いっぱいに笑顔を浮かべていた。楽しそうにドレスを見て周り、伝統のレースを眺める。
サラチア王国の仮面舞踏会では、女王と騎士の伝説があったような昔のしきたりが大切に守られている。つまり、好みや性格上のこともありルーチェ達がなかなか着ることの無い、フリルやレースの沢山付いたドレスが必要なのである。そしてドレスには大胆に花をデザインするという決まりもあるのだ。例えば、ワインレッドの仮面を選んだファルルのドレスには、赤い椿がベルベットの光沢にデザインされている。かけられた黄色のレースが彼女の金髪とよく似合っている。カーレスは橙色のゼラニウム、ルーチェはグレイッシュピンクのガーベラ、ウィンディはレモングリーンのデンファレ、ソラはスカイブルーのネモフィラ、クロスは紫のアイリス、といったところだ。
6人ーーいや、国民や貴族や友好国など招待を受けた皆が7日後を待ち焦がれた。
○
遂に迎えた2月14日。仮面舞踏会当日の朝。朝食を終えたルーチェとウィンディはルーチェの部屋にいた。
「あ!そうや!」
手の中でダイスを転がしていたウィンディが突然言う。
「今日さ、誰が1番ダンスに誘われるか賭けてみーひん?」
「おー、ええな!」
「じゃあ、当たらんかった方が今度のミスターコン、男装して出ることにしよ」
「2人とも当たらんかったら?」
「仲良く出る!!」
「分かったー」
と声を揃えて笑った。
長い支度があるから早く来てください、とウィンディが呼ばれるまであと3分。
次回は2/8 7:00頃予定。